第19話 ビー玉は死んでない 2

 さくやが私の顔を見つめる。

 綺麗な瞳、黒い髪は触れたくなるのを抑えられ無くなる魔力がある。生きている女の子の肌。

 羨ましくて愛おしい、娘を持った気分。

 その娘の様な親友。不思議な安心感。

 たまに起こる生者への愛おしさ。

 なぜ急にこんな気持ちになるのか解らなくて、さくやの手に触れる。

 

「今日も家に泊まるんでしょう」

「うん、今日もお世話になる」

「そう、待ってるわ」

 さくやと仲良くなってから私が小学校に住んでいる事を話すと、同居する事を勧めてくれた。

 自宅にいるのは苦しいのだ。

 私が介護されている姿を見るのは苦しい。

 両親が介護している姿を見るのは苦しい。

 死んだ後、両親が私の介護をしてくれる。

 毎日

「たまき、早く目を覚まして」

 毎日。

 毎日。

 毎日…。

 それを聞かされていると、目を覚さない抜け殻のたまきと霊の私の同一性に不快感を覚える様になってくる。

 私は「たまき」だけど、「たまき」は嫌だ。

 私はここにいる。

 歩く事も友達と話す事も人に頼られる事だってある。

 だけど、それを両親に伝える事は出来ない。

 出来たところで残酷なものにしかならない。

 ベッドに寝かされているだけの私は私じゃない。

『不破たまき』は、もう死んだ。

 

 死んだ後の私はもう『たまき』じゃない。


「ビー玉は死んでない」

 さくやがそう言ってくれる。


 どういう表情をして良いのか解らないという複雑そうな顔だけど、そう言ってくれた。

 私はここで生きていたい。

 さくやは同情してくれる。全てを知ってくれている訳じゃ無くても、それが嬉しい。

 だから、彼女に甘えてる。

 沢部世話役の車に乗って皆で七夜河に帰る。

 もうすぐ、私が死んだ道路を通る。

 ここを通る時は三十年経った今でも手が震える。

 さくやは皆には内緒で耳うちしてくれる。


「帰ったらアイスがあるよ」

「うん、アイスまんじゅうが良いな」

「買ってあるわ」

 震えている私の手を温かい手で握ってくれる。

「お父さん、お母さん私は幸せに生きています」

 さくやだけ先に自宅へ送った後、沢部世話役と私達四人は段へ記憶の宝珠を渡しにいく。

 

 金原剛は素行不良により実家から出されて保護司である伯父の家に預けられている事。

 家庭裁判所でも取り沙汰されていない犯罪歴。

 さくやが同行した事は段には伏せた。

 報告を済ませると段は苦い顔をしている。 

「わかった、お疲れ様。今後の方針は桜尋様に相談する」

 この犯罪歴の者が異能の力を持つとトラブルしか起こらないだろう。

 火生の記憶は段に預けて仕事完了。

 さくやの家に向かった。

 もうすぐ深夜0時に差し掛かる。

「おかえりなさい」

 アイスまんじゅうを一緒に食べると疲れがどっと出てきた。

 今日あった事を報告する

 魂消祭で選手に選ばれた事。

 英助を宴会で揉みくちゃにした事。

 稽古で英助がボロボロにされた事。

 金原の家での反省会。

 女子トークというより、娘が母親に学校での出来事を話すそれに似ている。

 三十年、霊をやってて、人生の先輩はどちらかというと私の方なのだけど…。

 最近、彼女が取り入れた習慣のおかげか、さくやは少しだけ笑う様になっている。


 私も笑う様になっている。

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