第29話 森の襲撃者

 

 !!!…。

 

 闇から覗く眼の光。

 ビリつく悪意。

 舌舐めずりの罠の気配

 殺気を受けた肌の騒めき。

 

「チイコ!」

 

「何?」

 

 斬りかかる横一文字の斬撃、足元の黒塗りの刺々しい罠。


 バイクの後輪を糸で木に括り付けて強引に停止させる。


 宙に飛ばされた私達は躍り上がる。


 私はチイコにしっかり抱きつき、糸の網を幾重にも貼りで少しずつ慣性の法則のショックを殺す。

 暗闇の中から黒々と塗られた暗器が風切り音と共に向かってくる。

 空中に幾重に糸を飛ばし、ゆっくりと糸を漂わせて、暗器を捉えた。あと一本飛んできていたらチイコに刺さっていた。

 チイコは私を庇っている。

 バイクを捨てて、身を隠す。

 音を殺す網を張る、出来るだけ遠くへ。

 私の糸は白く光る。暗闇の中では不利。

 二方向からの攻撃で敵は複数。暗器は回収する。

 武器の形状が特殊ならば誰が襲ったか特定出来るかもしれない。

 索敵したいけど、月が雲に隠れていて明かりはない。

 私の眼もまだ闇に馴染んでいない。

 糸を方々に飛ばして探知しながら、木や枝の直撃を避ける。

 木の上でチイコと抱き合う。

 表面積を出来るだけ小さくする。

 耳と風が運ぶ匂いだけが頼り。

 敵はまだ身を隠した私達を見つけていない。

 チイコは私の手の指で文字を書く。


 お と り に な る


 私は小さく首を振る。

 敵の能力がハッキリしない内は動いては危ない。

 眼が闇に慣れるまで待つ。

 焦っても焦らなくても眼が慣れるまでの時間は一緒。

 だったら私は焦らない。

 白く光る糸は、私達の場所を知らせる。

 伏兵からの襲撃は多数の敵からの標的になる。

 降伏も無意味だろう、バイクに乗っている時の斬撃は命を狙いにきた殺気だった。

 悪意はこちらに向かっている。

 私達の匂いを追っている。

 時間の問題だからこそ、時間を最大限に活かす。

 風向きが変わる、背中から吹かれた風は私達の匂いを敵に届ける。

 眼は闇に慣れたが、地形が悪い。

 移動するしかない。

 

 チイコを抱きしめて飛ぶ。糸を引き絞って矢の様に。

 上空50m、森の全体像を確認したかったけれど低すぎた。

 大きく繭を作って半分に斬る。半円はパラシュート。半円は盾。

 道路沿いに五階建てのビル。看板がライトアップされている。

 あそこを目指す。

 視線を感じる。

 刺さる視線は八つ。暗器が八方向から飛ぶ。

 繭の盾で防ぎきった。すぐに第二波が来る。

 

 来る、さっきの攻撃で繭の盾は消えていく。


「私が防ぐ」

 

 チイコの多腕が暗器の雨を弾く、叩き落としていく。

 暗器で掠った血が弾き飛ぶ。

 チイコはそれでも止まらない。

 

「オラオラオラオラァァァァァ」


 ビルまで逃ればチイコを隠して迎え撃つ事が出来る。

 覚えてなさい。お前達。

 思い知らせてあげるわ。

 チイコの拳の盾は全ての攻撃を防ぎきってビルの屋上に着く。

 街灯の明かり。

 ビルのライトアップ。

 私の光る糸を隠すくらいなら充分な明るさ。

 チイコは私を見つめる。

 

「わかった、一緒に闘ってもらう」


 チイコは私に筋力強化、障壁、葉や枝で出来た傷の治癒。

 私は。次々に罠を張る。

 糸を使い過ぎた。

 精神力が消耗している。

 栄養剤ドクペがいる。

 あるいはカフェイン。

 防衛戦は得意なつもりだけど、相手の数がわからない以上。

 地道に確実に無力化していく必要がある。

 長期戦は難しい。

 最悪、チイコだけでも私が守る。

 チイコが自分の治療を終えた。

 

 アスファルトに敵が姿を現したら戦闘開始。

 

 草分けの音を響かせながら山の中から三人の影が歩いてくる。

 

「おーい」

 

 こちらに向かって手を振っている。

 

 三島君、黒国業太君、雷静和尚さん。

 三島君は左手に斬り落とした腕を持っている。

 酷く猟奇的な姿に驚いた。

 

「ごめんね、逃した」

 

 三島君は済まなさそうに笑っている。

 

「傷は無いですか?」

 

 雷静さんの両手は血に濡れている。

 鍬くらいの大きさの昆虫の脚を持っている。

 黒国君に至っては刀を下げるベルトに怨霊の首を三つ引っ掛けている。

 

「助かったぜ」

 

 チイコは複雑そうな顔を隠せなかった。

 武者震いが止まっていない。

 

「とにかく、無事で良かった、私の車で送ります」

 

 雷静さんが車を取りに行く。

 

「最近、七夜河で結界が弄られてるのは知ってるな?まだこういう事があるかもしれないから注意してくれ」

 

 黒国君は刀の血を拭っている。

 チイコは静かに頷いた。

 

「三島君は怪我は無いの?」

 

「うん、僕は大丈夫だよ水織さんは?」

 

「大丈夫」

 

「最初、水織さんが山から飛び出して来たの見て驚いたよ」

 

「なんでここにいる?って思ったな」

 

「追われてる感じだったから、回り込んで挟み撃ちにしたんだよね。でも逃げられた」

 

「あなた達は何でここにいたの?」

 

「たまたま三人で通りかかったんだよね、でも良かった二人が無事で」

 

「三島君は、いつもこういう事してるの?」

 

「世話役だからね。僕の仕事は主にこれだよ」

 

 何も言えない…減らず口も叩けない。

 

 戦いで抑え込んでいた怖さが溢れ出て、チイコを守る為に無理して。

 

 頑張って…。

 

 涙が出た…涙が止まらない。

 

 震えてる…止め方が分からない。

 

 私は…泣く様な女じゃない。

 

 でも…もう、一人で今は立てない。


 私は三島君に抱きついていた。


 シャツを握って誰にも離されない様に掴んでる。

 三島くんは動かないでいてくれた。

 私に泣く場所を与えてくれた。

 彼は困惑して照れてても離れない。

 涙が三島君のシャツを濡らす。

 怖かった!

 怖かった!

 嬉しかった!

 三島くんが来てくれて、嬉しかった!

 三島くんは私の肩を撫でてくれた。

 

「もう大丈夫だよ、皆んながいるんだから」

 

 私は演技でも泣いた事が無い。

 人に弱みは見せない私が普通の女の子みたいに泣いてる。

 震えながら好きな男の子の胸で泣いてる。


 恥ずかしいけど、もう知らない。

 怖かったの、離さないで。

 無防備でいさせて…私を泣かせくれる?


 泣いたのなんて久しぶり何だから。

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