第18話 ビー玉は死んでない 1
今まで特に人間関係で困ったことは無いかもしれない。
気が合いそうな人とは仲良くして、気が合わない人とは、着かず離れずでそれなりに付き合う。
楽な人間関係というのは、人を嫌わない技術なのだと思う。
気が合いそうだなって人とはすぐに仲良くなれる。
多分、気が合いそうという気持ちが雰囲気として出ているからかもしれない。
気が合わないなという気持ちで気が合わない人と出会ってはいけない。
その気持ちは皮膚からしっかり出されている様な気がする。
八歳の人生と三十年の死後の生活で言える事はその程度だ。
水織さくや、禁忌の家の魔女。
彼女とはすぐに仲良くなった。
屈折していて、手段を選ばない行動力。
タフな糸使い。罠を張れば安全な戦いが出来る蜘蛛の様なスタイルで充分なのに、獲物を待たずに前線に出る。
好戦的な淑女。
糸は逃げ場を奪い、罠で仕留めるのでなく。
逃げ場を奪われた獲物を自分の方に追い込む、そして接近戦で死角から攻める。
いつも冷静、いつも余裕。勝てそうに無かったら戦い方を変えて勝つ。
勝てるまでは、動かず巣を張って待つ事も出来る。
今の獲物は段なのだけど、それがすごく可笑しかった。
さくやの恋は長期戦になるだろう。
今は巣を張って自分の糸が通用しない相手を、どうやって仕留める(振り向かせる)のか虎視眈々と狙っている。
ついこの間、廃病院の霊達を襲撃した後にその襲った霊と仲良くなったという話を聞かされて笑った。
すぐに彼女とコンタクトをとって、仲良くなった。
私は彼女を「さくや」と呼んで、彼女は私を「ビー玉」と呼ぶ。
フフフ…思わずニヤけてしまう…それと余談だけど、『魔女の仮面』を外したさくやは可愛い。可愛すぎる!
さくやの正体を知った段はきっと彼女に振り向く。
その経過を観察するのが私の新しい趣味になってる。フフフ、皆に教えたい!
宴会の後、稽古の夜の帰り道。
段の白烏。緊急要請で金原剛の記憶介入が今回の仕事。
バスの屋根に四人で乗り込み、ふと思いついた。
さくやに連絡したら面白いことになりそうだと思った。
鱈聞町について金原剛の自宅に着くと、さくやは沢部世話役の車に乗って待っていた。
バイパスを通ってきたそうだ。
メールをして四十分でこの有様。
「さくやは本当、行動力凄いね」
まず最初に出て来た言葉がこれ。
彼女はやっぱり愉快な娘。
「だって、面白そうじゃない」
憮然とした態度で話す。
沢部世話役は、無茶し過ぎないようにと釘を指して、一旦自宅に戻った。
「ダヴィッド君で良いのかしら、作戦を聴かせて頂戴」
「ダヴィでいいよ、お姉さん」
さっき、バスで立てた作戦を説明する。
まずは、金原邸周辺に結界を巡らせて音を遮断させる。
その後、伯父夫婦には朝まで眠っていて貰う。
金原剛に昏睡は仕掛けない。
電話でのトリックで玄関からは遠ざけさせつつ、部屋に追い込み恐慌状態にしてまともな判断が出来ない様に追い込む。
それからは肉弾戦、英助の怪我が治りきっていないのでチイコが押さえ込む。
気絶まで追い込んで英助の記憶介入で火生の発動条件の記憶を奪う。
火生の記憶を段に渡して仕事は終わり。
さくやは緊急時までは動かないで、英助と一緒に玄関前で待機。
火生の能力を雷静知客が覚醒させているので、発動させる可能性がある。
なるべく、集中させない。恐怖と焦燥で頭を一杯にさせる。
精神の集中は異能の発動には不可欠なのだ。
段でも心を乱せば秘剣をコントロール出来ないし、弱体化する。
異能使い大体は不動心を養う為に、坐禅している。
今回の仕事に段が出て来なかった理由は自分の能力が邪魔になりえるからだ。
場合によっては金原剛を切り刻む場面も出てくるかもしれない。
まずは結界は私が構築する。
その間に電波障害をダヴィが仕掛ける。
チイコは自身の筋力強化。
英助はチイコの筋力強化を重ねる。
結界が充分になったら伯父夫婦の昏睡、これは玄関先でも仕掛けられる。
数分経つと一階の部屋の電気が消えた。
あそこが伯父夫婦の部屋なのか現場に向かい確認。
伯父夫婦は床に着いている。
二階の金原剛の部屋の電気は付いている。
準備は整った。
まるで狼の狩りの様に、互いに支え合い集団で襲う。この四人の息は合っている。
携帯電話を使い金原剛に着信。
非通知設定で鳴らす。
