第12話 ホーグムの街 (後編)

翌日、デルフさんは人魚族代表や街の有力者、漁業関係者との打ち合わせで忙しくなるということで、奥さんのニーシャさんに街を案内してもらうことに


「コグトスちゃんのおかげでうちの街もいい方向に進むかもしれないわ!時間はかかるでしょうが絶対成功させるってデルフも張り切っていましたし。最近見れない笑顔も見れました」


「よかったです!」


「えぇ!本当にありがとう!今日は何でも言ってちょうだい?美味しいものも一杯食べましょうね」


あれから母上はニコニコしながら僕を撫で続けている……


「あ、あの……ははうえ?」


「なぁに?コグトスちゃん♪」


「いえ……」


あー!言えない!これは言えない!頭撫でるのやめてとか言えない!


案を出して丸投げだけど、それでも喜んでくれるなら本当によかったと思う

この素晴らしい街が廃れるのはもったいないから……あ!


「ニーシャさん、かんこうきゃくがふえたら、まちのせいそうかつどうはどうなりますか?」


「大丈夫よ!そこは抜かりないわ!♪」


「よかった……まちがきたなくなったらざんねんだもん」


「えぇ♪優しいのねコグトスちゃんたら♪うちのお婿さんに……」


「ダメですよ?ニーシャ。うちの長男なのですから」


「シフォニア、それはわからないわよ?うちの娘だって少しばかり脳みそまで筋肉だけど、着飾ればそれなりに美人なのよ?うふふ」


「もぅ!ダメったらダメです!」


母上とニーシャさん仲いいなぁ……そんな騒がしくも楽しい街の散策は日暮れと共に過ぎていった


「そろそろお夕飯にしましょう♪このお店は人魚さんが経営しててね、おいしいのももちろんなんだけど、歌を聴きながらお食事できる場所の一つなのよ。あの計画の候補地ね」


「たのしみです!」


お店の名前も無いんだなぁ……そこは付けるよう言わないとダメかも

中に入ると壁際にステージがあって、それを囲むようにテーブルが配置されてる、ライブハウスにテーブルがあるというか、ショーダイニングというか……

食事を運んでいるのも人魚さんで、テーブル自体は通路より一段下がっている

これは人魚さんに配慮してる作りだ。ステージも見やすくていい


ステージが見やすい席に案内されて、お食事を注文する

メニュー自体は多くはないが、魚料理がメインで、お肉も野菜も頼めるようになってる


「せっかくだからオススメにしましょう。コグトスちゃんもそれでいいかしら?」


「はい。ははうえ」


「今日のオススメは煮魚ね。私は焼き魚にしましょう」


注文して料理が届いたころ、ステージに人魚さんが上がってきた


「あの子はナンナちゃんね……」


少し悲しそうな顔でナンナさんを見ているニーシャさん。なんだろう?何かあるのかな?


そうこうしてるうちに伴奏と共に歌い始めた……あー……わかったよ

でもこれはナンナさんが悪いわけじゃないんだ。伴奏の微妙なズレも正確に拾っちゃってるナンナさん。正確に拾える分すごいんだけど


「ははうえ。いってきていいですか?」


「コグトスちゃん!ごー!よ♪」


ははうえ、キャラが……テンション上がりすぎてるみたい


実は家でもピアノを何度か弾いてる。たまたま足長おじさんが寄付してくれた安いエレクトーンを前世では弾きまくっていた。何の歌か、何の曲かもわからずにひたすら弾いていたの数少ない思い出の一つかもしれない


このレストランはピアノが置いてある。人魚さんたちはハープを使ってるみたいだけど……結構繁盛してるお店なのかな?


ステージに歩いていくと唸っている人魚のお兄さんがいた


「ダメかぁこれは……声はいいんだけどなぁ……」


ステージを見ると少し涙目で必死に歌っているナンナさん


「おにいさん、えんそうしてもいいですか?」


「お?おぉ!演奏したいのかい?いいよいいよ!もう交代させようかと思ってた頃だし、丁度いいかもしれないね」


「あ、ナンナさんはそのままで」


「え!?歌わせるのかい?……うーん……」


「だいじょうぶです」


「まあ、そういうなら……」


演奏がキリのいい所で終わり、肩を落とした姿で涙目なナンナさんがこちらに来る


「すみません……うまく歌えなくて……」


「まぁ……諦めてもらうしかないかもしれないが、この子がナンナに歌ってもらいたいそうだ」


「え……」


「ナンナさん、ぼくがばんそうするのでうたってくれますか?」


「でも……」


「だいじょうぶです。さいしょはきいてください。それからあわせましょう」


「わかりました……もう最後ですし、やってみます」


そういってもう一度ステージに立つナンナさん

お客さんもなんだか少しがっかりしているが、ピアノに座る僕を見て少し色めき立つ

ざわざわしてきたけど、ナンナさんに目配せする。大丈夫だから


僕は第九を弾く、弾いてはナンナさんに「ら~ら~」と合わせてもらう、弾いては合わせてもらう

次第にお客さんも静かになってきた


そう、さっきまでの伴奏は音をずらしたまま演奏していたのだ

彼女はそれを正確に歌いきっていた。だけど、推測でしかないが、原曲とちょっと違ていたのだろう。それを知っている人たちからすれば残念な歌になっていたはず


伴奏の嫌がらせだ。どんな理由かは知らないけどそういうことをする人は居るのだ

その辺りのことは後でお兄さんに話しておこう


最後に通しで合わせてもらう、彼女も少し笑顔になってきた。



歌切った彼女はたくさんの拍手と共にステージを降りた。僕は思ったことをさっきのお兄さんに告げ、ナンナさんと握手してから母上達の元に戻る。



きっともう大丈夫だから。



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