第2話 禁忌の魔女 2

 前から、自分の実力不足を埋めようと思っていた。

 その為の努力は惜しまなかった。

 俺の特技は筋力、俊敏性の強化、人魂起し、記憶介入だ。

 実体化、物質透過と物質干渉は出来るが騒霊ポルターガイストの様な複雑な事は出来ない。


 禁忌の家の前に着く。

 すぐに生垣の蔭に身を隠し周囲を窺う。

 一見すると、生垣のある二階建ての小さな豪邸といった趣で庭には小ぶりの五葉松が植えられている。

 梅雨前に雑草は抜かれ綺麗にしてる。

 大型の車が三台は止められそうな広めの駐車場の先に凝ったアルミの門があり、レンガ敷きの歩道の向こうに玄関がある。

 狭い土地に無理やり建てたような安アパートに住んでいる俺としては羨ましい家だ。

 これから侵入するにあたって、玄関から正面突破は無い。


 玄関に厄除のお札が貼ってあったらそこでアウト。

 裏口にはヒイラギの木が植えてあるからアウト。

 勝手口はアロエとサボテンの鉢が置いてありアウト。

 魔除けが所々にあり、霊が寄り付きたくない雰囲気がヤバい。

 逆に考えれば、捕らえた霊が逃げ出せないように魔除けで囲っている、という見方も出来なくも無い。

 自分でも気付かない内に不安になってきている。震えと背汗が止まらない。

 空手の大会前はいつも通り空手に専念するだけで良かった。それ以外の物は不安も功名心も簡単に切り捨てる事が出来た。

 しかし、人の家に侵入するのは初めてで、目的の為に悪事を働くのも初めてなのだ。

 女子に俺の鍛え続けた拳を振るうかもしれない事に抵抗がある。


 ここまで来たんだ、やるって決めたんだ。


 不安だ、弱気だ、怖がりすぎだ。

 だから支離滅裂になっいる。

 行動と思考がバラバラの今の状況で、やれるのか?俺!

 無心で走り出すしかない。

 弱っ面を殴り気合いを入れて、二階のベランダに駆け上る。

 頬の痛みが迷いを忘れさせてくれる。

 空手の真剣勝負中、一発貰ってから俺は強くなる。


 窓ガラスの中は空色のシンプルなカーテンで閉じている。

 エアコンの室外機は動いていて除湿している。

 部屋の中は電気が付いていて人の気配がする。

 

 幽霊となった今、物質透過で無音で侵入する事は出来る。

 顔から入る、勢いに任せて突入するのは無しだ。

 迷いは無く、ゆっくりとカーテンに頭を突っ込み室内を伺う。

 水織がベッドに座り電話をしている。

 この位置だと完全に水織の視界に入っている。

 咄嗟に頭を引っ込める。


 見つかったか?


 しかし、室内からは叫び声はおろか動揺の欠片も無い。

 今一度、室内を窺う。

 水織は確かにこっちを向いている。

 しかし、俺に気付いていない。

 もし水織が魔女だったら、俺が見えない訳がない。

 どういう事だ?何故、反応が無い?


 断言は出来ないが、水織は魔女ではないという可能性がある。

 この町の霊達は皆、水織の情報を持って無いのだ。


 …全身を…部屋に…入れても気付いていない。

 水織は通話を終えて、スマホを充電し、机に向かった、ノートを広げてる。

 呑気に小声で唄っている。

 子供の頃唄っていたカゴメカゴメだろう。

 今まで捕らえられた霊達はどこにいるんだ?

 部屋全体を見渡しても、異常は無い。


 この部屋は只の女子の部屋だ。

 水織は部屋でエアコンをつけて電話して。

 電話が終わったらノートを広げて勉強して。

 室内のに見向きもしない只の女子だ。


 魔女じゃない。

 この部屋じゃない…どこだ?

 部屋の出口に向かう。

 慎重に静かに出口に向かう。


 ………。


 身体が動かない、力は入るがどこも動かない。

 身体にいつの間にか何かが纏わり付き締め上げられている。

 格闘家はガチガチに技で固められた時、まず指から動かすことから始めると聞いた事がある

 だけど指も動かせない。

 何が起こっているのか解らないまま目の前を覆われてが真っ暗になる。

 頭をその凄い力で吊られ首の骨は鈍い音を立て皮膚が引っ張り上げられる。

 放り飛ばされて壁に落とされると、床に変な違和感がある。

 何かが閉じられた音がする。


「最初から…全部見えてた」


 それは水織魔女の声だった。

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