霊トリック

麻間 竜玄

第1話 禁忌の魔女 1

「この町には魔女が住んでいる」

 名前は水織みずおりさくや、十六歳、元同級生。

 小学校から高校まで一緒だったから、何回か関わったことはあった。

 印象としては、地味で一人でいることが多い奴だった。


 平和な町の中にある魔女の家、禁忌の家。


 八年前からこの家に訪れた者は皆、消息を絶っている。

 登校中や学校の中で仕掛けた奴もいたが皆、その後は行方不明になった。


 興味本位で向かった者。

 腕試しで向かった者。

 救助に向かった者。

 合計三十七名。

 救助を絶たれたまま禁忌の家に指定された。

 その原因を暴き出し、消息を絶った者を保護する。


 俺は近藤こんどう英助えいすけ、享年16歳、七夜河ななよが生まれ、七夜河育ち。

 体格と良い師範に恵まれたこともあり空手で全国大会まで行った事がある。

 この前までは高校生だったが、バイト帰りの事故で死んでしまった。


 死んだ後、あの世で閻魔大王から出された判決は畜生道。

「次に生まれ変わるのはナメクジです」と閻魔大王に言われた。

 それを拒否して浮遊霊になった。

 俺は納得出来ず帰った。

 追手は無い。引きずり回される事もない。

 閻魔大王の脇にいる鬼神は守衛の為にいるそうだ。

 文官の鬼神に『生まれ変わりのしおり』を渡される。

「出来るだけ早く生まれて変わって下さいね」

 生まれ変わりの減刑制度、講習会。

 聖人や菩薩を弁護士を雇う権利もあるらしい。

 分厚いパンフレットを封筒に渡されて、現世に戻る。


 閻魔大王の判決を拒否した者は、地獄行きを除くと餓鬼道無職に向かう。

 今の俺は餓鬼道に生まれ変わった。

 空腹が絶え間なく、痩せこけ腹は膨れ上がる。

 子供の頃に洞吟寺とうぎんじで観た『餓鬼草子がきそうし』の餓鬼の様な化け物。

 そんな、おぞましい姿になるかと思ったが、姿形は生前と変わりなく、絶え間無い空腹にえなまれることはない。

 母さんが供養していてくれているし、洞吟寺に行けば生飯さばがあって飢える事はない。


 俺はまだ、生きてやりたい事がいっぱいあった。母に、友達に残したい言葉があった。

 行き場のない喪失感、毎朝仏壇に手を合わせる母の姿を見ると、その理不尽さに沈み、何も出来なくなっていった。

 しばらく実家に帰ってダラダラしていたが、同じアパートに住む幼馴染みの世話を受けてこの町を治める桜尋おうじん神社の主、桜尋様に保護されて現在に至る。


 自分と同年代の霊も何人かいて、いい奴ばかりで寂しさはなくなったが、町をブラついている時に見かける同級生のみんなが気にならないかというと、それは無理な話だった。

 同級生が学校に通ったり、部活をしたり、遊んでいる姿は凄く輝いて見えた。

「生きてりゃ俺も…」それが俺の口癖になった。

 誰にも聞こえない様に呟いている時には涙が溢れた。


 俺にも何か無いのかと思っていた時に『魂消祭こんしょうさい』全国の霊達の腕試し、野球でいうところの甲子園みたいな催しが六年に一度行われる。

 その予選が、この町で開催される事を知った。

 その選手はまだ決まっていない。


「これだ!」と思っていたものの、俺は今年の春に死んだばかりの新参で何の実績も無い。

 選手に選ばれる為には大きな手柄がいる。

 そこで狙いを付けたのが「禁忌の家」だ。

 数日前から少しでも彼女の情報を得ようと、遠巻きながら探っていたが。

 普通の女子高生にしか見えない。


 夕暮れは過ぎ、厚い雲がを閉ざした昼に温められたアスファルトは雨を温め蒸し暑さを呼ぶ。

 この身体は霊体であっても、しっかり雨には濡れる。

 物理的な水で濡れるというより、水の霊性が身体を濡らす。

 雨で体力を奪われる事は無いが、濡れると気持ちは挫かれる。


 禁忌の家に侵入するにあたり色んな人に相談してみたが、満場一致で反対された。

 だけど勢いでここまで来てしまった。もう後には退けない。


『俺が一人前の霊だってところを見せてやる!』

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