最終話 「――20XX年、温かく、穏やかな日。」


 ――20XX年、温かく、穏やかな日。




「コーヒーでいいよね」

「ああ」


 自販機のボタンを押して紙コップが取り出し口に一つセットされ、その中に自動でコーヒーが注がれ始めた。


「あ、やっぱお前の顔見たらメロンソーダ飲みたくなった」

「ははは。懐かしいね。メロンソーダあるの?」

「あるよ。リストにあったから入れといた」

「あ、本当だ」


 コーヒーを取り出し、続けてメロンソーダのボタンを押し、同様に紙コップがコトッと音を立ててセットされ、数秒後に完成されたメロンソーダを受け取った。


「サンクス」


 メロンソーダを受け取り、そのまま日光の差し込む窓際の席に行き、向かい合って座る。


「会社、立派だね」

「ここまで色々あったけどな」

「少し聞いてもいいかい?」

「そうだなぁ……」


 俺はテーブルの上に紙コップを置き、頬杖を突きながら窓の外に目を向ける。


「『えもため』から歌わない勢を連れてこの会社を立ち上げて、それから3年くらいは綱渡り状態の経営だったなぁ……。

 大量脱退の後の大量転生で裏切り者呼ばわりのバッシングのアンチコメがえげつなかったから再生数が全然伸びなくて収益が生まれなくて、所属配信者への生活保障金で会社の金庫はカツカツになって、実のところ本当にヤバいところまでいったんだけど、そんな時に月の音が無利子で結構な額を貸してくれて、それから少しづつ活動が軌道に乗って、所属してるみんながノビノビできるようになってきて、月の音への借金を少しづつ返済して、借金完済の頃には約配信者30人を抱えていた」

「月の音さんが……。彼女も今では社長ですし、配信者というものは僕らが始めたばかりの頃より当たり前の存在で、ちゃんとした職業になりましたね」


 今や配信者としてでなくても個人が自己記録の為に配信をする事が当たり前となっている。


 もちろんそこから人気配信者になったり、中には芸能人になったり、人生を飛躍させる人が増え、生まれも育ちも関係無く、誰もがクリエイターになれる時代に突入していた。


 俺はといえば、とっくの昔に配信者を引退し、無事に世代交代を果たし、今は若き配信者達をバックアップする立場にいる。


「そっちは順調に出世して、今は、えーっと……、次長? って、どれくらい偉いの?」

「まぁ、それなりにかな」


 貰った名刺と本人を見比べながら訪ねたが、皺の年季が入っているものの、昔と変わらない笑顔で質問を躱された。


「そういえば息子さんが20歳になったよね。おめでとう」

「ああ、ありがとう。でも地方大学に決まって一人暮らしを始めてからは全然こっちに帰って来ないから、俺達の子育てはあいつが18になった時にひとまず終わってたのかもな。

 そっちはこれからだっけ?」

「うちは上の子が今年18歳で成人。そして受験。下の子は16歳だね」

「2人とも女の子だっけ? 大変だな」

「不惜身命で子育てしているつもりだけど、結局最後は妻に頼ってばかりで不甲斐無いよ」

「マジかぁ……。ウチは息子で良かったぁ……」

「息子さんは配信者にはならないの?」

「ウチのは配信者になるつもりはないらしくて、どっちかってーとワールドクリエイターになりたいらしくて、プログラマーの勉強を頑張ってるよ。

 ちっさい頃から『ママが難しいって言うサーキット作るんだ』って言ってたからな……。

 そっちこそ女の子なんだから配信者になったら人気出るんじゃないか?」

「ははは。長女は内向的だから考えたことも無いだろうけど、次女はもしかしたらやりたいと考えているのかもしれない」

「マジかよ。本当になるならウチに履歴書送るように言っといて」

「いや歌うのが好きだから、月の音さんの事務所に興味があるみたい」

「あ、はい。ガンバッテクダサイ」


 ――コンコンコン。

 

 2人とも子供の事となると話が尽きない親バカになったと笑いあったところに、我が事務所ではなかなか見かけないスーツ姿の四十代くらいの男性が入り口で最敬礼をして休憩室にやって来た。


