第22話 ダビッドは守りたい 1
どうでもいい話だけど聞いて欲しい。
僕は強い人間に憧れる。
英助みたいにひたむきに夢を取り戻そうと頑張る強さ。
ビー玉みたいに死んでいない自分を哀れみ、両親を哀れみながら三十年も待ち続ける強さ。
チイコみたいに自分の信念と生き方を貫く強さ。
どれも僕には無いものだ。
僕は弱い者には強いけど、強い者には弱くて、立ち向かったりするなんて事は夢物語に見える。
現にイジメを受けて、引き篭もって叔父にベランダから突き落とされて死んで。
幽霊になって僕に危害を与えられない様になって復讐した。
その復讐は呆気(あっけ)なく終わって、もう僕がしたい事なんて無くなってしまった。
魂消祭の選手に選ばれても予選で安全に負けて終わってしまえば、もういいかって思っていた。
最近は練習がキツイし走り込みも退屈で地味で面白いと思った事なんてなく。
ただ周りに合わせて努力している自分を演じているだけだ。
強さへの憧れは漠然としすぎてて、どこまで強くなれば満足するのかもわからないし、『勝った所でそれが何になる?』という渇いた感想しか湧いてこない。
冷めてて無気力、生きている内も戦って、死んでからも戦ってという、勝つという価値観の絶対性にうんざりしている。
弱肉強食の虚しさ。
強さとは何なのか。
勝つというのは何なのか。
負けるというのは何なのか。
幸い、死んで時間はあるので、古典から兵法書、軍略物、ビジネス書まで勝つ為の本は沢山読んできた。
だけど『負ける為の書物』という物は中々見つからない。
主人公が破滅に向かっていく物語を噛み砕くと負けの原因、要素という物は見つかるけど、これじゃない。
積極的に負けを求める書物。
負けのメリット。
負けが皆に認められる書物。
負けを積極的に求めていく書物。
そういうのは見た事がない。
結局、勝つとか負けるとかの意味は解らない。
勝ったら強い。
負けたら弱い。
この二元論は長期的な視点では解釈が曖昧になるからだ。
織田信長は強くて巨大な大名を破ったが、最後は配下の明智光秀に殺された。
結論は織田信長は弱い事になる。
勝ち負けなんかに興味は無い。
勝ち負けを超えた強さに興味がある。
そう僕は最初に言った様に。
僕は強い人間に憧れる。
僕の通っていた小学校の隣。
二階建ての図書館の朝は司書さんが通勤してきて始まる。
電気が着いたら、僕も起きる。
ここ六年はあまり実家には戻らず図書館で寝起きしている。
元々、本が好きで本のインクの匂いも好きだ。新刊も読めるし、イベントがない限り静かで居心地がいい。
司書さん達の朝礼が始まったら僕は図書館を出る。
近々、魂消祭の予選があるからスタミナを上げる為にずっとランニングをしている。
死んだ今、必要かどうかはわからない、だけど準備運動をしていると小学生の集団登校に遇(あ)う。
図書館前で留まる事が今まであまり無かったから出会わなかった。一人だけ金髪の小学生がいる。
暗い顔。周りの楽しそうな子供達の中でそれは浮き彫りになっている。
体調が悪いのか、歩き方は弱々しい。塞ぎ込んだ表情に青い顔。
特に肌は白かったが今は病的にしか見えない。
妹のあんな姿を見てしまうと、気になってランニングどころでは無くなった。
教室まで尾行すると、違和感は確信に変わる。
黒板にはー
「今日の仲間外れ当番はマリーです」
ーと書かれてあった。
マリーがその書かれた文字を見て震えている。
震えたマリーを見て、意地悪そうな男子がすぐに黒板消しでそれを消して証拠を隠滅した。
「おい、マリー挨拶は?」
友達にかける声色じゃない。脅しと侮蔑を帯びた声。数人のクラスメイト達がマリーを囲む。
「おはよう」
マリーは涙を目に溜めて震えている。
「おはようございますだろ?お前、俺らの事舐めてんのか?」
大声を上げられたマリーは泣き出した。
誰も助けない。次の標的にされるのは目立つ人間。勇気を出した人間なのだから。
机が倒れた音が響く。
僕が蹴り倒したからだ。
「何?この机…勝手に倒れたよ」
「ふざけんな、そんな事ありえないから」
もう一回蹴り倒す。
それはクラス全員が見てた。
クラス中が騒めき、悲鳴を上げる女子もいる。
妹も怯えて泣き止む様子は無い。
チャイムが鳴り、教師が入って来たが、クラスの騒ぎは収まらない。
とりあえず、教室から出る。
やりすぎたかも知れない。
段に怒られそうな案件だ。
慌てて走る。そのままランニングを続ける。
だけど、どうしよう。
答えが出そうに無い時は仲間に相談するのが一番だ。
桜尋神社に向かう途中で会ってしまった。
水織さくやに。
「あら、おはようダヴィ顔色悪いわね」
「いや、なんでもないよ」
「ふーん、隠し事は苦手なのね。変な作戦を考えるのは得意なのに」
「隠してないって」
「まあ、いいわ。昼休みに学校にいらっしゃい、断ったらわかってるわね」
圧が凄い、段が彼女に苦手意識を持つのがわかる!