「はい、金原です」
「私メリーさん。今、鱈聞駅にいるの」
通話終了。
ベタだが有名な都市伝説を利用する。
二階の部屋から動揺の物音がする。
鱈聞駅からこの家までは徒歩五分の距離。
「私メリーさん。今、郵便局にいるの」
慌てた様子で二階窓が開く、郵便局はこの家の二階からだと見える。
金原剛は火生の発動はしていない。
もっと怖がれ、混乱しろ。
「私メリーさん、あなたの家の前にいるの」
チャイムを鳴らす。
一階、伯父夫婦の部屋の電気が付く。
伯父夫婦を起こして助けを求めたのだろうが無駄だ。
彼らは朝まで起きない。
一階から携帯電話の電波を確認。
残念、誰に電話をしても、繋がらない。
チャイムを鳴らす。
チャイムを鳴らす。
チャイムを鳴らす。
家中の電気を消す。闇の中で炎の灯は無い。
火生は発動していない。
ここで突入、先陣はチイコ。
ワイルドだけど、美形のヤンキーの姿の彼女の面影は無い。
目玉が刳り抜かれた様な相貌。
綺麗な金髪は廃墟に雨水が流れ込んで出来た水垢の様な白髪に変わる。
トレードマークの刺繍の派手なスカジャンは汚らしい血濡れたワンピースに変わった。
姿勢も基本通りの猫背姿に手を垂れる。どこから見ても立派な怨霊だ。
英助は呑気に拍手していて、チイコもまんざらじゃない。
怨霊姿にあるまじきサムズアップ!
「行ってくるぜ!」
「英助は指示があるまでチャイムは鳴らし続けて」
「了解」英助はインターホンの前に配備。
私はチイコの後に付く。
私は赤い振袖のおかっぱ頭。玄関前の二階に続く階段前でチェック。
二階には人の気配が無い。
金原剛は台所にいる様だ。
二階に誘導する為には、この廊下を通る必要がある。
台所を覗き込むとガスで灯をとり、必死に火生を発動させる為にマッチを左腕に擦り付け続ける鬼気迫る金原剛の姿がある。
その表情を見るや病的でホラー映画の様だ。
「どうする?」チイコが聞いてきた。
「こちらに誘導する為に、回り込んで私が窓から覗き込んでみる。二階に誘導させる為にチイコは多腕の準備をお願い」
「わかった、壁の中で待機する」
細長い触手の様な腕が大樹の枝の様に数えきれない不気味な白い腕が広がる。
「英助はチャイムを止めて」
「了解」
チャイムを止めると、金原の動きが硬直する。
辺りを見回し始めたので、水道の蛇口を全開にする。
突然の全開水道トリックに金原剛は驚き腰砕けになりながら台所を出て居間に向かった。
安全の為にガスを消す。
勿体無いので水道を止める。
居間のカーテン前で縮こまり震えていたので乱暴にカーテンを開き、外から窓いっぱいまで顔を巨大化させて覗き込む。
気付いた金原は泣き喚きながら走り出し廊下へ向かう。
一回派手に転ぶ。
気絶してくれれば楽なのだが、まだ、あと一手足りない。
玄関に走り脱出を図ろうとしているので、外で必死に英助とダヴィが開けまいと外開きのドアを押さえる。
金原に筋力低下を連続してかけるが、中々重ならない。火事場の馬鹿力だ。
こちらも焦りが出てきて筋力低下の精度が落ちている。
開けられそうになったのでチイコが無数の腕を伸ばして引っぺがそうとする。
身体中に絡まった腕に驚いた金原は叫びながら二階へ駆け上る。
とりあえず二階の自室に誘導成功。
ドアを不定間隔で強めに乱打して、自室の出口から遠ざける。
ここで着信。
「私メリーさん、今あなたの部屋の前にいるの」
断末魔の声を上げて金原剛は気絶した。
昏睡は使わない、意識の底に記憶が沈んでいくからだ。
さくやも家に上がり、皆が部屋に集まって、一息つく。
「危なかったな、玄関の時」
「ああ、でももう少しだ」
英助の記憶介入が始まる。
さくやは興味深そうに見ている。
「一丁上がり。って言いたいとこだけど、こいつ、段の友達(ダチ)にしては…なぁ」
「どうしたの?」
「言いたい事はわかるよ、こいつは外道の臭いがする」
「薬の運び屋、恐喝、オレオレ詐欺にもこの若さで手を出してやがる」
「今夜の記憶も取っとくか」
「これが、記憶?赤いビー玉みたいね」
一つは火生の記憶。
もう一つは、さっきまでの霊障の記憶。
二つの記憶の宝珠を手の上で転がしている。
「それを段に渡したら仕事は終わり」
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