S38、窓側
春嵐
S38、窓側
S38。窓側。席を、探した。
新幹線なんて、乗るのはいつ以来だろうか。
わくわくもしないし、緊張もしない。ただただ、索漠としている。
自分の席。誰も、いない。
誰かがいることを期待した自分を、また、少しだけ惨めだと思った。
シートに座る。良くもわるくもない。スカートが挟まりそうなので、少し手繰った。普通の席。窓側。駅のプラットフォームが見える。小さな子供が、手を振っていて。恋人を見送る人の姿があって。優しげな顔のおじいちゃんとおばあちゃんがいて。
ああいうのが、普通。
そして自分には、その普通がない。ひとりで生きて。これからも。ひとり。
目を閉じた。夢の中なら、ひとりではない。
夢の中には、誰かが、必ずいた。自分に笑いかけてくれる。自分も、笑い返す。
話せないし、触れることもできない。ただ、お互いを見て、ほほえむだけ。
ずっと、夢の中にいたいと、思う。ひとりではないから。でも、それは許されない。夢は、否応なしに、覚める。待っているのは、無味乾燥な現実。
夢の中の、彼に。話しかける。あなたは、誰。本当に、存在するの。
存在しないんだろうな、たぶん。これは孤独な自分が作り出した、幻想的な存在。だから、自分に対して優しい。夢の中に必ずいる。幻想だから。
生まれたときから、ひとりだった。家族もいない。存在感が稀薄で、誰からも認識されない。漫画にはよく似たような男性主人公が出てくるけど、自分は女性だった。特に、意識したりとか恋愛に対して貪欲だとか、そういうことはなかった。
憧れはするけど、最初からひとりだった自分には、異性と交わる機会すら、与えられない。
それでも、誰かに認めてもらいたくて、都市水道の特殊管理員になった。名前の通りの特殊な職業で、水の管理を一手に引き受ける。街の人間が水を使うことができるのは、私がいるから。
でも、水は、この国に住む人間にとって当たり前のものだった。自分がいくら苦心して水の流れを操作して快適にしたところで、誰も私には気づかない。
職責の有能さと仕事の上手さが認められて、新しくできるダムの水引きと新設される水道の間取り作成を任せられた。
自分の仕事を評価したのはAI。今や地方の公官庁の重要判断は、人工知能の職務だった。人工知能は、失敗しても左遷されることがないから。私を見ているのは、機械だけ。
眠りに落ちる。
夢の中の、誰かに、会いに。
やさしく笑う彼に。
彼。
いない。どこへ。
いつもの夢の中。私だけが、残されている。遂に、夢の中からも、見放されたのか。
涙が出てくる感じがする。でも、泣けない。夢の中だから。
私は、本当に、ひとり。
もしかしたら、人工知能さえも、自分を見捨てたのかも。単純に、どうでもいい人材だから、街から飛ばして、見知らぬダムに送ったのかも。
誰も、私を見ていない。
私は、ひとり。
夢の中でも。
現実でも。
ひとり。
目が覚めた。
目元に手を当てる。泣いてさえいない。索漠とした、気分。新幹線の、揺れ。
「おはようございます」
隣の席。
彼が。
いる。
「来ちゃいました。こっちに。うわすごい。速い。これは、新幹線、ですか?」
「どうして」
「え、どうしてだろう。好き、だから?」
「どうやって」
「なんかよくわかんないけど、とにかくがんばって。がんばりました」
これは、夢なのだろうか。
「いつでも、一緒です。あ、名前はないけど本籍と年齢があるので大丈夫。ばっちりです。なんか、街の重要な判断を任せられる偉い人間、らしいです。僕」
彼の表情が変わる。焦りだす。
「これ、もしかして、見知らぬ誰かのこと乗っ取ったり、してませんか。街の重要な判断って」
「それは、人工知能の、仕事、だった」
「人工知能。人じゃないのか。じゃあ僕が代わりでも大丈夫ですね。あらためまして。ええと。自己紹介する名前がないや。どうしよ」
頬に触る。やわらかい。
「くすぐったいです」
「ほんとうに」
「夢じゃないです。現実ですよ」
彼が、手に、触れる。
「あなたに触るって、こんな感じなんですね。暖かい」
S38、窓側。隣には、彼。
「これは、どこに向かってるんですか?」
「ダム」
「ダムか。新設のやつですよね。ええと、じゃあ、僕の名前はダム蔵とかにしようかな。新幹線ダム蔵。どうでしょう?」
「うう」
「はっ。あなたの涙腺が決壊したっ。ハンカチっ」
「もうすこしふつうのなまえがいい」
「わかりました。わかりましたから。なかないで」
「あいたかった」
「僕もです」
「ずっと」
「はい。ずっといます」
S38、窓側 春嵐 @aiot3110
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