「お話し中に失礼いたします。次長。そろそろ会議のお時間になりますので……」

「ありがとう。すぐに行くよ」


 上役になっても部下からの報告に対して一言目に「ありがとう」とくるあたり、あの頃と本質は何も変わっていないのだろうなと率直に思った。


「さーて、世界平和の為に作戦会議といきますか」


 俺も移動の為に立ち上がり、背中を反らせて伸びをする。


「世界平和って……。次長と同じ事を仰られるんですね」


 立派な大人が不思議そうな表情を浮かべ、それが何だか面白くて口角が自然と上がった。


「荒唐無稽ですよね」

「いえ。私も次長の夢に夢を見させていただいていますので」


 恥じる様子も無く即答する姿に、良い部下を持ったんだろうと俺も何だか嬉しくなった。


 俺達は一度解散し、それぞれ資料をまとめたノートパソコンを抱えて会議室の扉を開く。


「デジタル庁から参りました。白神です。こちらは部下の佐伯です」

「動画配信会社『モーメント』副社長の黒木です。こっちは専務の岡田です。

 本日は遠方までご足労いただきましてありがとうございます」

「この度は政府民間意見交換会にご協力いただきありがとうございます。

 本会の趣旨といたしましては、若年層の成長過程におけるインターネット利用の有用性と危険性についての討論会となります。

 とはいえ今回が初回という事もありますので、箇条書きのように普段から考えている事を発言いただき、次回以降に繋げていく方針で参りましょう」


 白神の部下である佐伯さんが進行役を担い、和やかな話し方も相まって、堅苦しい会議というよりも懇親会みたいな雰囲気になり、話は予定時間いっぱいまで尽きなかった。


「そろそろ時間になりますね」


 白神の言葉に全員が壁掛け時計に目を向け、フーっと肩の力を抜くように息を吐いた。


「次回は来月を予定としておりますが、日程についてはまた後日追って連絡させていただきます」


 佐伯さんのまとめによって意見交換会初回はお開きになった。




 俺と岡田さんは会社の入り口まで白神と佐伯さんを見送りに来ていた。


「お見送りありがとうございます」

「お気を付けてお帰りください」


 辞令的な挨拶を交わし、予定を遅れたタクシーの到着を待っていた。


「あの、黒木副社長。私的な質問を2つほどさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい。何でしょう?」


 佐伯さんの問い掛けにその場にいた全員が注目した。


「ありがとうございます。

 では早速1つ目ですが、貴社のエントランスの社訓の一項目に『世界平和』と掲げられていますが、いつからその目標を抱き始めたのですか?」


 たとえ佐伯さんが世界平和を信じて掲げていても、他人が世界平和を口にしていて言葉通りに信じられるかと言われれば、根拠を聞きたくなるのも当然だろう。


「……そうですね。前の事務所で俺より先に引退したヤツがいたんですけど、俺が会社設立に悩んでいる時にアドバイスを貰って、その時に夢は世界平和って言ってて、そんならちょっと手伝ってやるかって」

「そうだったんですか……」


 俺の回答に佐伯さんは平坦に納得の言葉を口にしたが、質問の声のトーンからすると、ガッカリしていたのは明らかだった。

 たぶん自発的に世界平和を掲げたのではなく、他人に感化されて目標とした事に少しガッカリしたのだろう。


「――という始まりだったんですけど」


 今更、自分の信条をさらけ出す事に恥を覚える歳でもないし、これから手を組む新たな仲間には伝えておくのも悪くない。


「世界平和ってやつを考えた時に自分に何ができるのか、何をやっていかなくちゃいけないのかって考えたんです。

 で、平和って単語で色々検索しているうちに世界で実際に起きた逸話に行きついきまして」

「逸話ですか……」

「その国は長きにわたって東西で内戦を続け、他の国から停戦を求められても聞く耳を持たず、国民は苦しむばかりだった。

 だけどある日、その国から銃声が止んだ日があった。それは東だけじゃなく、西も攻撃の意思を見せなった。

 銃声が止んだその日は、その国が初めてサッカーワールドカップ出場を果たし、そして勝ち点1を獲得した日で、その日だけは西も東も関係無く、誰もが自国の勝利を願い、応援していた。

