第34話 緑の記憶
七夜河駅前から見える、大きな公園。
二人で散歩、手は繋いでいる。
このまま、付き合って欲しい。特別な関係になって行くのかしら。
明日のなったら手を繋がない関係に戻る。
それは寂しい。
惚れ薬を持ってくれば…でも。
使ったら凄く虚しくなりそうな予感がした。
展望台に登る。先客はいない。
コンビニで買った二つのケーキを分けて、ガスストーブで沸かしたお湯でコーヒーを飲む。
「今日はありがとう色々気を使って貰って…
その…楽しかったわ」
「僕も楽しかったよ、また遊ぼう今度は期末テストが終わってからかな」
「うん、楽しみね」
今日はこれくらいの進展で『よし』とするべきだろう。
次のデートをする仲になる。
この前まで考えもしなかった。
でも何だろう、私は欲張りだから今日はもう一つお土産が欲しい。
「あの…私の事…『さくや』って呼んでくれない?」
「うん………『さくや』がそれでいいんだったら」
「私も『段』って呼んでいい?」
「みんなもそう呼んでるし、呼んで欲しいな『段』って」
「うん」
沈黙が続く。
あれ?
段…壁にもたれ掛かって眠っている?
疲れたのかしら?顔色が悪い。
身体を揺らしても声をかけても目を覚さない。
失神している?
「段、どうしたの!」
「何で?」
誰か呼ばないと。携帯電話でビー玉を呼ぶ。
救急車の方が良かったかもしれない。
でも、ただの病気じやなかったら。
ビー玉やチイコに診て貰った方が良いのかもしれない。
私の心配をよそに段は目を覚ます。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫(らいりょうる)」
だけど、眼が普通じゃない。呂律が回ってない。
「ご(ほ)めん、さくや。も(ほ)う僕は我慢出来(てひ)ないよ」
正気じゃない。上気している。呼吸が乱れてる。
近い近い近い近い!
糸を出して、動きを縛る。
簡単に糸を斬られる。
どうしよう。異能に関しては正攻法だと
どれだけ工夫しても段には勝てない。
段の目が怖い。
近寄って来る、襲われる。
私の意思を度外視して、男はオオカミ!
さっきまで、あんなに私を大事にしてくれたのに、段…あなたってそんな男だったの?
「怖い」
「大丈夫、優(はら)しくするから」
段だと「いいかな…?」って感じでリードしてくれる。そんな結ばれ方を予想してたのに。
奪われるの?私。
もう、私の逃げ場所は無い。
壁に追い詰められた。でも私は全力で逃げなかった。
段の両手は私を壁に追い詰めた。
これが、壁ドン。噂の壁ドン。
古いけど…征服される感じが堪らないわ。
段でも、こういう事するのね。
か弱い女の子になるって悪くない。
興奮する。
欲を言えばもっと壁をドンって音が鳴るくらい叩いて欲しかった。
耳元に息がかかる。力が抜ける。
「陵辱するの?陵辱されるの?私は初めては普通がいい、普通にしないと親に言うわよ」
「ご(ろ)めん、さく(ふ)や、僕はも(ほ)う普通(ふふふ)じゃな(は)い」
交渉決裂。
こうやって、女の子は大事な物を好きな人に捧げて行くの?私の場合はコレなの?
