第12話 神さまの言うとおり 2

 雨は止んで雲の間から星が見える。

 これからの計画に備えて買い物を済ませる。

 体育バッグはパンパンになった。

 両親に期末テスト前にミコトの勉強を見ていると嘘の電話をして、ミコトにもお願いして口裏を合わせてもらう。

 ここから、私の正念場。

 魔女の仮面を被れば何でも出来る。


 私はこの町の霊達が一番多く集まる廃病院に向かう。

 坂を大分上がったその病院は住宅地を抜けて、荒れた舗装路の先にある。

 A病院、地元で有名な心霊スポット。

 県外からも、怖いもの見たさで訪れる人がいて、心霊特集の雑誌にもよく載っているらしい。

 人間の姿を忘れて複合してしまった危険な霊が沢山いる。勿論、危険。

 だけど霊よりも建物そのものが危険。

 散乱したガラスや管理されていない建物は床を踏み抜いたり、壁が崩れる可能性もある。

 梅雨の中、湿度で不衛生になっている。

 荒れた舗装路の脇の茂みが騒つく、私の姿を見るや、逃げ出したので捕獲。

 ここで騒がれると計画が台無し。

 病院の入口に入る前に糸で退路を立ち、罠を仕掛ける。

 外の連中は全て動けなくしている。これまで誰にも声を漏らす暇は与えない。

 外の霊は虫籠に丁寧に回収する。

 虫籠に回収出来なかった霊はスマホに回収する。

 もう、誰もこの病院からは逃げられない。

 鞄と体育バッグを病院の入り口に置いて探索開始。

 懐中電灯のライトを照らす。

 私の姿を見て霊達は叫ぶ。


「魔女が来たぞ!逃げろ!」


「子供を先に逃せ!逃げる事だけに専念するんだ」


「出られない!どうなってるんだ」


「あああああ、助けて、この子だけは見逃して!お願い、お願いします!」


「嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「囲め、一斉にやるぞ!」


「くそ!俺が引きつける、今の内に逃げろ!」


「なんまんだぶ、なんまんだぶ」


「ばあさん!逃げろ、くそ!掴まれ!」


「どうなってるんだ、ここで終わりなのか!嫌だ、嫌だ!お母さぁぁぁん!」


「何が目的だ、待て!金な…」

 ……。


 廃病院の霊達は全部捕まえた。

 荒れた道を街灯に向かって歩いて行く。

 家に着くと、一旦、霊達を虫籠とスマホから出しての拘束を解く。

 八畳の部屋はすぐに埋まる。大型の霊は小さいままにしておく。

 霊達は震え上がり、部屋の隅に集まっている。この部屋からは出られなくしている。

 事前に準備していたお茶と羊羹とシュークリームをテーブルの上に並べる。

 …さて、まずはなんて言うべきだろうか。

 悩んでも仕方無いのでマイペース。


「とりあえず、急にこんな事をしてごめんなさい。怖がらせて申し訳なく思っているわ」


「何が目的だ」震え声で左腕が無い霊が口火を切る。


「とりあえず、お茶でも飲みながら相談に乗って欲しいのだけど」


「ふざけるな!」


「変なものは入って無いから、冷めるわよ、早くお上がりなさい」


 部屋の中にお茶の良い香りが漂う。


「そこの子には羊羹より、シュークリームがいいと思って、さあどうぞ美味しいわよ」


「お前が出した物なんて食える訳ないだろう!」


「そう、じゃあお香でもどうぞ」


 耐熱製の小皿に炙った炭を置き、伽羅の香木をカッターで削って焼香する。

 部屋の中に明るく甘い、朝の澄んだ空気に花弁が舞っているような香りが広がる。

 煙は白く輝く花弁になり、霊達に降りそそぐ。

 異形の者。

 裸の者。土と皮脂で痛んだ乱れ髪の女。

 ボロボロの布を巻き付けた者。

 見窄みすぼらしかった姿は清潔になり、血色は明るく、表情は穏やかになっていく。


「喜んで貰えたかしら」


魔女からの霊達への供養に室内は騒めく。

固まった表情に綻びが生まれる霊。

素直に喜んでいる霊。

手を合わせる霊と様々な反応を見せる。

警戒を解かない霊は数名いるものの。

悪い思いをしている霊は居なさそうだ。


「お香、不快だったら御免なさい、緊張を解いて貰えると嬉しいのだけど」


「ああ、こんな香食こうじきの供養を受けたのは初めてだ」


 お香の煙を神仏や霊が食べる事を香食といって焼香は霊達の供養になるそうだ。

 少しは怒りと警戒が薄れた様でこちらも安心する。


「お茶が冷めたから、入れなおすわ」


「いや、このままで結構だ」


 始めは皆、困惑していたが、徐々に場の雰囲気が穏やかになる。

 お茶やお菓子に手をつけてくれるようになった。

 久しぶりの甘みやお茶に飢えていた様で誰もが嬉しそうだ。

 子供達もシュークリームを貪る様に食べている。

 人間の形をしていない霊、人間の形を忘れた霊達は徐々に人間の形に戻っていく。

 ゆっくりとだが廃病院にいる霊達は供養に満足して貰えたようだ。

 もう怯えている霊は一人もいない。


「ところで、なぜ俺達を連れてきた?」


 先程とは打って変わり口調は穏やかなものになっている。


「すごく、馬鹿みたいな理由だと思うでしょうけど………いえ、いいわ、今日はこれで帰って頂戴……御免なさい」


「バカ言え、俺たちを拉致したんだ、それなりの説明が無いと納得出来ないぞ」


「今日はちょっと説明出来ないわ、恥ずかしくなってきて…今度ちゃんと説明するから」


「ここまで、供養してくれたからには、何か理由があるんでしょう?言ってみて、相談に乗って欲しいんでしょ」


 白骨の老婆の霊が優しく諭してくれる。


「そうだ、内容によっては、断るからな。言うだけおじちゃん達に言ってみな」


「おねぇちゃん、困ってるの?」


 霊達は口々に私に詰め寄る。


「私…三島君と仲良くなりたいの…」


「え?そんな事で俺達を拉致したのか?三島さんと仲良くなるなんて、すごく簡単だぞ?」


「アンタ、バカねぇ…仲良くなるにも色々あるでしょ」


「……おおおー…!」


 霊達が口を揃えて感嘆する。


「そうだな、魔女って呼ばれてるけど、アンタも女だしな」


「ちょっとアンタ…今は魔女の話はいらないでしょ」


「こんな事しなくても、ちゃんと話してくれたら…いえ、ごめんなさい貴女が来たら逃げるわ私、だって貴女が何を考えてるか、わからないもの」


「ごめんなさい、私こんな乱暴なやり方しか知らなくて…せめてものお詫びと思って色々、頑張って準備したんだけど」


「今となっては、もう…どうでもいいよ、香木は高いっていうのに。久しぶりにこんな暖かい供養受けたんだ、アンタの気が済まないなら、お茶の御代おかわり、貰えるかな」


「私も、飲みたい」


「香木の供養、もう一回いいかな?」


 時間は穏やかに過ぎていく、焼香の度に霊達の姿が身綺麗になって輝いていくのが面白くなって、値段を考えず、焼香し続けてしまった。


 香木は仏具屋で一番高い物を注文したら四十万円だった。

 羊羹代は二万円、シュークリームは五十個で五千円。

 お茶は家で一番高価な物を準備した。

 接待費としては安い、領収書も切っている。

 霊との交流を図れた。

 禁忌の家の魔女のイメージ操作。

 三島くんに新たな世話役の魔女が好意を持っているという話題の提供。

 霊達の人間関係の把握、魂消祭の噂。

 

今夜の収穫は大きい。

 これで町に私の噂が広がれば私を無闇に怖がる霊は徐々に少なくなっていくだろう。


「今日は、供養して貰って、ありがとうな、でも今度からは普通に招待してくれ」


「ええ、他にも欲しい物があったら、言って頂戴、準備しておくわ」


「俺は日本酒が飲みたい」


「さくやちゃんは未成年だよ」


「準備しておくわ、大人に買って貰えばいいから」


「じゃあな」


 霊達を見送る。

 私の私利私欲で拉致した事は反省しておく。だけど結果、喜んで貰えて良かった。

 でも、あまり強引な事は今後控えよう。

 三島君はこういうの嫌いそうだから。

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