第33話 繋ぐ手、繋ぐ視線

 待ち合わせは九時に七夜河駅前。

 朝の天気予報だと、午後から降るけど雨の確率は50%、傘は持っていく。

 ビー玉が扇市で再調合した惚れ薬を渡してくれる。

 少し舐めると痺れるくらいの苦さ。

 慌てて口を濯ぐ。

 ダメこれ絶対。

 

「これじゃ使えないと思ってさ!」

 

 ビー玉にフレグランスの惚れ薬を渡される。

 だけどこれも…臭い。刺激臭でしかない。

 つくづく私は惚れ薬には縁が無いのかもしれない。

 もう諦める事にして駅に向かう。

 

 駅に着くと三島君が待っている。

 

「おはよう、待たせたかしら」

 

「おはよう、今来たとこだよ」

 

 待ち合わせ三十分前なのに…もう来てる。

 ちょっと負けた気分。

 薄い灰色のシャツにジーンズ。

 シンプルだけど安物じゃない。

 新品の白いスニーカー。

 髪も切ってて整っている。薄く香水をつけている。

 

 お洒落してくれている…嬉しい。

 

 電車に乗る。

 まだ、どんな顔をしていいのか、わからない。

 

「水織さ、今日。いつもと違う感じだね、可愛いと思う」

 

「うん、ありがとう」

 

 嬉しいけど…タイミングが違う。

 多分、服装を褒めろって黒国君あたりにアドバイスされて、今それを思い出して褒めたんだと思う。

 むーむーむー。

 でももっと嬉しさを表現した方が良かったかも。

 失敗。

 昨日来てたショッピングモールの四階に映画館がある。席を予約して時間まで店を回る。

 

「この前の事、気にしてる?」

 

「大丈夫、だけど三島君に抱きついたのも泣いたのも反省してる」

 

「ああ、気にしないで、びっくりしたけどそれだけ」

 

「そう、ごめんなさい」

 

 三島くんを見ると少し嬉しそうだ。

 弱っている女の子を慰める。

 父性本能を刺激されているようだ。

 これは利用しない手は無い。

 

「今でも怖くて…震えるの」

 

「そう、大変だったね」

 

「手…繋いでいい?」

 

「うん…いいのかな」

 

 手を繋ぐ。

 大成功!

 私、男の子と手を繋ぐの初めて。

 ちょっと、どうなってるんだろう私の顔。

 ううう…動悸が。

 私の処理能力を超えた。お互い顔を見れない。

 どうしよう、現状を正確に把握しないと。

 

「ちょっと、お手洗いに」

 

 手が離れる。

 もう手を繋ぐチャンスは無くなったけど、離れる。

 動悸を落ち着けて。

 顔の火照りを落ち着けて。

 気持ちを落ち着けて帰ると、三島君は手を差し出してくれる。

 また手を繋いでくれる。

 どうしよう…。

 手を繋ぐ。

 

「映画まで、お茶する?」

 

「うん」

 

 お茶をして、ポップコーンを買って、映画観て…。

 ミュージカル恋愛映画…面白くなかった。

 

「微妙だったね」

 

「うん、桜尋様の恋愛映画の選び方が微妙」

 

「…あー昼ご飯に行こうか」

 

 レストラン…美味しくなかった。

 

「うーん、いつもはここ美味しいんだけど」

 

「うん、私も来た事あるわ。いつもは美味しいわね、今日はおかしい」

 

 味がすごく薄い。何だろう、店の他のお客さんも首を傾げている。

 

「私はもう少し濃い方が好き」

 

「うん、濃いのが食べたい」

 

 でも、この店で追加注文をする気になれなかった。

 

 

 チイコからの情報で、この近くで美味しいラーメン屋さんがあるらしい。

 黒国君や桜尋様とよく一緒に行く店がある事を聞いている。

 

「三島君、もし良かったら別のお店に行かない?」

 

「うん、何食べたい?」

 

