第20話 早見小百合は殺して死ぬような女じゃない 1

 金原剛の記憶介入してから三日経った。

 金原は特に雷静知客から勧められた様に参禅もしていないらしい。

 桜尋様や段も経過を観る形になっていて、学校では段は金原の正体を理解していながらサポートは続けている。

「なーんか、流れが悪くなってきたな」

 雨の運動公園で自販機アイスを食べながら、ちょっとだけ休憩する。

 雨は私の身体を濡らす事はないけれど、気分の問題。傘を指してみる。

 ダヴィは真面目にトラックを周回している。

 私は十周したところで飽きた。

 一人でアイスを食べてても面白くないのでダヴィッドを呼ぶ。

「おーい、休憩しろやー!ダヴィ」

 私はダヴィッドをダヴィって呼ぶ。面倒臭えからだ。

 私が呼んでいる姿を見てダヴィがこちらに向かってくる。

「アイス食おうぜ」

「ああ、チイコありがとう」息も絶え絶えに膝をついて息を整えている。

「地面、汚れてるよ」

「ちょっと、休ませて」

「アイス溶けるぞ、早く食え」

「わかったよ」ダヴィは急かされて少しムクれている。

「よぅダンゴムシ、虫同士仲良くしようや」

「チィコ…僕のことダンゴムシって呼ぶなって何回言ったらわかるの?」

「ダンゴムシって可愛いじゃん、私は百匹くらい飼ってたよ。

「でもさ、餌を何やって良いかわかんなくて、結局全部逃してやったけどな。」

 ダヴィは頭が良いからダンゴムシは何を食べるのか知ってそうだ。

 でも、それを聞くとまたムクれそうなので聞くのはやめた。

「チイコはもう走らないの?」

「飽きた。私は面子が懸かって無いと熱くなれねーし、実戦で伸びるタイプだから、この後、業太との練習の方で本気出すよ」

「頑張らないと、生まれ変わってもスズメバチのままだよ」

「もーいいよスズメバチで」

 実際、真面目に練習するなら生前からヤンキーなんてやってないし。

 私が死んだのは七年前くらいになる。

 実家はラーメン屋で爺ちゃんが死んでからは親父がやってて、地元では評判がいい。

 私はガサツだって店には出して貰えなかった。

 県内では遠かったけど名前が書ければ受かる様な高校に通ってた。

 学校には毎日遊びに行った。勉強はムリ教科書はすぐ捨てた。

 安い香水臭い教室でマンガばっかり読んでいた。

 親は普通なのに、私は身体が大きくて力も強かった。不良の中で舐められる事はなかった。

 ふとした時に、クラスのリーダーをボコってからは、トントン拍子に成り上がって、学校の頭になっていた。

 高二の時に町で同じクラスのシャバ僧が他校のバカにカツアゲされていたのをボコって抗争勃発。

 群るのは面倒だけど、皆んながついて来たので、そこの頭をタイマンで潰したら。

 次々に周りの高校が吹っかけて来た。

 いつも身体は生傷だらけ、打たれ強さはゾンビ並み、傷もすぐに治る。

 不死身の女。

「早見小百合は殺して死ぬような女じゃない」

 そう周りは噂し始めた。

 暴れまわって、手加減し損ねたこともある。

 やり過ぎて入院させた事も。

 手がどんどん大きくなっている。

 木刀は何本折ってきたか忘れた。

 何度も補導されかけたけど、県下の高校はすぐに制覇して私らは「鬼百合連合」って呼ばれる様になった。

 そこまでは楽しかった。

 そのうち半グレに付き纏われたり、名を上げようとするバカに狙われる様になって、一人で町を歩くのは危なくなった。

 ツレが拉致られる事もあってダルくなってきた。

 ある日、ツレの家に泊まって寝たら。

 そのまま死んでた。

 突発性虚血心不全とかいう死因で、いきなり心臓がオダブツになったらしい。

 死んだ時はビックリしたけど、今となっては面倒事が無くなってサッパリした。

 親孝行も婆ちゃんにも何にも出来なかったけど…。

 どころか迷惑ばっかりかけてた事を、死んだ後に後悔した。

 喧嘩ばっかで彼氏も出来なかったし、なんなんだっただろう?

