第38話 トンネルの中

 電灯の点ったトンネルの中は土砂降りの外に比べて明るく感じる。

 コンクリートの円壁に雨の滲みは無く、真新しい修復跡は不気味な雰囲気が無い。

 五年前にダムが近くで建設され工事車両の通るこの道は整備されていた。

 古い不気味なトンネルで予選で使われなかったのは、生贄が崩落で危険な目に合わない様にという、せめてもの気遣いなのだろう。

 県内で弱小心霊スポットだったこのトンネルを守護する霊はこの間さくやの家で成仏してしまった。

 人間側にとって幽霊の出ない安全なトンネル。

 霊にとっては空きトンネル。現在主を募集中。

 新しく工事されてからは物件として価値が下がってしまった。頑丈で綺麗な良いトンネル。

 予選が始まると霊達は動かずに金原の出方を見る。

 金原はトンネルの向こう側入り口まで走って行った。

 

「オラ来いよ、お前ら全員ぶっ殺すからな!来い!ビビってんのか?」

 

 喚き挑発を繰り返す。トンネルの中で響く悪意の音量に包まれると、苛立つがあちらなりの作戦なのだろう。

 トンネル入り口付近。雨の当たらない場所で、俺達を迎え撃つ。

 挟み撃ちを防ぐ為だろう。

 桜尋陣営は四人。

 笠取陣営は三人。

 今のところ笠取陣営からの攻撃はない。

 金原の金剛肢と火生が厄介だから、消耗させてから狙ってくる算段だろう。

 金原の異能と傘取の三人にも警戒しておかなければならない。

 

「英助、今は筋力強化と防壁だけかけて。まだ動いちゃダメだからね」

 

 大将のビー玉の指示には素直に従う。

 現状ではそれ以外に方法は無い。

 

「何か手があるか?」

 

「考え中、笠取陣営の能力もわからないから動けない。相手もこっちの事探ってると思うよ」

 

 俺は新たに手雷然しゅらいねんを発動出来る様になった。手に電撃を蓄えられる。一言でいえばスタンガンみたいな技だ。

 電撃を飛ばす事は出来ないが、金属製のナットやネジに電流を蓄えて投げれば、威力は落ちるが飛び道具くらいにはなる。

 だが、相手は金剛肢、首から下は無敵の異能。上手くスキをつかないと、頭に当てる事は出来ない。

 既に頭に攻撃を受けるのはあちらは予想済みでしっかりガードされている。

 だけど、今城さんは無敵であるはずの金原の腹に一撃入れて連れてきた。

 どうなってるんだ?あの神(ひと)は。

 無敵とはいえ、神様レベルだと簡単に破れるって事か?

 隙間があるのかもしれない。

 とりあえず、金剛肢を無力化するのが最優先。

 金原までの距離は50m。

 精神混濁や筋力低下は5mは距離を稼がないと効果が無い。そもそも金剛肢に効果を阻まれる可能性が高い。

 

 骸骨猟師、川合清成猟銃が火を噴く。

 金剛肢に阻まれて効かない…が緩急をつけて打ち、こちらに突っ込んでくるのを防いでいる。

 あちらも、銃弾が一発でも頭に当たればタダでは済まない。

 金原は思ったより眼がいい。銃弾の弾道を充分では無いにしろ見極めている様だ。

 跳弾にも気を配り、上手く頭を守っている。

 それに加えて金剛肢の集中力増強効果も手伝っている。

 かなり厄介かもしれない。

 危険だが、消費の激しい火生を乱発させて精神力を削ぐヒットアンドアウェイ戦法が有効なのだろう。

 賭けだがやるしか無い。

 

「おい、ビー玉、俺に火炎無効をかけられるか?」

 

「うん、無理。炎龍の炎は防げても、火生の炎は火炎無効を破るよ」

 

「そうだよな、とっくにやってるよな」

 

「ダヴィ何か案無いか?」

 

「今は持久戦かな、金原の精神力と火力が尽きた時に笠取陣営に持ってかれない様に注意する事くらいかな。今はチイコが特攻しない様に宥めるので手一杯」

 

 笠取陣営も様子を観ている。

 車屋臨馬は抜刀すらしていない。

 リラックスしたもんだ。

 いや、ベテランの戦い方っていうのは、こういうものか。

 遮蔽物が必要無い金原はこのまま近づいて来た敵を逃げ場の無いトンネルで炙り倒すだけでいい。

 炎を切り抜けて接近されてしまったら金剛肢で迎え撃つ。

 触れられただけで灰になって消し飛ぶからガードの仕様がない。

 チイコの多腕で撹乱してもいいが近付け無い。

 こちらの人数はバッチリ押さえられている。

 カーブが無い直線の明るいトンネルの中、50m先の俺らの顔もしっかり見えている。

 壁に潜れば周囲の壁にもキッチリ警戒するだろう。

 全員が壁に潜って天井から地面から襲いかかる手もあるが、玉砕覚悟のものになる。

「当方、準備が整いました」

 スーツの医師。里が野盗の車屋に語りかける。

 