「チイコが美味しいラーメン屋さんがあるって行ってた。そこに行きたい」

 

「え?僕は知ってるけど、男性率90%だよ、店も汚いし、服に匂いが付くし…」

 

「でも、美味しいんでしょ?」

 

「それは保証する」

 

「そこに連れてって、濃い物食べたい」

 

「うん…

 

 初デートでラーメン屋に連れて行くのに抵抗があるみたいだ。

 そんなにラーメンは好きじゃないし、カロリーも高い。服に臭いも付く。

 だけど、別に美味しくなくてもいい。

 三島くんは喜ぶし、私はまた一緒に行こうと誘いやすい。

 黒国君の情報だと長崎駅で映画を観た後、ラーメンを食べて、近くのファミレスで駄弁だべる。

 これが三島君の映画の後の行動パターン。


 デートだから私の為にラーメン屋チョイスは我慢してくれた。

 だけど、彼にも楽しんで欲しい。

 店内で券売機で三島君と同じ物を頼む。

 大盛りラーメン、煮卵、海苔、ホウレン草、チャーシュートッピング

 会計は奢らせない。

 券売機から闘いは始まっている。

 

「結構、多いけど大丈夫?」

 

 ラーメン屋でのデートも調べてきている。

 店内では静かに、お冷やは彼の分も準備する。

 ラーメンが出されたら、髪を後ろに束ねて、

 『いただきます』

 まずスープを飲んで、海苔に麺を絡ませて食べる。

 後は自由だけど大事なのはここから。

 三島君の食べるスピードに合わせて食べる。

 三島君が私に合わせる素振りを見せたらスピードを上げる。

 決してガツガツしない様に優雅に。

 慌てる必要は無い。

 私はスープを全て飲む必要が無いのだから。

(女子だから許される)

 スープを飲むフリをして…。

 三島君が食べ終わっているのを見計らって。

 同時に食べ終わる。タイミングはジャスト。

 御馳走さまして、カウンターに丼を片して、テーブルを拭く。

 回転数を上げたい狭い店内で長居しない。

 目を丸くした店主に

 

「御馳走様でした。また来ます」

 

「有難うございました!またよろしくお願いします!」

 

 縄暖簾を抜けて店内から出て。

 束ねた髪を元に戻して。

 鍛錬を重ねた笑顔で一言。

 

「美味しかったね」

 

 これでフィニッシュ。

 多分、完璧。


「うん、水織さん。ラーメンよく食

 べに来るの?」

 

「たまにね、私ラーメン好きだから」

 

 実際ここのラーメン…美味しかった。

 

「慣れてたよね」

 

「たまによ。女の子一人でラーメン屋さんに行けないでしょ?」

 

 まだ四時。

 手を繋いで七夜河に帰る。

 電車の中で取り留めもない会話。

 

 七夜河に着いたら手を離す。

 だけど互いの視線は繋がっている。

 

「有難う、七夜河で私達が手を繋いでるとこ見られたら恥ずかしいじゃない?」

 

「うん」

 

「………」

 

「水織さん、まだ時間ある?」

 

「両親が心配するから今日は帰る。だけど夜なら抜けれるよ」

 

「わかった迎えに行く。十九時くらいでいい?」

 

「大丈夫」

 

 家まで送ってもらう。

 家に帰ってからが忙しい。

 今、十七時二十四分。

 シャワーを浴びて、服を着替えて。

 ラーメンの油を落とす為に歯磨き。

 両親に『早目に休む』と宣言して部屋に篭り、ビー玉に私に化けて貰って替え玉にする。

 チイコが来てビー玉と一緒に今日のデートの事情聴取を求められたので回避。

 窓から抜け出す為に玄関からスニーカーを自分の部屋に持ってきて、しつこく尋問する二人の相手を適当にあしらいながら化粧する。

 

「まだデートは終わってないの」

 

 私の女の子能力を最大限に表現する。

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