第21話 「じゃあな、友よ! 幸あれ!」

 

 ――20XX年、3月31日。武者小路蘭丸、引退当日。




「ぞづぎょうじでもがんばっでぐだざい!!」

「ありがとうございました。

 私も桜庭さんのこれからの活動を陰ながら応援させていただきます」


 号泣しながら通話を終えた後輩の後、俺の出番になった。


「では次が最後のゲストさんになります」


『もう最後か……』

 ――チャリーン。10000円。

『今までありがとう! ずっと大好きだよ!!!!』

 ――チャリーン。5000円。

『卒業おめでとう! 最後のゲストはやっぱり、あの人でしょう!』


「投げ銭ありがとうございます。

 コメント欄の中には気付いている方もいらっしゃるみたいですね。

 では最後のゲストさんをお呼びします。

 ゲストの方、こんばんはー」


「……ちわーす。皆さんこんばんはー。クロードでーす。卒業おめでとうございまーす」


『ですよねー』

『知ってた』

『この絡みも最後か……』

『最後に絶対観たかった組み合わせ』


「最後はやっぱりクロードに来ていただきました」


 俺は今日配信をしていない。

 俺が配信をする事で蘭丸と視聴者を二分してしまう可能性があり、それを避ける目的から配信はしないと決めた。


「クロードと私はえもため一期生で、ストリーマーの業界に一切の知識を持たない私に、クロードは沢山の事を教えてくれましたね」

「最初はマジで何も知らなかったもんな。

 古来からあるネタとか全く通じなくて焦った記憶があるわ」

「そうそう。そういう阿吽的なものもクロードに色々教わって、それから見てくださる皆さんからも沢山の事を教わりました」


 ――チャリーン。5000円。

『蘭丸さん、何でもちゃんと聞いてくれるから、こっちも教えてて楽しかった!』

 ――チャリーン。3000円。

『私も知ったつもりだったネタとかも起源とか知れて勉強になった!!』


「では少し思い出話をしましょうか。

 デビュー初配信は本社のスタジオから2人でお届けしましたね」

「そうだったな。今じゃコメント拾ってフリートークでいくらでも時間潰せるけど、あの頃はまだ台本頼みだったなぁ。

 でも蘭丸は詰まる事無く台本通りに進行してたよな。

 コイツ、緊張してねぇのかって、内心驚いてたな」

「進行については台本があれば。

 中高の生徒会や大学の研究発表などでそういった機会は経験していましたので。

 でも今だから言える本音は、緊張で台本通りに進行しなくてはという事しか考えられず、クロードと何を話していたのか記憶に無くて、翌日、配信アーカイブを見直してこんな話してたのかって、1人で笑ったのを覚えています」

