第23話 ダビッドは守りたい 2
昼休みの図書室から抜けたさくやは本当に早退した。とても健康的な足取り、少しは不調を装えばいいのに。
沢部世話役に言って、すぐに早退の許可が降りたそうだ。
二人ですぐに小学校に向かって、妹を待ち伏せする。集団下校の列の中、妹は一人で誰とも会話すること無く自宅に着く。
妹が一人になったところで、さくやから結界を張るよう指示があって、さくやは妹と接触する。
話し込んでる。
何を話しているのか聴覚を研ぎ澄ませても聞こえない。
雨の音が邪魔で会話が聞こえない。
しばらくすると話が終わる。
さくやは僕に言った。
「明日、マリーちゃんがイジメられたら今日みたいに机を倒して。そしてマリーちゃんが何か歌を唄ったら黒板に書かれてる文字を消して、そこで任務終了。いいわね?」
すごく不可解な指示に説明を求めたけど、さくやは「いいから言われた通りやりなさい」の一点張りだった。
次の日の朝。暗い顔のマリーが登校してくる。僕は校門で彼女を待っていた。
心配しても仕方が無いのはわかっている。
だけど、家に泊まるのは、自分の死んだ場所という事もあり、精神的な問題で避けてしまう。
僕は自分の死を乗り越えていない。
マリーの教室についていく。教室に入ると黒板に大きく不気味な文字が書き殴られていた。
「マリーヲ イジメル ノロウ ハナコ」
「センセイ イウ コロス ハナコ」
なんだ?これは?さくやが書いたのか?
趣味が悪すぎる。
クラスに集まる子供達はその不気味な悪戯書きが気色が悪くて近づけない。
「誰が書いたの?」
「頭おかしい、キモい」
「ハナコって『トイレの花子さん』本物?」
教室中の空気が凍りつく。
この不可解な落書きを無視出来る子は一人も居なかった。
マリーが教室に入ると、強張った表情の子達が詰め寄る。
「マリー、お前が書いたのか?ふざけるな!」
「違う、私じゃない」
イジメが始まった。
指示通り、机を蹴飛ばす。
クラスに声を上げる子は誰もいなくなった。
マリーに詰め寄る子は居ない。
黒板には書かれてある。
「マリーヲ イジメル ノロウ ハナコ」と。
マリーは声を震わせて叫ぶ。
「ハナコさん、やめて!ハナコさんが皆んなの事イジメてるよ?」
僕は混乱した。
マリーが自分をイジメている子を庇っている?
それは不可解だった、納得が出来ない。
皆の凍り付いた顔。
それはマリーが昨日イジメられていた時に無理矢理つけられた仮面じゃないか。
「皆『カゴメカゴメ』はハナコさんが嫌いな歌だから一緒に唄って」
『カゴメカゴメ』をマリーが唄いだした。
混乱した頭の中の片隅にあったさくやの指示。
「何か歌を唄ったら黒板に書かれてる文字を消して」
僕はさくやの指示通り、黒板の文字を消した。
クラス中の子供達が『カゴメカゴメ』を唄い出す。悪霊を追い出す恐怖の混じった団結の声。
教室を出た僕に『カゴメカゴメ』の唄は背中を押して出て行かせる様に圧力をかけてくるのを感じた。
ハナコの仮面を被った
その後、僕はマリーが心配で何も手を付けられず、混乱だけが頭を巡る。
あれからマリーはどうなったんだろうか?
