第30話 涙の匂い 1

 三島段はボケている、子供の頃からボーっとしてた。

 人間やってる時は、そこそこ付き合う程度。

 俺の父が県会議員なので、周りの人間は俺に対して遠慮していた。

 段だけは子供の頃から、普通に接してくれた。

 なんだか達観した雰囲気。

 友達というと近すぎて、知り合いというと遠すぎる。

 線が引かれない関係。

 俺が鬼になって桜尋様の世話になって、段が普通の人間じゃないというのがわかった。

 規格外の化け物。

 異能『秘剣』を持つ七夜河の世話役。

 桜尋様の食客の俺はよく絡む事が多い。

 

 幼馴染み?

 仕事仲間?

 同僚?

 先輩?

 母を殺した魔龍を退治した恩人?

 線が引かれない関係。

 線が書かれない関係。

 

 段が桜尋様に相談して、今方針が決まって謁見が終わる。

 

「どうだった?」

 

「うん、根の詰めすぎだって、映画のチケット二枚貰った。気分転換して来いって」

 

 不思議な感覚だ。

 何でこいつは三島段で、俺はコイツの事をどう思っているんだ?

 人間を超えた力。

 妖怪を倒せる力。

 か弱い人間の肉体で神にも拮抗出来る力。

 母を殺した魔龍を倒せる様な力を持つ人間。

 こいつとどういう関係であるのが的確なのかわからない。

 こいつがいなかったら、俺の人生はどう変わっているんだ?

 じっと段を見つめていた。

 

「なんだ?変な物を観るような顔して」

 

「いや、なんでもない」

 

「コレ、ただのチケットだぞ、変な呪いもかかってない」

 

「ああ、映画だろ?行ってこい」

 

「業太一緒に行くか?」

 

「バカかお前は、アクションとかだったら行くけど、それどう見ても恋愛物だろ?」

 

「そうだな」

 

「桜尋様はお前に仲良くして欲しい人物がいるだろ」

 

「お前か?」

 

「この前も怪獣映画を一緒に三人(俺+段+桜尋様)で観に行ったろうが、その後、勝(ラーメン屋)にも行ったろう」

 

「わからんよ」

 

「もうお前とは仲良いだろうが、このバカ!」

 なんて事は口が裂けても言わない。

 コントか?コレは。

 水織とデートになったら、段は水織に押し倒されかねん。

 危険な女だ。

 万が一の時の為に準備しておいた避妊具(コレ)を渡しておく。

 

「高校生には早いがお前にはコレを渡しておく」

 

「おい、何でこんなモン持ってるんだ?」

 

「お前は生身の人間だからな、欲望が抑えきれない事があった時には、ちゃんとそれを使うんだ。ただ!高校生にはまだ早いからな!」

 

「俺とヒカリはそんなんじゃ無いぞ?誤解するな?」

 

 何て事だ…まずコレを使う相手に…鬼雀ヒカリを連想するとは…。

 

「鬼雀地頭が複雑そうな顔するだろうが!」

 

「うん、ヒカリとはマブダチだ。それにヒカリはテニス合宿に行ってる、まず無理だ」

 

「あと、仲良いっていったら…春原?」

 

 春原はダメだ…俺が惚れてるから…。

 春原は俺の初恋の子だ。

 段と春原が映画に行くだけならともかく、そういう関係になったら、俺はどうすればいいんだ?

 

「…違う、他にいるだろう?」

 

「お前顔色悪いぞ、大丈夫か?」

 

「最近、世話役になった子がいるだろう?」

 

「水織?」

 

「そうだ、お前は嫌かも知れんがな」

 

 春原と段が仲良くなったらマズい。

 段には悪いが水織と付き合うのも悪くない。

 桜尋様の計画通りも悪くない………。

 ああ…俺は段が水織の事を苦手に思っているのを分かっていながら…何て事を考えるんだ。去れ悪魔桜尋め!

 

「うーん、最近は印象悪くないしな…でも女子誘うのは初めてだしな…」

 

「今は『推奨』程度だけど、その内に桜尋様から任務扱いで映画行かされるぞ」

 

 …。

 ……。

「ああっ!…つぅかさ!お前、水織さんと映画に行くのにこんなモン渡すなよ!」

 段は今頃に、気付いた。

 戦闘じゃ未来予知レベルで勘が働くのに…。

「俺は、高校生にはまだ早いって言ったからな」

 

「そりゃぁそうだけど、コレ返す」

 

「ああ、そうか。じゃ自分でサイズ測って適切なヤツを買え。正しいサイズはとても大事な事らしいからな」

 

「いらない」

 

「お前…女子とそういう事になってコレ持って無い男とか…最悪だからな…色んな意味で、もし準備しないでそういう事になったらお前の事は『恐るべき性欲野獣ダン』と呼ぶからな」

 

「…わかったよ、業太は真面目だな」

 

「財布に入れとけ。俺もコレ買う時、恥ずかしかったんだからな?」

 

「ああ、こんなの近所じゃ買えないよ、どこで買った?」

 

「福岡まで行った」

 

 …だいぶ遠かったけどな。

 お前…そんなにバカだったのか?

