第6話 魔女の家 2
玄関のチャイムを鳴らすと、すぐに家の中から足音がする。
「はい、どうぞ」と玄関が開き水織さんが迎えてくれる。
白いブラウスに黒のロングスカート、黒い靴下に赤いサクランボのワンポイント。
この赤と彼女の口唇の紅さモノトーンの中で引き立っている。
白のブラウスに負けないくらい彼女の肌は白く、肩まで伸びた黒い髪は綺麗に整えられている。
美少女かというと、そうなんだろうけど僕の好みではない。
「急に時間をとって貰ってすまないね。これお土産です」
英助のおばさんから貰ったサクランボを渡す。
「ああ、気を遣って貰わなくても良かったのに」口角だけを上げて微笑んでいる。
凄い作り笑いだ。
「こちらにどうぞ」居間に通されて座布団が敷かれている。
水織さんはサクランボを冷蔵庫に入れに台所に向かった。
座布団に正座して座っていると、水織さんがお茶を運んでくる。
綺麗に切り揃えられた羊羹の皿には懐紙が敷かれて黒文字が副えてある。
毒の警戒をしたが、毒耐性はあるので一口淀みなく頂く、これは美味い煎茶だ。
続いて羊羹を頂く。
口に運ぶ前から小豆の香りが届く唾液が湧き上がる。
お茶の心地良い苦味と香りが、羊羹の甘味と混ざり合って美味い!
「すごく、お茶入れるの上手だね、美味しい抹茶を立てるのも難しいけど、美味しい煎茶をいれるのは更に難しいって聞いたことがあるよ」
「お粗末様、準備した甲斐があったわ」水織さんは悪い気はしていないようだ。
お茶で和んでしまった。
気が緩んで臨戦態勢に戻るには時間がかかる。
すごくマズイ状況だ。
「そういえば、用件って何?」
「うん、急にこんなことを言っても信じて貰えないと思うんだけど僕は…」
「知ってるわ、三島くんの役割。そして昨日うちに来た、あの変態幽霊を取り返しに来たんでしょう?」
突然、場の空気が変わったことに驚く。
目の前の同級生は水織さんではなく魔女、水織さくやになっていた。
笑わない印象の彼女の笑顔を初めてみた。禍々しく冷たい魔女の笑みだ。
その笑顔のおかげと言うべきか即座に臨戦態勢に入ることができた。
「その通りです、今日は英助と以前からこの家で消息を絶った霊達の身柄を引き取りたくて、その相談に伺いました」
思わず敬語になる。テーブルを挟んだ間合いは充分、正座していてもどうとでも動ける。
「とてもはしたないことを言うようだけど、私に何か得があるのかしら?」
「条件を提示して貰えれば早急に対処致します」
「三島くんは家に泥棒が入ったら警察に通報するわよね?霊達は心霊スポットで馬鹿騒ぎする人間に祟りと厄災を与えるわね、国家は国土の平穏の為に領域侵犯する国家に対しては軍備を整えるわ。」
水織さんは手を組みテーブルに置く。
「平穏を乱す者を懲らしめる。三島くんの役割上その意味はとてもよく理解しているわよね」
耳が痛い。さっきまでの和んだ空気は重苦しくなっていく。
「水織さんの言う通りだと思います」
反論はしない、水織さんの言いたい事を吐き出させる。
「近藤英助を返すつもりは無いわね」
「でしたら、せめて無事かどうかは知っておきたいんですけど」
「無事よ。見せてあげる」
天井から小さな緑色のプラスチックの虫籠が降りてくる。
小さな英助がその中に入っている。何だこれは?どうなってるんだ?
「段、俺の事はいい!逃げろ!」
虫籠の中の小さな英助が叫ぶ。
元気そうで何より…だけど、こんな英助を見せられて黙っていられない。
「英助達を返して貰うにあたってお金ならいくらでも用意が出来る。物でも何でも」
「必要無いわ、あなたも帰すつもり無いんだから」
彼女は組んだ手を離すと、手に白い糸が紡がれている。
あやとりの四段梯子だ。
身体が反応する。
『
彼女は糸使いだ。
糸を操る異能。
細く鋭く硬質なピアノ線の様な糸でも、巨大な橋を釣るワイヤーの様に頑丈な物で生成出来る。高い汎用性。
打撃や射撃は並大抵では無効化される。
攻守一体、多対一でも、即死でも捕獲で自由自在。
僕を狙った糸は座布団を突き刺す。
避けた先にも既に糸は張られ、粘性を含み動きを殺そうとしている。
右からも、左からも全方位で糸は伸びてくる。
数秒も経たない内に六畳の居間は糸で埋め尽くされ、そろそろ地面の着地も許されない。
部屋中から糸が張られ動きの領域を阻もうと追い込む。
部屋の隅に追いやられる前に動く、速く。
入り口は糸だらけで退路は無い。
なのでこの部屋の糸は全て斬る。
斬った糸は風に舞い無力化される。
彼女は動かない。
斬れた糸はそれ自体に攻撃する力は無く残骸として宙に舞っている。
糸は全て彼女に吸収されていく。
第二波が来るか警戒する。
「噂通りに簡単に斬るのね、糸を避ける動きも人間のそれを超えている。秘剣使いのあなたには勝ち目が無いわ」
「だけど私の肉体を斬る事は出来るのかしら?三島段くん?」
座ったままの魔女は余裕を持って精神を押してくる。
「必要ならね」
「背中に隠している虫籠の近藤くんは大丈夫かしら?」
「見えて無かった?もう外の仲間に渡してあるよ」
「惨敗ね、でも私はまだ切り札があるわ」
「残りの霊も返して貰いたいところだけど、その前に水織さんの治療が先じゃないかな?」
僕は全身の至るところから秘剣を出すことが出来る。
秘剣と呼ばれる異能の力。
以前それが折られた時、骨が折れていたり、切り傷が付いていた。
刃物の大きさに比例して怪我の程度は様々だ、無傷ではいられない。
糸を斬り刻むにあたって彼女を観察していたが、肌には切り傷一つ負っていない。
身体ではなく精神に傷を負うのかもしれない。
「私にはそういうのは無いの、でも絶対絶命って感じね。残った霊達の居場所を自白させる為に陵辱でもする?」
「同級生にそんな事しないよ」
「じゃあ、恥ずかしい写真でも撮って脅迫する?」
「それは犯罪だよ」
「
「小賢しい事を言うようだけど普通の人がいて僕達みたいな異能がいる。それが僕の普通だよ」
「本当に小賢しい事を言うのね、私はあなたに勝ちたくなってきたわ」
ここは修羅場、血が沸き肉が踊る炎の中。
繊細な気迫と動き、先を読み尽くす明晰さと抜け目無さを最大限に活かすための観察眼。
それが先に途絶えた者が倒れる。
それを保った者が走り続けることができる。
まぐれ当たりは無い。
必ず強い者が立っている。
「どうするつもり?君の糸では僕には勝てないよ?」
「でも、私は勝つわ…まずはオセロで勝負」
テーブルの上にオセロ版が置かれる。
「え?」
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