第28話 幽霊バスに乗ってます
それは誰でも欲しがる最高の秘薬の一つ。
『惚れ薬』
若くて可愛くても。
教養があって綺麗な淑女も。
落ち着いて抱擁力のある大人の女性でも。
好きな相手に振り向いて貰わなければ意味が無い。
ビー玉に教えて貰った惚れ薬の噂。
それが手に入るお店がある。
私達、世話役みたいな特殊な仕事をしている人間や霊達の為の一見様お断りの総合店。
通称 扇市(おうぎいち)
研師、鍛治、呉服屋、東洋呪術、西洋魔導書店、怪しい薬局、陰陽師の術符、病院、恋愛占いに強い占星術師までいる。
ここで働く霊達は多くて、雇用を生んでいる。
世話役の私がここに行くには桜尋様に手形を発行して貰って、バスのチケットを買わないと行けない。
バス代280円 往復560円
手形代300円 有効期限 6ケ月
市バスの停留所。『琴ノ木』に十八時四十五分に始発のバス。
幽霊バスに乗る為に、学校終わりにチイコの
二時間前に着いてしまった。
「ありがとう、ちょっと早すぎたかしら」
「ん?別に良いんじゃね?今日は雨、降らないよ」
「私もそんな忙しく無いしさ、制服のままじゃアレだし、一旦、家に帰る?」
「大丈夫よ。チイコの手間だし」
「ちなみに何買うの?」
「護符の書き方をビー玉に教えて貰ったから、それ用の書道道具一式と後は…適当かしら」
私は堂々と嘘をついた。
「ふーん」
「何かオススメの物ってあるの?」
「そりゃぁ何でもあるよ、私の場合、桃の木刀とか、聖銀のメリケンサックとか、霊力を込めた
…全然、参考にならない。
「特服、着てみるか?」
「いえ、結構よ」
「いいから着ろよ」
「いいって言ってるでしょ!似合わないから」
…。
……。
………。
着せられた。
夏セーラー服に特攻服姿。
類人猿最強とか、敬天愛人とか所々に刺繍が施されている。
背中には『鬼百合連合』………。
「似合うなぁ!」
棒立ちの私は複雑な顔を隠せなかった。
だけどチイコは子供の様に上機嫌になった。
「よし、次は木刀を持って『舐めんじゃねえぞコラ!』って表情でポーズ!」
「次は腕組んで『誰にガン垂れてんだああ?』って表情で…もっと威圧感を込めて、殺すつもりで…そう、その顔!最高!」
付き合わされた。何で断れなかったのだろう?
チイコの指導は厳しかった。
「よし、いい写真が撮れたから、送るわ」
え?
「写真なんていつ撮ったの?聞いて無い」
「あそこにダヴィがいるよ。さっきカメラ持ってダッシュで来いって連絡した!」
「おーい」
「この前は…どうも」
ダヴィが草陰から顔を出す。
望遠レンズ付きのイ眼レフを下げている。
「ちょ、何で?データ消しなさい」
「ふ…青春の一ページ。二度と無いこの
「いいから!」
「わかったよ、悪かった消すよ、ほら確認しろ」
嫌に諦めがいいと…この時…。
私は…疑うべきだった。
スマートフォンも確認するべきだった。
「次は化粧してやろうぜ!」
「馬鹿な事言わないで」
「いやぁ、いい
「うん…そうだね」
ダヴィ…あなた笑ってるわね?
後を向いてもわかるのよ?
