第7話 ただの偶然
半年前…あいかわらず僕は何もない生活をしていた。
なんてことないテレビ番組。明かり代わりにつけていた。
スマホはネットニュースと音楽の為だけに内蔵電池を消費していく。
退屈のあまり、メビウスに手を伸ばす。
タバコはなんとなく始めた。病院内のリハビリの為のデイケア内で喫煙者が多く、また喫煙室の居心地が良さそうで吸い始めた。
メビウスを選んだのは大好きな漫画の悪役が吸っていたのが印象的だっただけだ。
「メビウス…中身空じゃん…」
今日やる事ができてしまって、深くため息をついた。
これが最後の箱だったのだ。吸わずにいるという選択肢はない。
「コンビニ行くか…」
重い腰を上げる。
コンビニに着く。夕飯時を過ぎたせいか、人はまばらだ。
ついでだ。食料も買いだめしていこうと栄養補助食品の棚に向かおうとしたが、ふと店内のPOPに目がいった。
『大人気スフレがリニューアル!』
疲れていて脳が甘い物を欲しているわけでもないのに、その言葉に惹かれてしまった。
今日の夕飯とつまみはスイーツだな…
そう心の中で献立を決め、スイーツコーナーに足を運ぶ。
みたらし団子やガトーショコラもいいが、やっぱりスフレにするかなとぼーっとしていると
「あっ…黒崎さん?」
顔を上げるとお隣の桐谷さんが立っていた。
たまにゴミ捨て場で会って挨拶を交わす程度の人だ。
「桐谷さんじゃないですか。こんばんは」
「ああ!こんばんは!偶然ですね!」
スーツ姿だから仕事終わりのはずなのに元気な人だ。
「黒崎さんもスイーツを買いに来たんですか?」
「はい…POP見たら、なんとなくスイーツの気分になりまして…」
「私もです!あれは反則です!今日も私は誘惑に負けてしまった…!」
「ははは…確かにこのコンビニのスフレは美味しいですからね」
スフレ。その言葉を言うと彼女の目は輝いた。彼女は大きく息を鼻で吸うと
「そう!スフレは最高傑作です!しゅわしゅわ感となめらかさが最高で!私大好きなんです!今日も買おうと決めてて…あっ、お買い物の邪魔しちゃってすみません…」
子供のように無邪気にスフレ愛を語ったと思えば、子犬のように落ち込みうなだれてしまった。
「大丈夫ですよ。気にしないでください。私はまだ何にするか決めてませんから、どうぞお先に」
そう言うと、彼女は少しニコリと笑って
「ありがとうございます…ではお先に…って…スフレ、一つしかありません…どうしましょう…黒崎さんも買われますよね…」
先程の笑顔とは真逆の暗い顔をしながら目線を落としていた。
「桐谷さんどうぞ。私はみたらし団子を買いますので」
「でも、先程スフレが美味しいって!好物なのではないですか?」
「今日はみたらし団子の気分なんです。遠慮なさらずに、ね?」
お仕事で疲れた体に、スフレの優しい甘さで癒やされてほしかった。こんな不適合者が満たされるよりも合理的だ。
「本当によろしいんですか?」
「はい」
「ありがとうございます…お昼ご飯を食べながら、今日はスフレを食べる!って決めてたんです」
僕はつい、ふふふと笑ってしまった。
「それは絶対食べなければいけませんね」
口を滑らせたのと笑われたので彼女は少し赤くなった。
「すみません変な事を言ってしまって!スフレは本当にありがとうございます!次は黒崎さんが先に選んでくださいね!」
次は?ここでまた会う前提なのか?
関係性的にとても変な提案だが、頭ごなしに否定できるほど親密でもない。そのまま好意を受け入れた。
「わかりました。ありがとうございます。それでは」
「はい!それでは!」
微笑みながら彼女は会釈して去っていった。
メビウスとお酒と適当な食料とみたらし団子を買いコンビニを後にした。
なんだか、とても疲れてしまった。
両手にかかるズシリとした袋の重さではなく、心がぐったりとしてしまった。
人とまともな会話なんて、久しぶりの事だった。
変な事も言ってしまったかもしれない。
自分の行動全てが間違いだった気がする。
失礼にも笑ってしまったし…
「だけど、笑ったのなんて…何ヶ月ぶりだろう…作り笑いのを除けば…何年ぶり?」
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