第13話 霊障 1
朝はそうでもなかったが、三時限目になると雨風が強く窓から雨が降り込んできた。
窓際に座っている僕の教科書が濡れる。
「雨が酷いな、冷房つけるから窓閉めて」
先生が冷房をつける。
男子達は普通に喜んでいるが、女子の何人かは薄手の膝掛けを膝に敷いている。
六月に冷房は早いと思うが、暑くて汗ばんだまま授業を受けるのも、年頃の男子としては気になる。
隣の金原くんは汗っかきで、机の上にはハンカチを置いたままだ。
何だか、顔色が悪い。
目付きの悪さと、大きな身体に本人に自覚のない威圧感が生まれてきている。
今回の魂消祭の予選での生贄は彼だが、彼が持つ異能に関しては何も知らされていない。
当然、生贄である事は金原君には知らされていない。
僕の役割は、この町の幽霊事件、怪奇現象の解決。
人間側への隠蔽で、幽霊、妖怪、世話役の人達と協力しながらやっている。
今のところ生贄の金原君への保護と干渉は指示が無い。
だけど、何故だろう金原くんの事は気になっている。
授業が終わると金原君は頭を抱えて震えている。
「どうしたの?気分でも悪いの?保健室に行こうか」
「うん、ちょっと…身体は大丈夫だから気にしないで」
「いや…顔色悪いし、すごい汗だよ?保健室に行った方がいいって」
ヒカリが駆け寄ってきて心配している。
「ヒカリ、僕が保健室に連れいくから、先生に伝えといて」
「わかった」クラス中がザワつく。
歩く事は出来そうだが、足に力が入っていない。
「ごめん、迷惑かけて」
「いいよ、転校してきたばかりで、意識して無くても負担が掛かっているのかもしれない、保健室で休んだ方がいい」
「ありがとう」金原くんは涙を流している。
「泣かなくてもいいじゃん」
「え?泣いてないよ」
「いや、涙出てるよ」
「本当だ、俺…こんな事初めてだ」
新しい環境で無理が祟っていたとしても、この状況はおかしい。
保健室で先生に事情を話し、体調が戻るまで保健室で休む事になった。
教室に戻る途中、通用口で霊を見かける。
学校に霊が居るのは珍しい、水織さんを恐れて来る事はなかった。
僕も危険かと思い学校には霊を呼び出す事はなかった。
「三島さん、お疲れ様です」わざわざ、こちらに来て挨拶してくれる。両腕の無い霊、和田さんだ。
「お疲れ様です。雨だけど、大丈夫ですか?」
「はい、雨避け出来ますから。のんびり散歩ですわ。この学校の紫陽花が咲いてるかと思って」
「ああ、紫陽花、綺麗ですね」
「あの紫陽花は私が生きとる頃、ボランティアをしてて植えたんですわ、元気に咲いてて良かったです」
「そうですね、何か手伝いがあれば言って下さい」
「勿体ない言葉ですよ、そうだ。水織さんに紫陽花を贈ってみたらどうですか?私が準備しますよ」
「ありがとうございます、さすがに理由も無いのに、女性に花を贈るのは照れますよ」
「今では水織さんも同じ世話役なんですから、仲良くしてあげて下さい」
「はい、何だか彼女怖くてちょっと距離を置いてるんです」
「それは良くない。世話役同士は仲良くして貰えわないと、私らも安心できません」
「そうですね、世話役が愚痴を言うべきじゃなかったかもですね」
「チャイムが鳴りましたよ、長々と付き合わせてすみません」
「いえ、和田さんも帰りはお気をつけて」
教室に戻ると、空いている席を眺める。
昼休みに金原くんのお見舞いに行ってみよう。
…それにしても、この前まで魔女と恐れられていた水織さんに対して和田さんの水織さんに対する感触は悪くなかったな。
和田さんは古い霊で新参には厳しくて偏屈で有名なんだけど…これだけ短期間に迎え入れられているのは。桜尋様の図らいかな?
