第32話 出現

僕はひたすら泣いていた…女の膝で。

激しく求めたり拒絶したり夢なのだと理不尽に扱った白いワンピース姿の女の膝で涙を流していた。


「ごめんなさいね…私、真白の事を考えていなかったわ…」

僕の前髪を優しく触りながら女は謝罪した。

「でも、いいのよ…?全てが真白自身なの。それを誰も咎められないわ」

僕の涙を拭いながら女は説き伏せる。

「だけど!僕は!」

しーっと僕の唇に指を立て女は言う。

「いいのよ…全てが」

黙らせるかのように女は僕に口付ける。

「全てが貴女自身なの」


そこで目が覚めた。

今までなら、不思議だとかラッキーな夢だとか心地いい夢だとか言えた。

だけど、現実の桐谷麻梨とこれからを過ごすのだ。

美味しい林檎を食べたよねと話しても、それは何の話?と言われて…夢の話と間違えたなんて言えない。

夢と現実を混同しそうで怖いのだ。

さらに、夢の中であんなにも…彼女にそっくりの女を汚しているのだ。

知られたからには、関係を続けるのは困難だろう。


「もう何も考えたくない!!」

テーブルの上の物を全て払い除ける。

「異常者なら…駆除しなきゃ…」

キッチンに向かい包丁を手にする。

ぶるぶると震える右手を、そっと左手が支え喉元に刃先を向ける。

死を恐れる右手を、力強く押し進める左手。

「う…あ…」

臆病者の右手は包丁を床に叩きつけた。

僕は言葉にならない声を、近所迷惑など考えず叫んだ。


「いい事も悪い事も、もう嫌だ…疲れたんだよ!!」

何もかも嫌になり、目を瞑り叫んだ。


ふと、誰かの視線を感じた。

恐る恐る目を開くと、女性の裸足が見えた。

驚いて視線をさらにあげると、ワンピース姿の女が立っていた。


「こちらでは初めまして…かしら?」

女はしゃがみ、僕を包むように抱きしめた。

「こんな事はもうやめましょうね?」

包丁を掴むと女は困ったかのように笑い、キッチンにしまった。


「どうしてここにいるの…?」

素直に聞いた。

「貴方が探し求めたからよ…心からね」


「もう無茶はしないから…そばにいさせて…お願いね…?」

まるで目の前に本人がいるかのように、温かい掌が僕の頬を包んだ。

その温もりに、懇願にほだされて…目を細め頷いた。

「嬉しい…」

その頷きを確認し、女は強く抱きしめてきた。

女の表情はこちらからは見えなかった。

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