笑ってはいけない場面で笑ってるわね。
あなたの笑いのツボ…間違ってる。今度、徹底的に破壊してみようかしら。
バカバカしい時間が過ぎていった。
あたりは暗くなってきて、キンヒバリが鳴き始めた。
「さくやもさぁ、段に惚れてるんだったらさ
「そうなの?」
知らぬ顔の半兵衛。
「私も欲しいけど、桜尋様に盛ったらバレるしな…バレたら今城さんと業太に怒られる」
扇市行きのバスが来た。
私の他にお客様はいない。
このバスは人間専用のバス。
世話役以外がチケットと手形無しにバスに乗ると、もう帰って来れない。
日本円でバスのチケットと手形が買えるのは世話役だけで、運悪く乗ってしまった一般人は世話役に助けて貰うしか無いそうだ。
「じゃな!」
チイコとダヴィに見送られながら、幽霊バスに乗る。
「お客様座席にお座りになり、運転中は運転手に声をかけない様、お願いします」
ゆっくりと、安全運転のバスに揺られながら夜の道の街灯を眺めていた。
どこに向かうか判らないバス。
夜に乗るバスは、どこか不思議な場所に連れて行ってくれる気がする。
「次は扇市、次は扇市、
外は街灯はなく、光が無く暗くて見えない。
山の木々の溢れ間に明かりが見えてくる。
バスを降りると雰囲気は縁日の様な、有名な寺社仏閣のナイトツアーに参加したみたいな気持ちでワクワクしてくる。
客は幽霊や化け物だらけだけど、ライトアップが明るいので、和製ハロウィンの様で活気がある。
扇市の入り口は大きな朱門が開いてはいるものの、鉄杖を持った門番がいて私の手形を確認すると、入門を許される。
ちゃんとした駐車場には車が沢山駐車されていて、誘導係までいる。
市は呼び込みの声や子供達の声、平穏な騒めき。たまに聞こえる笑い声、縁日の屋台もフードコートもある。
案内図で薬局を確認したら直行する。
店内は漢方薬の匂いと多くの妖怪や幽霊の臭いが混ざり、独特の臭いがする。
惚れ薬を探す、これの為に来たのだから。
おかしい…どこにも無い。
だけど、惚れ薬が欲しいだなんて店員さんに声をかけるのは恥ずかしい。
だけど、私は水織さくや、照れてるからって此処で立ち止まるのは私らしくない。
「あの、すみません…惚れ薬を買いに来たのですけど、見せてもらえません?」
「そうですか…お客様。申し訳ありません、品切れになっております」
「残念ながら次回の入荷も目処が立っておりません…」
『お一人様一本まで、特価一本680円』
そう書かれた木箱は空(から)になっている。
落胆した、だけど惚れ薬が買えなくて落ち込んでいる少女の姿は見せない。
世間体は大事。
「お客様様、失礼ですが世話役の方ですか?」
「はい、そうですが」
「でしたら、御用商等も当店では行っておりますので、桜尋神社に再来週の土曜日にいらっしゃいましたら、何とかご準備致しますが、いかがでしょう?」
桜尋様の前で惚れ薬を買う。
それは罰ゲームです。
「ありがとうございます、今日は、そのハンドクリームだけ頂いて帰ります」
咄嗟に買ったハンドクリームを袋に詰めて貰い、店を出た。
竜の骨を砕いて作ったハンドクリーム。
1260円。
浸透成分が全身に及んで皮膚が竜の鱗になって防御力アップ、炎無効。溶岩無効。毒霧無効。
副作用、痒み、皮膚萎縮、紫斑。
個人差はございますが、一週間は効果が持続しますのでご了承下さい。
乙女が使うクリームじゃない。絶対使わない。
惚れ薬が手に入らなくて、変なクリームを買って…。
…他の店を回る気分じゃない…もう帰る。
「よ!また会ったな」
チイコが大声で声をかけてきた。
「貴女、来てたの?」
「さくやを家まで送ってこうと思ってな」
「そう、有難う。乗せて貰おうかしら」
「今日は写真撮影会、楽しかったしな」
「貴女だけよ」
「悪いと思ったからさ、コレやるよ」
渡された紙袋を開くと『惚れ薬』が入っている。
「惚れ薬…?」
…困った。これが欲しくて此処まで来たのだけど、チイコに対して、どうリアクションすれば良いのかわからない。
「これさ、朝から並ばないと手に入らなくてさ!だから今日ココ来たの二回目」
チイコは無邪気に笑っている。
もしかして私の為に並んだの?
…こんなの素直に受け取るしかないじゃない。
「ありがとう、大切にするわ」
「おう、それで段を落とせよ。女の約束だ!」
チイコ有難う。
最初は正直、仲良くはなれそうにないと思っていた。だけど、人を見かけで判断しちゃいけない。
すごく嬉しいわ。本当に有難う…と心の中で感謝する。我ながら面倒くさい性格。
「じゃ、帰るか!」
「ええ、安全運転でお願いね」
「おう、任せとけ」
惚れ薬が手に入って嬉しい…だけどチイコの気持ちの方が嬉しい。
プレゼントって物よりも気持ちで嬉しくさせられたなら最高なのだと思う。
暗闇の山の中をチイコとバイクで帰る。
どこを走っているのかも、わからない。
「さくやもバイクの免許取れば?」
「貴女みたいに飛ばさなくて良いなら、気持ち良いし悪くないわね」
「最初の内だけだって、怖いのは」
「そういうのが危ないのよ。『注意一秒、怪我一生』って諺があるでしょう?」
「ちぇっ、母ちゃんみたいな事言うなよ」
「ふふ、貴女のお母さんも心配してたのよ」
「ひでぇ、今それ言うか?」
平和で呑気なチイコの笑い声を狙う殺気。
肌は一瞬で私達を狙う敵の視線で騒めいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます