第7話 魔女の家 3

「あなたが勝ったら、残りの霊のこと考えてあげるわ」

「オセロ自信無いんだけど」

「関係ないわね、それとも作戦?手加減しないわよ」


 …十分も保たず惨敗。


「再戦は出来るの?いえ、再戦お願いします」

「オセロ弱すぎ、面白くないからテレビゲームでもする?ゲームならあなた得意でしょう?」

 あっちにテレビあるから移動するわよ。

「えっ…うん」

 落ちゲーか、パズルものは結構やり込んだからいける。

 反射神経や咄嗟の判断力では負ける気がしな…。


「すみません、もう一度チャンス下さい」

「本当、何もかも勝てないのね、やる気あるの?」

 さっきの居間での勝負と彼女の敗北宣言は有耶無耶にされてしまっている?


 その後も縄跳び。

 水織家の敷地内限定かくれんぼ。

 …等々、彼女の言う通り勝負を重ね一勝十二敗。

 何なんだこの女。

 友達少なくて影が薄くて全然、目立たないのに。

 この遊びの天性をどこに隠していたんだ?

 僕は心が折れていた。


 時計を見ると五時三十七分。

 マズイ!いつの間にか相当な時間が過ぎていた。

 鬼雀さんに連絡をしないと、心配している。

「ちょっと電話してきて良いかな」水織さんに伺うと魔女の呆れ顔。

「外の霊達は私達が遊んでること知ってる。心配どころか皆、健気にもダメダメな三島くんを応援してるわよ」

 え?

「遊んでない、僕は真剣なんだけど」

「それにしては負けすぎ、三島君って弱者?」

「次は勝つ!」

「今更勝ったところで残りの霊達を返して貰えるとでも思ってるの?三島君は十二敗してるから、ここから十二連勝しないと霊達は返さないから」

「でも、水織さんの親御さん達がそろそろ帰ってくるんじゃないの?」

「さっき遅くなるって連絡があったわ。夕食…食べてくでしょう?雨も止んでるしスーパーに行くわよ」


 マズイ…この家から帰れる気がしなくなってきた。

 このペースで来られるとは思わなかった。

 なぜだろうか?彼女の押しの強さに逆らえない。

 スーパーに行く時に逃亡するか?

 …でもそんなことしたら、永遠に監禁されていた残りの霊達は返って来ない。

 どうする?一人で悩んでも仕方が無い。

 一旦、桜尋おうじん様に相談したい!

「ほら、行くわよ、何食べたい?」

 散歩が嫌で外に出るのを全身で拒否する犬の気持ちがよくわかる…!

 スーパーに行くまではいい。

 帰り道に差し掛かって、水織さんの家が見えた時。家に入りたくなくて震えが止まらなくなるんじゃないかと思う。

 僕はそう予感する!

 玄関から外に出ると、柱やコンクリートの塀に隠れて霊達が恐る恐る見守っている。


「まぁ、そこらで手打ちかな、お疲れさん」

 『天の声』とはこの事をいうのだろう。

 高い身長に長い極薄青色の長髪、黄昏時でも光る朱い四つ目。

 麻の着流し麻の羽織り姿でエコバッグに野菜を詰めて来てくれた。

 桜尋様が助けに来てくれた。

 水織さんは出会い頭に何か言おうとした時にー

「さくや、俺にもお茶貰えるかな?」

 そう言うと返答を待たず、家に勝手に入っていった。

 田舎ならではの時報放送「夕焼け小焼け」が七夜河ななよがに六時を告げる。

「初顔合わせ…でもないかな、同級生だしな。さくや、段とは仲良くやれそうか?」

 そう言うとお茶を啜る。

「こんなに弱い人と組んで大丈夫かというと不安は無くはないですけど、私がサポートします。足手纏いを計算に入れて行動するから」

 ちょっと、何の話だ?

「桜尋様、残りの霊達の無事についてちょっと話が」

「ああ、説明しなきゃな、さくやが全員成仏させた」

「え?」

「あいつら監禁されてる長い間さくやとずっと遊んでて、さくやに勝ったら満足して成仏したんだって。笑えるよな?」

「笑えないです!」

「なんで?良かったよ。成仏したんだぜ、大変なんだからな?成仏させんの」

「みんな行方不明の霊の心配したんですよ?」

「結果、成仏してるんだし良かったよ」

「道を踏み外して地獄とか畜生道に堕ちそうな奴は何人かいそうだけど、まぁそれは置いといて、全部計算通りだから許してくれよん」

 いい笑顔で笑う。

 この笑顔に「まあ、この人(神)だから仕方ない」と付いていってしまう被害者は多い。

 実際、凄い人(神)だし、優しいし、頼りになるし、戦闘の師匠だし。

 悪人以外は皆が大好きだろう。

「お好み焼き食べようぜ、材料買って来たんだよ、青のりもコーラもさくや用のドクペチェリーも通販で買ってきてる」

 水織さんはドクペチェリーの十二缶パックを冷蔵庫に入れて嬉しそうな雰囲気だ。

 表情は魔女のそれから普通に戻っていた。

 お好み焼きをホットプレートで焼き頬張る。

 惜し気もない具の量。

 豚肉は勿論、海老、イカ、チーズ、焼きそば、餅、キムチ、焦がしネギ、ホタテ、天カスまでお好み焼きを満喫出来るよう責めて来ている感がある。

 二人+神で夢中で焼いて食べていた。

 

 僕はもうお好み焼きの事以外。何も考えたくなかった。

 流石に六枚を越えると満腹になってきて呟く。

「もう、ご馳走様でいいです」

「実は俺も腹一杯」

「私も結構です」

……。

「いやさ、色々とメシの後、説明しようと思ってたけど…腹一杯だから今度にするわ」

 そう言うと余りのお好み焼きをそれぞれ分配して皆んなで後片付けをして帰り支度。

「お疲れ!今城いましろ達にスペシャルお好み焼き食べさせてくる!」と言うと桜尋様は笑顔で帰っていく。

 水織さんとの別れ際。

「三島くん、借りがある事忘れないでね」

 胃痛がした。原因は言うまでもない。

「じゃ、また学校で…」

解放された。

後を追って来ても気付かないフリをしたかったので、後は振り返らない。


 外では鬼雀さんを始め、皆が心配そうにこちらを見ている。

「すみません、長く心配かけましたね」

「いえ、三島さんこそ長い時間お疲れ様でした」

「英助はどこですか?」

「さっき、桜尋様に連れて行かれました、説教です」

「そうですか、絞って貰いましょうかね」

「これ、桜尋様から貰ったんですが、皆で食べて下さい」

 お好み焼きを三枚程手渡す。

ねぎらい頂いて、有難うございます」

 

 雨は止んでいて、朝から途切れることなく吹いていた風は止んでいる。

 家に帰ると朝に見た蜘蛛は巣を立派に作り終えていた。

「お疲れ様」


 蜘蛛にかけた僕の声は自分でも驚くほど小さな声だった。

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