 警察で少年課のおっさんに警官にならないかって言われた時、ちょっと話くらい聞いとけば良かったかもしれない。

 今となっては悪さばっかりしていたツケを払う幽霊暮らし。

 来世はカマキリだった。今はスズメバチで少しは進歩してる。

 だけど、悪い事ばかりじゃない。

 意外と霊暮らしはやる事が多いし、周りにも恵まれている。

 不良の私に皆んなビビらない。

 強い相手は町中にいる。

 死んで霊との戦いのは幅が拡がって、修羅道まっしぐらかと思っていたが、生きてた頃より平穏だ。

 時々、流れの幽霊や妖怪と争う事もあるけど。

 この町の霊同士での揉め事が少ないのは桜尋様のおかげだと思う。

 私は桜尋様に惚れている。

 死んで初めて恋をした。

 恋愛とかバカにしてたけど、いいもんだこれは。

 表に出さない様に頑張っているが、周りにはバレている。

 私はそういうのが苦手だ。

 頭を撫でられるとマジでヤバい。

 はあああぁぁぁぁってなってしまう。

 桜尋様はガキ扱いするくらいにしか考えていないだろうけど、もっと触れられたい。

 魂消祭で私が全国制覇したら、桜尋様は私の事をもっと可愛がってくれるかな。

 出来れば、おおおおお嫁さんにして欲しい。

 ビー玉みたいな可愛い女だったら良いんかな。

 神の中でも滅茶、良いところの出みたいで、花嫁修業も教養も、ゲームの事も勉強しないといけない。

 面倒だけど、ビー玉とか鬼雀地頭がお茶、お花とか知ってるんで、時々見て貰ってる。

 女の色気も勉強だ。

 まずは「メスゴリラ」って英助(バカ)に言われ無い様にする。

 綺麗な着物とかワンピとか女っぽい格好は苦手でジャージとかスカジャンとか着てるけど、そこはボチボチやっていく。

 とりま、婆ちゃんが仏壇にお膳を毎日出してくれてるから昼メシに家に帰る。

「ダヴィ、メシ食い行くぞ、家来るか?」

「行く」

 よし、決まった。家に帰る事にした。

 家に帰ると「ただいま!」って婆ちゃんに挨拶。

 婆ちゃんには聞こえてないけど、とりま挨拶。

 ダヴィも「お邪魔します」って言ってる。

 婆ちゃんは居間で電話している。

 なんだか雰囲気がおかしい。

「それで、どうすれば良いの?」

「すぐ準備するから、先方さんにはくれぐれも失礼が無いようにね」

 メモ書きには「三百万」って書いている。

「これってさ」

「ああ、オレオレ詐欺だろ」

「来た人に渡せば良いのね、わかった。来る前に準備しとくから」

 婆ちゃんは動揺からか、フラつきながら外に出る為に着替えてる、銀行に行こうとしている。

「婆ちゃんごめん」

 ダヴィに頼んで婆ちゃんを昏睡で眠らせる。

 私はさっきの電話の記憶を取る。

 この前、英助に記憶介入を教えて貰った。

 布団に婆ちゃんを寝かすと怒りが湧き上がってきた。

「舐めた真似しやがって、コロス!」

「その前にメシだ!」

「うん、でもちょっと冷静になって」

「とりま警察か?いや、未遂でもお仕置きだろ?」

「チイコ、ちょっと泳がせない?」

「なんか考えがあんのか?」

「うん、皆んなでヤろうよ」

 ダヴィ、お前のそのゲス顔好きだぜ。

「よし、お前に任す」

 ダヴィは皆に「参謀」って呼ばれている。

 参謀って意味はわからないが、作戦を立てるのが上手いって意味だと思ってる。

 細かい事はどうでもいい。

 