糸も出せない、無防備。
二日連続で無防備になるのはダメ。
癖になる。私を駄目な女にしないで。
あああぁぁぁ…耳に息がかかってる。
さっき呼んだ。ビー玉、チイコ、ダヴィ、英助
助けてにきてくれた。もう少し遅かったらどうなったんだろう。
「ほら、段…見て皆が来た。離れましょう」
「何(はひ)?何(はひ)も無い」
皆、ゾロゾロと帰ってる。
「ちょっと、あなた達!助けなさい!何で帰るの?」
遠くで大声が聞こえる。
「邪魔しちゃ駄目だ。俺が惚れ薬盛ったから原液?だと倒れるのな」
「惚れ薬を盛った?原液?英助!アンタ何やってんの?」
「いや、ナイスだ英助!お前も買ったのか!」
「でも効き目遅いぞ、なんで?」
「段の毒耐性だ、でも原液はマズい」
「魔龍の毒もすぐ分解したし。大丈夫だろ」
「もう帰ろう、覗き見は無粋だZE」
まず英助(バカ)を糸で捕まえて。
引っ張って。
段にぶつけます。
段は気絶します。
料理完了。
次に、段のさっきまでの記憶を消します。
あ、糸でグルグルになってる英助(バカ)を踏みます。ガシガシって。
「ちぇ、せっかくいい感じだったのにな」
「いいから消しなさい、段のトラウマを増やしちゃ駄目」
「ちょっと、さっきのダメージが…休ませて貰えませんかね」
「いいからやれ」
私の圧力で皆がササっと動き出す。
英助とチイコは記憶介入。
ビー玉とダヴィは解毒。
「おい、見てみろ!さくやに見せようぜ英助!」
「おう…これは…」
青い春の様な透き通った記憶の宝珠を私に
渡す。
「何?さっきの記憶なんか、すぐ取り出せるでしょ?」
「いいから手に握って目を瞑って同調してみ」
目を閉じてみると光が走る。
その先のモヤの先に映像が見える。
夢を見ている様な感覚。
昨日の夜の記憶。
段に抱きついている私の頭が左頬に触れる。
暖かい。
すごくドキドキする。
水織さん意外と胸が大きい、柔らかくて
髪の匂い、草の匂い、海の匂い。
女の子の髪の匂い
女の子ってこんな匂いがするんだ。
しばらく泣いて落ち着いたら。
優しくしよう。
あの魔女って呼ばれてた子が、こんなに可愛いなんて…。
男は女の子の涙に弱いって言うけど。
僕もそうなのかな…。
…。
……。
………。
「これは没収します」
「さくや、それはダメだ段の甘酸っぱい思い出なんだから」
「だったらコピーして!出来るでしょ?」
「バカな事言ってないで返しなさい。戻しといた方がさくやに都合がいいでしょう?」
嬉しいけど恥ずかしい!
次!
皆!私の顔見ない!
「おい、こんなのもあるぞ」
「あなた達、真面目にやってないわね?」
「こんなチャンスは二度と来ないぞ?今のうちに段を攻略する為の情報は押さえとけ」
「はい次の」
チイコが私に『緑の記憶の宝珠』を渡す。
記憶介入。
子供の頃?
みずおりさくや 一年二組。
土に刺せる白いプラ製のネームプレート。
倒れているアサガオの鉢。
私のアサガオが倒れているのを段が丁寧に直している。
子供英助がそれを見て
「おい、段!水織のアサガオ直してんの?」
「うん、アサガオが可哀想だからね」
「ふーん」
クラスに帰ると黒板にハートマークの下に
相合傘。私と段の名前が書かれている。
子供の頃、男子が女子に優しくすると必ずこういうイタズラ書きを目にした。
多分、その時小学校中で流行っていた。
段は子供の頃から皆に優しくて…でもちょっとズレていた。
ふざけた子供英助が縦笛を持ってヘラヘラとインタビューする。
「段さん、水織さんのどういうところが好きですか?」
戯けた英助の口調は周りの笑いを誘う。
段は天然だった、空気が読めなかった。
「サクランボの髪飾りが似合うところ」
「三島くん水織さんのこと好きだって!」女子が騒ぐ。
この時…私も現場にいたけど、最初は私のアサガオを直してくれた感謝してた。でもその結果、変なイタズラ書きに変なインタビューを受けて衆目に晒される段が気の毒だった。
けどこの発言で三島くん、それはダメ。
空気読みなさいと思った。
「他に水織さんの好きなところは?」
「大人しくて優しいとこかな?ウサギの世話とか一生懸命なところも好き」
クラス中が騒ぎ出す。
クラス中が『いいネタ』を『いいオモチャ』を手に入れた。
「段は水織が好きなんだ。お前ら絶対、結婚した方がいいぞ」
「結婚しーろ。しーろ。しーろ」
クラス中のコールが騒がしくて駆けつけた先生に英助がゲンコツを受けて、このスキャンダルは一日で収束する。
だけど、私はあの時から段を意識し始めた。
その後もずっと。
女子にモテたのは英助だったけど段は皆の人気者。私は皆の外側で見てた。
同じ消しゴムを持ってたのも知らないでしょ?
サクランボの髪飾りもずっとつけてた。
今も大事に持っている事も知らないでしょ?
中学に入ってヒカリが段と仲良くしてて泣いた事も知らないでしょ?
本当に天然でズレてて空気読めないけど、いつも皆に優しかった。
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