「そうか、では仕掛けるか」

 

「川合、そのまま撃ち続けろ」

 

「わかった」

 

 里の身体、スーツの隙間から虫が這い出す。始めは緩慢に増え始めていた物が徐々に地面を覆い、壁を這い回る。大型の羽虫が旋回し俺達の身体に無遠慮に止まる。

 俺達は皆トンネルから逃げる。

 こちらに攻撃を仕掛けるつもりはないらしい。被害は気持ちが悪かっただけだった。

 あちらは眼中に無いという雰囲気だ。

 確かにこちらは何の攻撃も仕掛けていない。

 仕掛けられない。

 壁まで覆い尽くす虫はゆっくりと金原を標的に這い出す。

 金原から吐き出された炎は床の虫を焼き黒く焦げた半円を生む。

 焼かれた虫は強い刺激臭をトンネル内に漂わせた。

 目に染みる毒気。トンネル内に吹く追い風が金原に毒を運ぶ。

 たまらず豪雨が荒れるトンネルの外に足を向けた背中に車屋の突きが襲う。

 50mを一瞬で移動した脚力に慄く。

 金原の金剛肢は車屋の斬撃を弾き、六撃目で刀身は真っ二つに折れる。

 攻撃手段を失い、こちらに離脱する車屋は酷く遅い。

 瞬時に50mの距離を渡った技は限定的なものなのだろう。

 車屋を襲う火生を人魂で相殺したのはビー玉だった。

 金原の背後を壁から現れた里が襲う。

 頭を狙った短剣の突きは鋭く光る。

 虫が焼かれた時に壁に侵入して背後に周りこんでいたのだ。

 右腕を払われた里は肩まで消失。灰が飛び散り短剣は壁弾く。

 

 一陣の地を這う虫は三分の一は焼かれたが二陣の羽虫は無傷で、総力戦で金原に向かっていく。

 

「ふざけるなよ!お前ら!」

 

 全方位、最大火力の炎を羽虫が焼き飛ばす。

 里は余力の虫で防衛壁を作り、トンネル内はサウナの様に暑く蒸した。虫達は主人の里をトンネル外に避難させ、爆風と炎壁の威力を殺す。しかし威力は減衰したとはいえ爆風は里を葉屑の様に飛ばし、谷へ落とす。

 

 チイコは車屋を覆う火を消す為にトンネル外に放り投げ、雨の中、多腕で叩き消そうとしている。

 

「弾切れか」

 

 川合の猟銃の銃身は鈍く光っている。

 銃身が焼けている。

 川合の銃撃が止むと俺達『残存兵力』の掃討が始まる。

 

「私らが応戦するからダヴィ、何か考えろ!」

 

 チイコと迎え撃つ意味があるかどうかわからが防壁を張る。

 金原がこちらに走ってくる。

 胸を押さえ、ひどい汗をかいている。

 徐々に歩行が覚束おぼつかなくなり膝をついて倒れた。

 ガス欠か?いや…様子がおかしい。

 トンネル内に背を押される様な突風が吹く。


「金原を救助しろ!すぐにトンネルから出すんだ!」

 

 桜尋様の指示の元、救護班が金原に向かって駆けつける。

 治癒術と点滴ルートを確保し、酸素マスクを当てられ。救護テントに運ばれた。

 呆然としている俺たちは道脇に立ち。

 事の成り行きを見守るしか無かった。

 なぜ金原が倒れたのかわからない。

 異能を使った精神の消耗が原因だと思ったが、その場合、救命措置は取られない。

 ただ気絶して眠るだけだ。

 今城さんがこちらに静かに向かってくる。

 

「金原は一酸化炭素中毒で倒れた。予選の審判は審議中なので、今は休息するといい」

 

 それを伝えると、再び桜尋様の元へ向かう。

 虫が焼けた際に飛散した毒素と、自らの炎で発生した一酸化炭素。それを吸いすぎて倒れた。

 それらは金原を一瞬で失神させるのに充分な毒だった。

 呆気ない結末だった。

 勝敗はどうなる?俺達はほとんど動けなかった。ポイントを得られる機会は無かった。

 笠取陣営の積極的な攻撃は審査では印象の良いものになるだろう。

 先にそう考える俺は冷たい男なんだろう。

 金原の安否を心配するのが普通だろう。

 車屋と里は治療を受けている。

 俺達四人は集まって審議の結果を待つ。

 誰も話さなかった。

 運営からの放送が響く。

 審判が降る。

 

「ーお知らせします。ただ審議の結果ー」

 

「ー生贄を務められた金原氏の意識消失を誘発させた笠取陣営を勝者とすべきですがー」

「ートンネル内で発生した一酸化炭素による意識消失であるという判断からー」

 

「ー予選を続行致しますー」

 

「ー予選は続行されます、次なる生贄は水織さくやー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る