「わかった」
そう、言ってしまった。
「そう、待ってるわ」
すぐに桜尋神社で皆んなに相談。
丁度、鍛錬の時間で集まっていた。
「イジメか…それは冷たい様だけど、親とか先生とかに相談した方がいい気がする。それでもダメなら、また別の方法を考えた方がいいだろ」
英助の
「イジメか、ブッコロだろ?イジメてくる奴をクラスの誰でもいいから半殺しにしたら、もう手は出されねぇよ。自分に手を出したらタダでは済まねぇってアピールしねぇと続くぞ、イジメなんか」
チイコの
「さくやちゃんなら大丈夫だと思うから、相談してみたら、ダメでも皆んなで記憶介入すれば良いし」
ビー玉の危険な意見。
色々、出揃う。
僕としては生きて兄として助ける事はもう出来ない。
だったら、死んで得たこの能力を使って妹を助けたい。
妹は普通に暮らしていると思ってた。
イジメを受けているとは思わなかった。
でも、そうなんだ。
金髪に蒼い瞳。
片親で、
子供が好奇の目を向けてくる要素は沢山ある。
それに続く罵りの言葉も、嘲りの言葉も、無神経な言葉も。
不当だと言い返せばそれをネタにしてイジメを膨らませていく。
誰も味方になってくれず、僕の味方になる事を危険にしていく。
それは、僕が経験した事だ。
僕だけじゃなく妹もイジメられるのか!
理不尽に対する怨念に身が焼かれた時。
僕はまた怨霊になるだろう。
「さくやに任せろ。多分あいつはお前の事を気にかけてる」
そろそろ昼に差し掛かる。
桜尋様はさくやの元に向かう前に僕に、そう声をかけた。
僕は七夜河高校に向かう。
急に降り出した雨は強さを増し、坂道には小さな川が流れ出した。
四時限目の終わるチャイムが鳴るまで廊下で待った。
教室から生徒達が出てくる、購買に行ったり、部室で昼食を摂る生徒もいる様だ。
水織さくやは僕を見つけると、アイコンタクトで付いてくる様頷く。僕も続いて頷いた。
図書館の秘密の部屋で二人きり。
僕に焼きそばパンと紙パックのコーヒー牛乳を差し出して、自分は弁当を広げた。
「いただきましょう、話は食べ終わってから」
久しぶりの焼きそばパンに胸が躍る。
コーヒー牛乳も僕の大好物だ。
「それだけで足りるかしら?箸つけたけど欲しいお
「いい、これで充分」
「そう」
素っ気ないが、コンビニの袋から出された焼きそばパンとコーヒー牛乳は多分、僕の為に追加で準備してくれた物だ。
高校の坂道の手前にあるコンビニで僕と別れた後に買ってくれたんだろう。
「それで、何があったの?」
「水織さんに言うほどの事じゃないよ」
「うん、そうね。私の事は『さくや』って呼んで、何だか壁を感じるから」
「うん。わかった」
「それで、何があったの?」
ビー玉は「さくやに相談してみれば」って言っていた。
僕はビー玉の事は信用している、観念して話すことにした。
「そう、私はイジメを受けた事は無いから正直わからないというのが感想かしらね」
「だから、僕もどうしようか作戦を考えてる」
「どんな作戦?」
「まずは妹をイジメる奴らが妹に手を出したら霊障を起こす。今日、机を倒したみたいな感じで、イジメが終わるまでずっと」
「ダヴィ、なんか感情的になって作戦が鈍ってない?普段はもう少しネチネチ相手を死角から追い込む感じが無いわね」
「この方法がダメなら、一人一人家でじっくり祟って行こうと思ってる」
「そんな事したら妹さんがなんて呼ばれると思う?」
「なんて呼ばれるの?」
「魔女よ」
ゾクリと背中が硬直する。実際に魔女と呼ばれ続けたさくやが言うと迫力がある。
そして、魔女の力を持たない妹は無実の罪で魔女と呼ばれ続ける。
それが、将来にまで渡って
きっと幸せな少女時代は過ごせない。
「そういうこと」
「そうだね、どうすれば良いのか僕には解らないよ」
「私に考えがあるわ、私は早退するからマリーちゃんに会わせて」
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