第24話 段は業太が羨ましい 1

 夜の雨上がりの堤防を抜けた岩壁を伝うと漁師の無事を祈る為に恵比寿様の祠がある。

 地元の漁師は船で着岸して信仰を守っている。

 一般人はほとんど知らない、穢れない純粋な秘社ひみつやしろ

 そこに納められている霊鏡が割られていて結界が綻び始めている。

 僕と業太で霊鏡を取り替えている。

 最近は業太が相棒になる事が多い。

 経験の少なさを機転で切り抜ける事が出来るし、着眼点も的確。

 最近は僕の死角を埋めてくれる。

 今年の四月に鬼になったにも関わらず、成長が早い。

 まだ未熟だが桜尋様に認められつつある。

 たまに衝突する事もあるけど、頼りになる存在だ。

 業太は武装している。

 僕も防壁を張って、式神の準備もしている。

 結界が弄られているという事は、七夜河に侵入者が潜んでいる可能性が高いからだ。

 結界の修復には時間がかかる。

 昨日しているか点検も含めると終わるのは九時を廻(まわ)るだろう。


 近頃、七夜河は騒がしい。

 ここだけじゃなく所々で結界を狙った工作が行われている。

 魂消祭を目の前に予選相手が仕掛けてくるという話は聞いていたが、ここまで遠慮無く町を荒らしてくるのであれば、相手方に抗議をして欲しい。

 予選の相手は酒衣さかえ町の産土神うぶすながみ笠取姫かさとりひめの町の霊というのは聞いていた。

 一度お会いした時はお淑やかで優しい蛇身の女神で、予選前に七夜河に工作を仕掛けてくるような印象とは程遠い方だと思っていた。

 酒衣町は七夜河からは八十㎞ほど北に向かった町で霊とはいえ襲撃する度に移動するのは大変だ。

 どこかに拠点があると考えた方が現実的だ。

 期末テストも魂消祭も近いし、毎夜とはいかないけど、警戒は怠れない。

 

 魂消祭とは別の理由だけど。

 

 桜尋様が狙われるのには理由がある。

 

 今回、桜尋様が魂消祭に参加するにあたって、全国の霊達の中では話題になった。

 今は若隠居して小さな桜尋神社で産土神うぶすながみを勤めているが。

 元は武神の名門の出で、神々の大戦の後、姪に家督を譲ってる。

 西国の軍神、暗夜の四ツ菱。

 桜尋様の四つの眼が菱型に吊り上がり朱く光っていた処からの異名。

 神々の世界では、英雄なのだ。

 今城さんは、桜尋様に惚れ込んで家臣というか食客の身。

 元々、敵同士だったらしい。

 他にも滅多に表には出て来ないが、桜尋様を慕って町内の別の神社に祀られている神々がいるらしい。

 世話役は神々の事までは踏み込まないし、干渉しない。

 それはお互い『そうなっている』からだ。

 僕らの面倒を見てくれる今城さんが変神へんじんなのだ。

 

 桜尋様に恨みを持つ者。

 桜尋様の武力を利用して反乱を画策する者。

 桜尋様に挑戦する為に霊達を狙う者。

 

 他にも、原因は判らないが、この七夜河の土地を手に入れようとする勢力もある。

 なので、最初は心配だったが、水織さんが魂消祭メンバーを保護しててくれて助かっている。

 特にメンバーの中核であるビー玉を保護してくれる。

 つい数日まで『禁忌の家の魔女』と呼ばれていたのに町中の霊達の評判は良い。

 

 彼女の家で完敗フルボッコされたダメージと、変なタイミングで求婚されたダメージは時間と共に癒つつある。

 

 あとは金原くんをどうサポートするかが問題だ。

 このまま火生かしょうが未覚醒のままだと魂消祭で霊達に嬲り殺しにされる可能性がある。

 火生の記憶の宝珠は僕が持っている。

 けど、桜尋様も経過を観る姿勢だし…。

 かといって、非行歴をかんがみると火生を覚醒させるのも危険だ。

 あの後、金原くんは霊に対して「慣れてきた」と言って騒がなくなった。

 

 ヒカリと特に仲良くなって、一週間後のテニス合宿で暫く会えない事を嘆いていた。

 普通にしているけど、非行歴を隠して生活している。


 僕には考えないといけない事がいっぱいある。

 

「よし、終わった帰るぞ」

 

 業太は結界を結び直し、周囲を見張っている僕に話しかけた。

 足場の悪い夜の岩壁を走り抜ける。

 堤防に着くと術式を広げ、呪符に霊魂を纏わせる。

 現界術だ、霊馬を現界させるのかと思ったら。

 業太はXSR900《バイク》を現界する。

 高校生がこんな大型のバイク乗ったらダメだろう。

 いくら鬼とはいえ。

 道路交通法が関係無いとはいえ。

 

 筋力強化と保護を使えば、バイクより速く移動出来るが、燃費が悪くなる。

 なので、身体防壁と視覚遮断だけで済むバイクでの移動は省エネだと言えるが、そこが問題なんじゃない。

 業太の自慢気(ドヤ)な顔、ここが問題なんだ。

「いいバイクだよね」

(格好いい、羨ましすぎる)

 

「ああ、免許持って無いけど。俺って鬼だし、霊体現界だし。でも、手懐けるのは苦労した」

 

 このバイクも元々は魂を持った成仏出来ない霊なのだ。

 道具にも霊魂はある、フォークだってジーンズだってパソコンにだってある。

 その中でも愛着を受けやすい車やバイクの霊魂は特に持ち主を選ぶそうだ。

 

「速くしろ、俺は走りたいんだ」

 

 XSR900は空吹かしで急かしてくる。

 身長176cmで脚が長い業太に似合(きま)ってるのが、更に腹立つ。

 僕は167cm…脚つき悪い。

 

「こいつ(XSR900)、せっかちだから、しっかり掴まってろよ」

 

 シート高いな、二尻にけつでバイクなんて初めてだ。

 うう…羨ましい。前に乗ってハンドルを握りたい。

 僕も夏休みに入ったら免許を取りに行く。

 業太に先を越された感じが悔しい。

 お互いに認め合っているからこその敗北感。

 人生ではそういう気持ちに何度も出会う事があるが、僕はまだこの気持ちに慣れてない。

 ずるいぞ業太ばっか!

 少年時代にバイクに憧れるのは野生本能なんだろう。

 今回の業太には完全にマウントを取られた。


 大体一㎞くらいの距離なので桜尋神社にはすぐに着く。

 

「走り足りねぇ」

 

 XSR900は不満を漏らす。

 僕も業太も同感だが、桜尋様に結界の修復作業が完了した事を報告する。

 

「ご苦労さん、段は今日はこれで帰っていい、業太も自由に過ごしていいよ」

 

「はい、では遠乗りをして休もうかと思います」

 

「ああ、馬術か。暗いから気をつけろ」

 

「では、僕は帰ります」

 

 ここで解散。

 神社の入り口。

 鳥居の前で業太はXSR900に跨っている。

 

「段、ラーメン食いに行かないか?」

 

「行くに決まってるだろ」

 

「行くぞ!俺はハイオク入れてくれよ」

 

 二人と一台が笑って走りだす。

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