小学校の下校時間まで僕はマリーを待ち伏せた。
下校の時間まで待つのは長かった。
不安と焦燥、悪い結果ばかりが頭を駆け巡る。
集団下校で誘導する教師の声、子供達の笑い声の中。
マリーは周りの子達と話してる。
笑って下校している。
何があったのか解らない。
だけどマリーはイジメられている子の顔では無かった。明るい打ち解けた雰囲気。
マリーが周りの子達と積極的に話してる。
「今度からハナコさんが出たらマリーちゃん唄ってね」
「うん、でもやっぱり、皆んなで唄うのがいいんだと思うよ」
「ハナコさんはもう出て来ないよ」
妹が帰っていく姿を見て、そのまま足が進まない。
何だろう、すごく安心したからかな。
僕は…胸が熱い、涙が出てきた。
夜になって、さくやの家にお邪魔すると、
さくやはコーヒー牛乳を出してくれた。
マリーの件は解決出来そうだと報告する。
「上手くいったみたいね」
「黒板の字、あれ誰が書いたの?」
「皆でで書いて一番不気味に書けたのはビー玉だったから満場一致で採用したわ」
「私が書いたよ、匠だったでしょ?」
ビー玉がニョロリと現れる。
そういえば一緒に住んでるんだった。
「どうやったの?妹に何て言ったの?」
「失敗したら、バカみたいだから言わなかったけど」
「もういいんじゃない?さくやちゃん」
ここでネタばらし。
昨日の雨の放課後の、さくやとマリーの回想録。
「マリーちゃん、ちょっと良いかしら」
「知らない人とは話ちゃダメってママに言われてるから」
「そう、私は神様の使いなの。だからマリーちゃんがイジメられてる事も、今日学校でお化けが出た事も知ってるわ」
「何で知ってるの?」
「神様の使いは何でも知ってるの」
「今日、机が倒れたのはお化けだったの?」
「そう、悪いお化け皆んながマリーちゃんをイジメるのを見て
「ずっとお化けは出るの?」
「そうね、イジメがなくなるまで、ずっと出る」
「怖いよ…どうすればいい?」
「大丈夫、お化けの正体は『ハナコさん』このお化けは、イジメをする子供が大好物だから皆んな食べてしまうわ」
「皆んな食べられるの?」
「そう、だから安心していいわ。あなたをいイジメる皆んなを食べてくれるから」
「それはダメだよ、イジメはダメだけど、ハナコさんが皆を食べたら皆のお父さんもお母さんも悲しいよ」
「だけど、イジメは無くなるわ」
「それはおかしいよ」
「だったら、後はマリーちゃんに任せる」
「どうすればいいの?」
「お化けのハナコさんが出たら歌を歌うの」
「何の歌?」
「マリーちゃん『カゴメカゴメ』は歌えるかしら?」
「うん」
「そう、『カゴメカゴメ』は子供を守る最強の歌。皆んなで唄えばハナコさんは近寄れないわ」
………作戦としては荒いけど、結果上手くいっている。
『カゴメカゴメ』を皆んなで唄っている限り、ハナコさんは現れない。
小学校の共通認識になってしまえば、それは効果的になる。
それは今日、黒板の文字を僕が消した時に効果を現したことになる。
イジメをすればハナコさんが現れる。
イジメをしても『カゴメカゴメ』を唱えばハナコさんを撃退出来る。
しかし、イジメているという悪事に付き纏う後ろ暗さの中で、歌の加護を得られるのかという懸念があれば、歌は堂々とした物にはならなくなる。
サンタクロースは悪い子のところには来ない。
だからクリスマス間近は期間限定でも『良い子でいよう』とする思い出は多くの人が持っていたのではないだろうか。
人は心の奥底では自分の悪事を中々、棚上げ出来ないものなのだ。
多分、今回の件でマリーへのイジメが再燃する可能性は低くなるだろう。
…いや、そう願いたい。
「今日はもう家に帰ったら?妹さんの事。気になってるんでしょ?」
「うん、そうするよ…その…」
「何?」
「ありがとう」
さくやは微笑んで、僕の肩に手を置いた。
「あなたはマリーちゃんの、お兄さんなの」
綺麗な顔、魔女では無い優しい微笑み。嬉しくて胸がいっぱいになる。呼吸がもれる。さくやは抱きしめてくれた。
ビー玉はホッコリ顔で頬杖をついていた。
「じゃあね」さくやとビー玉が送り出してくれる。
家に帰るのは久しぶりだ。
僕が引きこもっていた部屋はどうなっているだろうか。
妹は今日の怪奇現象をお母さんに話たんだろうか。
僕は妹を守りたかった。
だけど守れなかった、あの時、自分をイジメている同級生を守ろうと歌を唄ったのは妹だった。
守りたいだなんて
「強い人間とは何か」…答えは解らないけど、
とりあえず守れる人間にはならないといけない。
あの時、唄った妹は強いといえるだろう。
妹はクラスの皆を守ったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます