第2話 出会い

靄がかかったような意識の中、目覚めた。

重く閉じられたカーテンを開ける気力もなく、ただ天井を見つめた。

そのうち、喉の乾きに急かされてゆっくりと体を起こした。

コップに注いだ生ぬるい水道水を違和感なく飲み干していく。


「今日は何日……いや、何曜日?」

糖が足らない頭が絞り出した言葉だった。


スマホのロック画面で曜日を確認し、醜く微笑む。

時計とにらめっこしながら、カロリーメイトを齧る

そろそろかなと重い腰を上げて、ゴミ袋にゴミをまとめて口を縛る。

何日も閉じられたままだった玄関ドアを開け、ゴミ捨て場に向かう。


「おはようございます」

いつもの背中を見つけて、枯れた喉が絞り出した濁った言葉。

「おはようございます!今日も暑いですね」

彼女は目が合うとニコッと笑い、力強く答えてくれ、颯爽と去っていった。

振り返らない事を知っているから、僕は彼女の姿が見えなくなるまで眺めていた。


彼女は桐谷麻梨(きりたに まり) 僕の部屋の隣の住人だ。

ただそれだけ。こうやって挨拶を交わすだけの関係。

彼女はいつもこの時間にゴミ捨て場にやってくる。

僕はそれだけの為に、重い扉を開ける。

汚い物を部屋から排除した爽快さと彼女の笑顔に心が軽くなったのを覚えた。


彼女が隣に越してきたのは半年前だ。

チャイムがなって、セールスかとウンザリしながら出ると笑顔の彼女が立っていた。

「お休みの所申し訳ありません。本日隣に越してきた桐谷と申します。引越しでは何かとお騒がせしてしまいご迷惑をお掛け致しました。 これからお世話になります。 どうぞよろしくお願い致します。」

今時引っ越しの挨拶なんて珍しい事をするなと考えつつ、

「ご丁寧にありがとうございます。黒崎(くろさき)と申します。宜しくお願い致します。」

当たり障りのない言葉で答える。

「初めてのひとり暮らしだったので、お隣の方が女性で凄く安心しました……あっ、すみませんこちらの都合で物を言ってしまって」

思った事を口にする人なんだと思いつつ無難な言葉を選んだ。

「大丈夫ですよ。初めてでしたら不安も大きいでしょう。私が隣人である事で安心していただけるなら良かったです」

彼女はほっとした顔でこちらを見上げニコッと笑った。

「ありがとうございます。優しいお方で良かった……これからもどうぞ宜しくお願い致します」

「はい。宜しくお願い致します」

静かにドアを締める。

作り笑顔を崩しながら物思いにふけった。

安心?こんな僕が隣人で?

女性でよかった?不完全なこの僕がよかった?

僕だって、お上品に『私』なんて言っちゃって、媚売って……

最初は桐谷麻梨という人物は、僕の胸の中に苦味を残していった……

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