 段の呆れ顔、そういう表情だ。

 スルーする。

 

「お前の気持ちは受け取った。半分、お前持っとけ」

 

 箱を開けて半分コの五個を俺に渡した。

 サイズ表記を見た段は、急に元気が無くなった。

 

「お前、デカいのか?」

 

「知らん」

 

「お前基準で買ったろう」

 

「知らんと言っている!」

 

 月の無い夜。社内から人影が降りてくる。

 

「何か、楽しそうなお話ですね」

 

 洞吟寺の雷静さんだ。

 簡易な袈裟に長作務衣姿に頭陀袋を下げている。

 

「いえ、何でも無いです」

 

 こんな煩悩たっぷりな話を雷静さんに知られたら、きっと面倒な事になる。

 

「拙僧、明日は放参日(やすみ)でして、桜尋様にご挨拶させて頂いておりました」

 

「はい、御用はお済みでしょうか」

 

「魂消祭の前ですので打ち合わせです、どうも七夜河が騒がしいとか」

 

「はい、世話役が当番で回っております」

 

「拙僧は当番に組まれておりませんが」

 

「雷静知客はお寺の公務に加えて、修行に世話役内の事務方もされております、なので、見廻りはお声掛け致しませんでした」

 

 雷静さんは七夜河の世話役の中でも切り札の一つとも言える。

 まだ、雷静さんの情報を外に漏らしたく無いのだろう。

 

「…わかりました、桜尋様の心遣いですね」

「…」

 

「では、世話役の方々をせめて労いたく思います、少し拙僧に付き合いませんか?」

 

「はい、どこに行かれるんですか?」

 

「お二人は何か食べたい物がございませんか?」

 

「カレーとか食べたいです」

 

 段は空気を読んだ。

 ラーメンとは言わなかった。

 

「はい、私もです」

 

 俺は他所行きの返答。

 一人称は『私』を使う。

 坊さんと飯とか緊張する。

 洞吟寺は僧堂行鉢とかいう、特殊な食器を使って、僧堂で作法通りに食事をする。

 雷静さんは、指摘はしないだろうが、作法はわからないし。

 緊張しか無い。

 

「さあ、車にどうぞ。カレーですと三島さん、この前の店でよろしいですか?」

 

「はい、この前の店で」

 

 段は洞吟寺で僧堂行鉢を経験しているので、余裕の表情。

 桜尋様から教えて貰ったお茶の作法くらいしかわからない。

 俺だけが緊張している。

 

「大丈夫だ、業太。雷静さんは美味い店をいっぱい知ってる。檀家さんからの情報持ってるから」

 

「それは心配してない」

 

「今から行く店は、本当に美味いからな、ハマるぞ、夜中に急に行きたくなるヤバイ店だ」

 

「ふふっ、拙僧も同感です。トッピングは遠慮しないで下さいね」

 

「雷静さんは、今日もホウレン草山盛りですか?」

 

「拙僧、今日はロースカツに挑戦してみるつもりです」

 

 おい、いいのか坊さんが肉食べて…。

 

 車を走らせて数十分。

 段が盛り上がっている。

 

「…だからな、雷静さんはロックな坊さんなんだよ。過去が凄いから。この前の二階から暴走族のバイク落とした話してくださいよ」

 

「今は御仏に仕えておりますから、その様な事はありませんが、若い頃は分別が付きませんでしたから」

 

「雷静知客、お歳は…」

 

「二十八歳になります」

 

「二十八歳はまだ若いですよ」

 

 段は雷静さんに懐いてて洞吟寺では聴けない事を聞き出そうと畳み掛けようとしている。


「いや、その話は口が滑りました。他の方には広め無いよう、お願い致します。今思い出せば道を外しておりました」

 

「そういえば、なぜ金原君に火生の操作をご指導なさらなかったのですか?」

 

「彼は外道の臭いがしましたから」

 

「…」

 

「彼は御仏の教えは勿論ですが、まずは人の生き方を知る必要があるでしょう…参禅をお勧め致しましたが、今はまだ叶わぬ様です」

 

 外道が異能を持と厄介な仕事が増える。

 敵対する人間の異能使いに対して桜尋様は極力殺さない。

 まして魂消祭の生贄となると無闇に攻撃出来ない。

 炎を操る火生を無傷で捕縛するのは骨が折れるだろう。

 

 …ん。

 あれはなんだ?

 普通は見ない光景。

 山の中から何かが勢いよく飛び上がってきた。

 女の子?

 白い糸?

 半円の繭を使ってパラシュート?

籠目宿かごめのやど』水織だ。

 チイコもいる、攻撃を受けている。

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