第40話 廃病院の魔女
「さくやが生贄?マジか?」
英助、チイコは動揺を隠せず、ダヴィは頭を抱えた。
誰の判断でそうなったのかわからない…が抗議は受け入れて貰えないだろう。
桜尋様はとっくに抗議しているに違いないからだ。
さくやの性格上、私達に勝ちを譲る為に棄権する事も考えにくい。
「おい、どうする?」
「さくやを攻撃出来るの?」
「棄権する?」
ダヴィの発言に皆が顔を合わせる。
「さくやがそれを許すと思うか?」
チイコは複雑な想いを絞り出し声にした。
沈黙のまま会場を移す為の雲に乗った。
笠取陣営の野盗、車屋臨馬がこちらを向く。
「納得がいかん。あの勝負…勝ちは我らの物だった。貴様らの神が袖の下でも渡したのかな?」
「おい、無駄口だ。次も勝てば良い」
「そうだ、彼らは何も出来ん」
骸骨頭の川合と蟲使いの里が臨馬を制する。
「おい、言われてっぞ」
当然、チイコは反応する。
惚れている桜尋様に向けられた侮辱をそのまま放置出来ない。
彼女にとってそれは自分を侮辱されるより重い痛みなのだろう。
「チイコ、挑発だ。それも三流以下のものだよ。よっぽど悔しいんだろうね」
ダヴィがしっかりと声を上げて車屋らを睨む。
「ふん、覚悟しておく事だ」
英助は震えている。二戦目開始と共に確実に車屋に襲いかかるだろう。
「皆、冷静になってる?私達の力を観せる為の戦いでしょう?」
皆は複雑そうな顔をしている。
迷っている。このままでは自分達の力を発揮出来ないだろう。
「私はさくやを攻撃するつもりはない、皆も出来ないよね?」
皆が頷く、私達はさくやを傷つける事はもう出来ないのだ。
「ハハッそれでどうやって生贄に勝つつもりなのだ?」里は嘲笑う。
私の選択が正しいとは思えない。だけど今のままでは笠取陣営に襲われて終わるだけ。
次は勝ちを確実にする為に仕掛けてくる。
さくやを傷つけずさくやに勝つ。
その前に笠取陣営の攻撃を防ぎきるのが最優先なのだ。
神々の雲に乗ると次の会場であるA病院に到着する迄に五分と掛からなかった。
現場の救護テントの設置は既に済ませてあり、いつでも『第二試合』が始められる。
七夜河の廃病院。七夜河の霊が一番集まる心霊スポット。
その前にさくやは傘を差して立っている。
今城さんは私達七夜河陣営と笠取陣営が揃ったのを確認する。
「それでは魂消祭、予選。いざ尋常に勝負!」声は大砲の様に廃病院の窓ガラスを揺らした。
さくやは廃病院の玄関前で私に声をかける。
「遠慮はいらないのよ。大丈夫もし死んでも皆と一緒だから」
それだけを残して糸の中に消えた。
さくやの異能『籠目宿』の糸が光っていない。
暗い廃病院の中では黒い糸も準備されている。
笠取陣営のうち、車屋と里が廃病院に駆け込む。
川合の猟銃は私達に向けられた。
動いた者から撃つ構え。
「舐めんなコラァァァァァ」
チイコは真っ先に川合に向かって走る。
散弾銃の発砲を多腕で弾く。ダヴィの筋力強化と防壁。所々被弾した痛みを気合で飛ばし距離を詰め全ての多腕に握られた木刀で打つ。
銃剣道さながらの捌きでも全て攻撃を無力化は出来ない。
背後から英助の手雷然は川合の腰を砕き、雷撃は川合の動きを固めた。
川合は倒れて動かない。
「何で遠距離の得意な彼を僕達に残したかな」
呆れ顔のダヴィは猟銃を解体した。
「あと一人残ってたらマズかったな蟲野郎とかさ」
「舐められてるんだよ。私らはさ…よし!お姫様を助けに行くぜ!」
遅れを取ったが病院に侵入。
光るハングマンズノットの首吊り縄が天井にぶら下がり、里が虚空に吊るされている。
地面には夥しい大小の蟲が潰され転がっている。
「さくやの籠目宿って光ってなかったか?」
「闇の中で光ると戦略の幅が狭まるからって改良したんだろうね」
「ほら、里は黒縄で釣られてる、光っているのは囮ってこと」
「エグいぞ、警戒だな。とりあえず里は降ろしとこう」
里は黒縄に吊られて首の骨を折られていた。消失していない所を見ると救護を受ければ回復するだろう。
普通の人間であれば即死だけど、幽霊だから何とかなる…だろう。
「あー冷たいと思われるだろうけど救護班に連れて行く優しさは俺には無い。スマンな」
「英助、ゴチャゴチャ言ってねぇで行くぞ」
階段を昇り二階に向かうと床中に糸が敷き詰められている。
この糸の上を歩けば何が起こるかわからない。さくやの悪意が漂っている。
「罠ルートだな」
別ルートを探す。
糸の罠だらけの廃病院だが、私達を襲う糸は無い。
さくやの視界に入っていないからだろうか?
六階建の中、罠と攻撃を警戒しながらの探索は精神的にかなり疲弊する。
「ビー玉気づいてる?」
ダヴィが私の肩に触れる。
「そうね、人間の息遣いの音。呼吸音が一切聞こえない」
「そう、三階から上は生き物の気配が無い」
「となると…さくやは?」
「いや、もう病院内には居ない可能性もあるよ」
「入り口を誰かが通った様子は無い、靴音も糸が弾かれて鳴る音も聞こえないんだ」
廃病院に残った、さくやの残糸が消えてゆく。
「おい、どうなってる?糸が消えたって事は…さくやが!死んだのか?」
皆が想像したくない一言を英助が叫ぶ。
「罠でもいい!さくやを探すぞ!いいな?ビー玉!」
私の青ざめた顔に構わず皆が走り出す。
もう、予選の事はどうでもいい。
さくやを探す。
「遠慮はいらないのよ。大丈夫、もし死んでも皆と一緒だから」
あれはどういう意味?
私はさくやが死ぬのは嫌だ。
絶対ダメ、段とはどうするの?
…ふざけないでよ!
三階の踊り場には車屋臨馬が倒れている。
検分をしている暇は無い。
途中で鉢合わせた英助にさくやが行方不明になった事を伝えに外に走らせる。
誰も見つけられない。
さくやが廃病院からも出ていない事を確認している運営は二回戦の一時中断を宣言し捜索を開始する。
二時間が過ぎた。
捜索は続く。
さくやが見つからない。
誰も見つけられない。どうして?
どこなの?
さくや?さくや!
…もうすぐ朝が来る。
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