考え事をしていて、授業を聞き逃した。
昼休みになり、ヒカリと一緒に保健室に入ると、金原くんは怯えた顔で飛び起き、こちらを見てゆっくり安堵の顔に落ち着く。
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
「何でもなくないよ、相談してよ」
「うん…うん…」
言い出せそうに無い金原くんをヒカリは真っ直ぐには見つめている。
「人間関係?」
「いや、違う」
ゆっくり聞き出そうとしていると。
いきなりバチン!と保健室に破裂音が鳴り響く。
ヒカリが金原くんの頭を引っ叩いた。
「迷いあり」
金原くんは呆然としているが、迷いが無くなった。
青ざめた顔に赤みがさす。
眼に光が灯り、初めての言葉になる前の感情、境界という物を壊され一つになった世界に触れる。
染汚(ぜんな)にまみれた暴力ではない。
思考という亡霊を払う明王の慈悲の
禅僧の警策がそこにあった。
ヒカリは
洞吟寺はこの町の外れにある山奥にある。
本物の坊さんしか務まらない
僕も世話役の関係上、繋がりがある。
ヒカリは毎朝四時に始まる坐禅会に走って参禅している。
結果、身につけてしまった。
この傑僧の風格を。
前世では禅僧、その前も禅僧、その前も禅僧だったと桜尋様に教えて貰った。
その積み重ねた功徳は普通に女子高生をしているのが不思議なくらい普段は隠されている。
普通に人間として生きているのが不思議な不思議な人はこの町には沢山いる。
しかし彼女は別格だ。
彼女は僕が世話役をしている事も、霊達の存在も知らない。
彼女には異能も霊感も必要無い。
全ての厄災は仏法を守護する
因みに、もしも僕がヒカリと争えば、僕は仏法の敵になる。
ついでに祖父である鬼雀謙三郎さんも敵になる。
「何て言えばいいのか、わからないけど…ありがとう」
金原くんの憑物は落ちた。
ヒカリは引っ叩いた事に対して謝らない。
暴力ではないからだ。
「うん、何があったか話してごらん」
衆生の慈母の表情だ、いつも僕とゲームで遊んでるヒカリとは雰囲気が変わる。
「信じて貰えないかもしれないけど、俺…この町に来てから始まったんだけど、幽霊が見える様になったんだ」
「うん、具体的にはどんな感じ?」
「信じてくれるの?」
「あれだけ、具合悪そうにしてるんだから見えているんでしょ。ああ…そうだ、とりあえず弁当食べよう、金原くんの弁当も持って来るよ、鞄ごと持ってきていい?」
「ありがとう、そういえばお腹空いた…お陰で元気が出てきた…俺も教室に帰るよ」
「人気の無いところで話そう、家庭科室とかどう?」
「わかった、そこで」ヒカリは職員室に金原くんが回復した事を伝えに向かう。
五分後には家庭科室で弁当を食べ始めた。
「本題に入るけど、どんな感じか聞かせて貰えるかな」
「うん、一昨日、美術室に飾られてた風景画から黒い手が何本も出てきてて、慌てて逃げ出したのが始まり。急いでバスに乗って
「昨日も同じで、伯父さんには言い出せなくて…でもこんなの誰にも相談出来なくて」
「お化けか…私は見た事無いから、わかんないけど」
ヒカリは首を傾げて、自分には解決出来ない事をムズがっている。
金原くんは魂消祭の予選の生贄で生贄は異能の力を必ず持っている。
しかし、自覚がまるで無い。
鱈聞町に引っ越してきてから霊が見え始めたという事は異能の力は眠っているのだろうが、覚醒していないまま無防備に生贄になるのであれば、廃人になってしまうかもしれない。
その前に、不登校にでもなってしまうと、金原くんの今後の人生に影響が出てしまう。
「とりあえず、美術室の風景画を調べに行こうか」
嫌がる金原くんを説得して美術室に向かう。
…確かに、風景画には黒い手が伸びている。
金原くんは怯えている。
「どれ?何にも見えないよ」ヒカリは美術室を見渡している。
「ヒカリ、あの絵に向かって
ヒカリが絵に向けれ人差し指を弾くと光が黒い手に突き刺さり、消滅していく。
生霊の類だろう。
この絵の作者に嫉妬してた人の生霊がこの絵が見えない様に黒い手で隠していたのだ。
「鬼雀さん、凄いね…霊が消えたよ」
「え?消えたの?霊?解決した?」
「三島くんも凄いよ、なんでわかったの?」
「弾指は魔除けに効くって前、洞吟寺のお坊さんに教えて貰ったんだよ」
「そうだね、付け焼き刃はよく無いけど洞吟寺に行くと解決するかもね」
「ちょっと遠いけど、放課後行ってみる?」
「うん、行くよ」
放課後はすぐに訪れた、金原くんは元気を取り戻し、洞吟寺には歩いて行けそうだ。
ヒカリは部活があるので同行出来ない。
ちょいちょいと手招きしているヒカリは小声で話しかけてきた。
「金原くんの事、段に任せる」
「うん、任された」
「段って不思議だよね、坐禅友達、ゲーム友達、クラスメイト、幼馴染み。そんな人は周りにいっぱいいるのに段だけは何か違う、特別なんだよね」
「あんまり男子に『特別』とか言うなよ、勘違いされるからな、そういうの」
「私は恋愛とか、まだわかんないから、今は
「とりあえず、洞吟寺に相談してみるよ。僕は参禅サボってるから、まず
「おきのどく!」
ヒカリは手を振りながら部活へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます