第17話 近藤英助は死に切れない 2
梅雨の終わりの雷雨の夜が予選の日。
きっちりと期日が決められていない。
それまでに全員の特技の確認をする。
俺、英助は全体筋力強化、対象の筋力低下、記憶操作に空手をベースとした体術。
前線での戦いが得意だが、実戦経験は極端に少ない。
ビー玉は騒霊、感情混濁、昏睡、抵抗力低下、不運、加護断絶、結界、治癒、メンバーの中で一番、幽霊歴が長いので他にも引き出しが多い。
チイコは多腕、筋力強化、抵抗力上昇、低下、治癒、結界。
元、県内最恐のヤンキー女子で経験豊富な前線タイプ。
人の形をしていない化け物との場数も踏んでいる。
ダビッドは罠、罠回避、加護断絶、昏睡、感情混濁、狙撃、不運、治癒、機械操作、電撃が得意だが小学生の引き籠りだったので、体力が無く動きも遅い。
なので周りがしっかりサポートする必要がある。
サポートさえしっかり出来れば恩恵が大きい。
俺が一番この中では経験不足なので、特別メニューで扱(しご)かれる。
ビー玉は今ある能力の精度を上げるのと、メンバーに師事するコーチ役。
チイコは治癒の底上げ。
ダビッドは基礎体力を上げる。
方針は決まり、いざ行動。
場所は移されて稽古場は山林の坂を通った。
誰も来ない大きな公園で桜尋神社からは相当離れている。
水場と簡易な弓道場まである。すぐ隣には蜜柑畑が広がっている。
俺は公園内から出るのは禁止で今城さんの槍と業太の刀の交代での実戦さながらの稽古になった。
今城さんは桜尋様の家臣で、元猛将。名前は夏天(かてん)
『槍城』の異名を持つ、巨体の神で僕達の面倒をよく見てくれる。
曲がった事が嫌いなので、言動には気を使うが信用出来る方だ。
竹刀やタンポ槍を使うのが普通だろうが、その理屈は通用しない。
『斬られるの嫌なら避ければ良い』という超スパルタ教育と根性論。
人権は無い、二人は狩り気分だ。
今城さんも業太も手加減が無く、平気で刀、槍を振るってくる。
勿論切られれば痛いし、出血もする。失血死は無いが、失血性ショックは起こる。
ビー玉やチイコに治癒を頼めば斬られた腕は繋がるが時間がかかる。
首を斬れば出血量が多いので、腕や足は遠慮なく狙ってくる。
腕や足を斬り落とされると動きが制限されて、稽古の時間が大幅にロスするので、必死に動くが、盲点をしっかり突かれ斬り刻まれる。
この盲点を埋めていく稽古は二人が納得する出来に仕上がるまで暫く続くだろう。
全ては俺の必死さにかかっている。
町内をビー玉と一緒にランニングをしているダヴィッドと代わって欲しいという気持ちが生まれてくるが、そんな事を考えていると、動きが鈍り、今城さんの槍に腹を突かれる。
普通は穂先を捻り回して、内臓を抉って致死率を高めるが、それはやられない。
だが、その動作が省略された分だけ連撃で突かれる。
内臓を抉られると激痛で声も出せない。
動きが読まれて、避けた先に槍の殴打が待っている。
身体の半分が飛び散り限界に達し、動けなくなった時に六時の時報放送が響く。
チイコに頼んで千切れた腕を治療して貰う。
業太が飛散した俺の肉片を集めてくる。
左手の中指と小指が中々見付からなかったが、弓道場の屋根の上まで飛んでいた。
初日から中々ハードだが、今城さんと業太は刀と槍の手入れを始めた。
今日の稽古はもう終わり。
場所を使わせて貰ったので山林内の掃除を始める。
あちこち痛くて俺だけ身体が繋がりきって無いので、包帯だらけの身体で安静にしていた。
業太は水場で刀の血を拭い、器用に刀を分解して、刀身を磨いている。
「業太、容赦無くね?」
「手加減して欲しいのか?」
「相変わらず厳しいな、お前は」
「優しくしてやろうか?
「いや、いい!俺も刀とか使えた方がいいのかな?」
「桜尋様は鉄の神だから、刀に関しては手厳しいぞ、持たせて貰えるまで時間が掛かかる。」
「いや、刀とかで防御出来れば斬られなくて済むし」
「だから、太刀筋を見極めたり、歩幅を工夫する。刺突や斬撃をどうすれば殺せるか考えろ」
「そうか、喋り過ぎたな業太。ヒント与えすぎだ、明日は見とけよ」
「早く成長しろよ、俺も人の事は言えないけどな」
「私が育てた者がすぐに退場したら、つまらんしな、明日も覚悟しておけよ」
今城さんに聞かれていた。幸い機嫌は悪くない。
「はい、頑張ります」
今城さんの言うとおり明日も覚悟しておかないと。
これだけ満身創痍で腕はまだ繋がらないし激痛が収まらないが、一生懸命やっている。
みんなと協力してやっている。
何だかこれって青春だよな…って感じがする。ワクワクしている。
「俺はもっと強くなる!」と叫びたかった。そして思いが抑えられなくて叫んだ!
みんなが呆然とした顔で俺を見る。
顔は真っ赤になっていく。
「血の気が多いな、ちょっと血を抜いとくか」と今城さんは手をニギニギしてる。
皆んな笑っている。
業太も慣れない笑顔で笑っている。
こういうのだよ青春ってやつだ。
俺は死んで青春を失ったと思って腐ってたけど、まだまだ俺の青春は始まったばかりだ!
切り刻まれてニコニコしてると、変な噂が立ちそうなので抑えておこう。
ここは我慢。
桜尋神社に戻って夕食を摂り終わった頃には腕は繋がっていた。
ビー玉に「箸持てないでしょ?あーん」と子供扱いされて餌付け状態の俺はまた、皆にいじられる。
小学生女子姿のビー玉に子供扱いされるのは屈辱だが、幽霊歴三十年の大先輩には逆らえない。
昔からビー玉と呼ばれていて、皆「たまきさん」とは呼ばない。
理由は自分の名前を呼ばれるのが辛いからだそうだ。
ここにいる霊の中で、ビー玉だけが死んでいない。
小学生の時に行った花火大会で交通事故に遭い、混雑で救急車に乗り遅れて病院に搬送されたが意識を取り戻す事無く『遷延性意識障害』いわゆる植物状態で生きている。
家が金持ちの大きな旅館経営で自宅で三十年近く両親の介護を受け続けて延命している。
弟は、旅館を継いで幸せな家庭を築いているらしい。
次に生まれ変わるのは天国で、周りも天国に生まれ変わるのを勧めているが、彼女は、両親がこちらに来るまで待つのだそうだ。
普段は好き勝手な服を着ているが、基本的な姿は死んだ時の自分像が強く反映される。
水色に朝顔の浴衣姿に今でもその時の出血で染められた赤いシミは消えない。
顔の傷は消していても、浴衣は血塗られたままでいる。
明るい顔で抱えた物が大きい。
この町の霊達の話を聞くと、自分が荒れていた時のみっともなさが浮き彫りになる時がある。
立派な、満足のいく死に方を選んだ霊は誰一人いない。
なぜ、生きるのか、なぜ死ぬのかわからない。
ただ自分が今、与えられた事を。
やるべき事をやればいいのだ。
桜尋神社の階段を皆んなで降りていると、白いカラスが飛んできた。
段の式神、それも緊急要請の時に使役される。
俺達はすぐに式神の後を追い、段の元に向かった。
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