 その日を境に国内は戦争反対の声が大きくなって、3か月後、内戦は収束した。

 他にも戦争している砂漠地帯に雪が降った日だけは両軍が攻撃を止めたとか、そういう話がたくさんある中で俺は思ったんです。

 楽しい瞬間。笑える瞬間。何かに夢中になれる瞬間。人生にそんな瞬間があれば、そういう時間で心が満たされる経験があれば、人と人は争わずに済むんじゃないかって。

 それが世界平和に繋がるんじゃないかって」


 岡田さんはうんうんと頷き、白神は満足そうに笑っていた。


「ありがとうございます。

 ……自分に壊されたくない大切なものを持っていれば、他人だって形は違っていても同じものを持っているって考えるようになりますもんね」


 佐伯さんは俺の話を聞いて噛みしめるように顎に指を当てて小さく頷いていた。


「もう1つの方は何ですか?」


 俺が問い掛けると佐伯さんはハッと顔を上げ、そして恥ずかしそうな表情を見せ、初めて体面を考えていない素の部分をのぞかせた。


「その、実は私、中高生時代に『えもため』にどっぷり浸かっておりまして、差し支えなければ黒木副社長の活動時代の名前を教えて頂けたらと……」


 消え入りそうな佐伯さんの声に思わず笑いそうになる。


「岡田さん。引退してるし、教えても大丈夫ですよね?」


 問題は無いと認識しているものの、一応、権利とか法的にどうなのか岡田さんに確認を取る。


「口外しないと約束してくれるならイイよ」

「もちろん! 誰にも言いません!!」


 岡田さんのOKに佐伯さんは子供のように目をキラキラさせ即答した。


「配信者時代の俺の名前はクロードです」

「――!!」


 佐伯さんは口と目を大きく見開き、言葉を発せないくらい驚いた様子だった。


「遥か昔の話なのに今でもこんなに喜んでくれて、あの頃、配信していて良かったっす」

「す、すごい! 私の中でクロードと蘭丸さんのコンビは青春と共に刻まれてますよ!」

「『さん』を付けろ、『さん』を!!」

「うわー! 本物だー!!」

「この歳になって当時と同じテンションでこれを言うとは思わなかったわ!!

 そんなテンションだったら、隣のヤツの正体知ったらビビり散らかしますよ」

「隣、ですか?」


 佐伯さんは俺の言葉を受けて隣に立つ白神に目を向ける。


「もしかして次長も……?」


 我関せずの顔をしている白神にも巻き込み事故をぶち込んでやったが、過去をバラされようとしているのに、白神はあの頃のように飄々とした涼しい顔のままだった。


「そうか。佐伯君には話した事が無かったね。

 僕も昔、『えもため』に所属していて、配信者名は武者小路蘭丸。

 クロードとよくコンビを組ませてもらっていた蘭丸だよ」

「――っ!!!!」


 半世紀くらい生きてきて、俺は人が言葉だけで驚いて腰を抜かす瞬間を初めて見た。


 ――あー……、これは蘭丸ガチ勢だわ……。




 俺達が生きている間に世界平和の本懐を成せるかは分からない。


 俺達に出来るのはせいぜい今日の5分、10分、笑える時間を作れるかどうか。


 それでもその積み重ねの先に俺達の望む未来があると信じて、今日も明日も明後日も、この配信活動をススメていく。




   配信のススメ 完











 あとがき


 本日「配信のススメ」を書き終えました。


 書いていない期間を除けば、約一年半の連載にお付き合いいただきありがとうございました。


 これまで多くの方々に読んでいただき、同時に様々な形の評価をいただきまして、重ねて感謝いたします。




 基本、クロードの配信活動の一部を切り取った一話読み切りをコンセプトに執筆していましたが、どうしても一話に納まらないエピソードが出てきてしまった所は、これからの改善点と思い、精進して参ります。


 それから、世界平和なんて言葉が最後に多く出てきてしまった事、昨今の世界情勢に引っ張られてしまったと思っています。

 不快に感じた方がいらっしゃいましたら、申し訳ございません。


 とはいえ私自身はこの作品を書き切れて、今は充実した気持ちでいっぱいです。




 今後の活動予定ですが、8月は丸ッと休んで、最速9月に再開できればと考えています。


 それまでの間、ここまで読んでくださった皆様にはもう一度初めから読み直していただいたり、チャンネル登録や高評価、欲を言えば、お知り合いに宣伝していただけたら、8月は毎日ホクホク顔で過ごせると思います!!


 最後に改めまして、ここまで閲覧やメッセージという形で応援いただきまして、心からありがとうございました。

 また次回作で再会できる事を願っています。



    國澤 史   22/7/26

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配信のススメ 國澤 史 @kunisawa

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