 家の前に車が止まる。

 目深に帽子を被った三十代の男。

 インターホンを鳴らしている。

 インターホンはダヴィが動かなくしている。

 こいつが婆ちゃんを騙そうとしている。

 私はダヴィを信じている。

 だから、動かない。

 しばらくインターホンを鳴らしていたが、婆ちゃんは奥で寝てる。

 しばらくして男は帰る、諦めた様だ。

 尾行だ。

 私らも車に乗る。

 男はどこかに電話している。

「ババァ、フケたんでホテル戻ります」

「ポリに駆け込まれたかもしれん」

「わかりました、回ってきます」

 そこらを回って尾行対策をしているらしい。

 七夜河から出て、市内に入る。

 繁華街の離れにある。ビジネスホテルに着いた。

 車のナンバー、部屋番号も抑えた。

 狭い室内には三人の男達。

 年代はバラバラで、格好は普通だが、外道の匂いが充満している。

「スカシくらいましたわ」

「今日は連チャンだ、一本くらいはいいよ」

 厚い札束の入った封筒が三枚置かれてある。

 怒り心頭の私は、ダヴィの顔を見る。

「チイコってさ、不良なのに意外と正義感が強いよね」

「爺さん婆さん騙すのは私のやり方じゃない、一緒にすんなよ」

「純粋だよね」

「お前はガキの癖にズル賢(がしこ)なんだよ」

「複雑な家だったからね」

 

 それを言われると何も言えなくなるだろうが。

 

 丹羽・ダヴィッド・京吾、享年 十歳。

 母子家庭で妹が一人。

 父親はフランス人、母親は日本人。母親は県内美術館で学芸員をしている。

 父親は列車事故で死亡。売れない画家で酒癖が悪く、借金もあったらしい。

 二人の子供を育て、借金もあって生活は苦しかったそうだ。

 母は夜もパートに出て妹と二人で家にいる事が多く、甘えたい盛りの子供時代。

 寂しい思いを妹と抱えていたそうだ。

 ダヴィは小学生の頃から運動が苦手で内向的な性格。

 蒼い瞳と金髪の頭は小学生には弄りの恰好のマト。

 人付き合いが出来ないダヴィはイジメられて不登校になった。

 ある時、親戚中から煙たがられている。頭のネジが何本も抜けている叔父が突然、朝っぱらから酔って押しかけ、寝ているダヴィを叩き起こし「学校に行け」と暴力を振るい、嫌がるダヴィはベランダから突き落されて死亡。

 午前中の自宅には誰もおらず、目撃者もいない。

 ベランダから落ちた遺体が見つかったのは正午過ぎだった。

 叔父は逃げたが、警察の捜査により数日後にはお縄になって拘置所に入った。

 ダヴィは自分の葬式中に叔父を拘置所内で祟り殺す。

 そして、自分をイジメた相手も精神的に追い込んで全員、病院送りにした。

 病院送りで済んだのは途中で桜尋様が助けたからだ。

 何とか宥(なだ)めて、復讐は終わったが、死後に叔父を祟り殺した罪は残る。

 最初は地獄行きが決定していたそうだが、桜尋様が保護した。

 叔父は無事地獄に堕とされたらしい。

 普通の恵まれた家でぬくぬくと不良やってた私はともかく。

 ダヴィには幸せになって欲しいと思っちまう。

 可哀想な子供は見たくない。

 可哀想な年寄りを見たくない。

 弱い奴が理不尽に泣くのを見たくない。

 力のある奴が守ってやらないと。

 わかって貰えなくても構わない。

 力を持つ奴の上から目線だろうか?

 いや義理人情の問題だ。

 

「よし拠点やさ割れたし、帰るぞ」

「うん、安全運転で」

「いつも安全第一、走死走愛で夜露死苦だ」

 私の愛車CBX400F蹴美露須ケルベロスで七夜河まで特攻。

 幽霊に信号は関係無い。

 

 七夜河に着いたのは三時過ぎ。

 桜尋様に練習フケたから、ちょっと怒られたがけど、事情を話すと即納得してくれた。

「よし、やってこい」

 桜尋様は笑顔のサムズダウン。

 すぐに詐欺グループに天誅を下される。

 神さま公認の天誅だ。

 殺しても良いんだが、今回は死なない程度でやって後は警察(ポリ)にやって貰う。

 世話役の若林巡査部長に手柄は残しておかないといけない。

 

 英助、ビー玉、ダヴィも一緒。

 ダヴィが際どい作戦を立てた。

 お前ガキなのに、よくこんなの思いつくな。中身はオッサンじゃねぇのか?

「さて、夜が楽しみだね」

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