「適当に相槌打ってたんか! 知りたくなかった事実!」

「コラボも沢山しましたね」

「したな。

 配信活動はゲームが中心だったけど、何が一番おもろかった?」

「そうですね。どれも楽しかったですけど、一番となると……」


 少し沈黙した蘭丸。

 俺にはモニターの前で頬に手を当てながら考えてる蘭丸の姿が容易に想像ができた。


「俺は月の音と3人で『オールオアナッシング』やってチーター討伐チャンピオンかな。

 月の音のデビューの日にチーターに勝つなんて、ヤラセと言われてもおかしくないくらいに出来過ぎた1日だったなぁ……」


 今でもあのチャンピオン画面を鮮明に思い出せるのに、それがもう2年くらい前の出来事というのが噓みたいに思えてならなかった。


「私も印象深い思い出ですけど、ゲームを触って来なかった私としては『ワールドクラフト』の自由度と可能性に感銘を受けました。

 後輩の皆さんとも沢山遊びましたし、『ワールドクラフト』は私の配信者としてのコミュニケーションツールとして一番の出会いだったと思います。

 『ワークラ』でイベントなども沢山催して、運営するのも、参加するのも、どちらも楽しかったです」

「『ワークラ』も結構一緒にやったけど、蘭丸の建築技術はエグイもんがあったからな」

「クロードはずっと豆腐建築ばかりでしたね」

「うっさい! 俺は効率重視なの! 屋根とベッドと倉庫があれば他はいらんねん!!」


「あ! あれもありましたね!」

「あった、あった! それを言えばその後にさ――」


 思い出が思い出を呼び出すように、次々にエピソードが思い出され、話が途切れる事はなかった。

 だけど――。


「――ちょっとトイレ行ってくるわ」

「はい。いってらっしゃい」


 ――危なかった……。


 席を立ってトイレに向かう。


 トイレを済ませて台所で手を洗い、手を拭くのも忘れてしばらく蛇口から流れる水を見つめていた。


 ――まさか泣きそうになるなんて思わなかった。


 白神と出会って、それからの日々が脳内を駆け抜け、段々『今』に近付いて、もうそれより先が無いと思ったら、目頭が熱く、痛くなって涙が出そうになっていた。


「ふー。よし!」


 水で顔を洗い、タオルで乱暴に顔を拭いてパソコンに戻ってヘッドホンを付けた。


「――者さん達とコラボさせていただきましたけど、クロードと最初に出会えたのが私にとって、一番の幸運で嬉しかった事ですね」

「――っ!」


 会話を途中で途切れさせないように少し蘭丸のトークを聞いてタイミングを計っていたら思わぬ不意打ちを食らい、引っ込めた涙がまた込み上げてきた。


 深呼吸を繰り返し、何とか涙を引っ込める。

 落ち着いたところで勢いに任せて通話を再開する。


「戻りやしたー。

 そろそろ予定では終わりの時間だよな。確か」


 事前に何時くらいに呼ばれて、何時に終わるのかスケジュールを蘭丸から聞かされていた。

 時計はとっくにその時間を過ぎていた。


「そうですね。では、そろそろクロードとの通話を終わらせて、皆さんに最後の挨拶をさせていただきましょうか」


 蘭丸にしては珍しく時間を忘れていたのか、それとも俺が最後のゲストだから話せるだけ話すつもりだったのか。

 俺の言葉で蘭丸は進行を一個進める事にしたようだった。


「ちょっと待って。確認したいんだけど、この配信ってアーカイブ残んないんだよな?」

「残らないというか、今日から2週間後に私のアーカイブ全部が削除されます」

「2週間……。まぁ、2週間ならいいか……。

 ちょっと俺から、卒業する蘭丸に一応贈り物というか、餞別があって」

「本当ですか!? ちょっと聞いてない展開なので、正直驚いているんですけど」


『なになに?』

 ――チャリーン。3939円。

『サプライズな展開?』

『流石同期!!』


「ちなみに俺は今日配信をしていないし、この配信のアーカイブも2週間で消える事が確定してる。

 つまりは関連する切り抜きも同様に2週間で消える事になってるから、という事はデジタルタトゥーは2週間で消えるって訳だ」

「……まぁ、そうですね」

「では、蘭丸の餞別に歌います」

「おおー!」


『キターーーーーー!!』

『キター!!』

『確認取りすぎwww しかも残さないトコがセコイwww』


 これまで配信では一切歌ってこなかった俺が歌を歌う宣言をしたことにより、コメント欄はエグイ速度で流れ、沸きに沸いていた。


「いや私、クロードの歌好きなんですけど、本当に気まぐれにしか歌ってくれないんですよね。嬉しいな!

 何を歌ってくれるんですか?」


 画面越しに蘭丸がワクワクしているのがビシビシと伝わってくる。


「あんま期待されんのもイヤなんだけど、時間を取ってもしゃーないんで、サクサクいかせてもらいます。

 ……この曲は中学の時に同級生が卒業前の集まりで歌っていたので初めて聞いて、そこから好きになった曲で、俺の中では道別つ友の背中を蹴っ飛ばして応援するって感じの曲で、そういった意味でこれを選曲しやした」

「それは嬉しいですね」


『長い長いwww』

『早よ歌えや!www』

『もしかして緊張してる?』

『ここにきてまだ説明wwwwwwwwwwwwwwww』


 人前で歌う緊張から二の足を踏んでいると、視聴者から急かすコメントが嵐のように湧いていた。


「うっさいわ! 俺だって緊張すんねん!!

 ……はぁ。じゃあ歌います。

 アジアンカンフージェネレーションさんで『ソラニン』」


 カラオケサイトから音を拝借し、静かにイントロが始まり、俺は歌い出しに合わせて鼻から息を吸った。


 最初こそ気恥ずかしさがあって声が出てなかったけど、蘭丸へ感謝を伝える最後の機会だと思って、近所迷惑も厭わずに思い切り声を出した。


 歌いながら、また蘭丸と過ごした日々の些細なアレコレが思い浮かび、自分がちゃんと歌詞を守って歌えているのか、全然分からなくなっていた。

 だけど、歌詞が間違っていたとしてもどうでも良かった。

 とにかく、今はこの約4分に蘭丸への感謝を詰め込む事だけに集中していた。


 大サビ前の僅かな間奏で乱れた呼吸を整える。


 もうすぐこの時間も終わり、そして配信者としての蘭丸との繋がりが終わる。


 浮かぶ淋しさをグッと抑えて、大サビに向けて息を吸い込む。


 大サビを歌い終えて、蘭丸を見送りたいとか、まだ一緒に活動していたかったとか、正負綯い交ぜになった感情で最後にがむしゃらなシャウトをして、あまり余韻を残さずに曲が終わった。


 ――チャリーン。10000円。

『初めて聞くけど、良かった! ちょっと泣いた!!』

 ――チャリーン。10000円。

『上手い訳じゃないけど、めっちゃ心にキタ!!』

 ――チャリーン。10000円。

『クロード唄えるやん!! アンコール! アンコール!』


 視聴者が俺の歌を投げ銭というかたちで称賛してくれていたけれど、俺はその言葉を素直に嬉しいと感じられるような心境にはなかった。


 ――終わった。


 シンプルに頭の中に浮かんだ言葉だった。

 明日からは蘭丸と同じ環境で同じ目標を見据えて、話し合ったり、笑い合ったり、落ち込んだり、そういった感情の共有がもう二度と無い。

 分かっていた、覚悟していたつもりだったけど、それでも机の上に置いた手は無意識に硬い拳を作っていた。


「……ありがとう」


 数分の無言の後、蘭丸がいつもの通り、穏やかにただ一言、そう言った。


「……俺も、ありがとう。蘭丸がいたから――蘭丸じゃなかったら頑張れなかった場面ってたくさんあった。

 これからきっと何か困難に遭った時、蘭丸ならこの問題にどんなアプローチをするのかって俺は考えながら当たっていくんだと思う。

 それぐらい蘭丸には頼る部分があったって、今、話しながら気が付いた」

「私もクロードに教わった事を糧にこれからの日々を歩んでいきます」

「教わった事って何だよ?」

「まぁ、……色々ですね」

「思いついてないやん。でも、俺から何かあげられるモノがあったのなら良かった。

 じゃあな、友よ! 幸あれ!」


 俺は別れの言葉を投げつけ、蘭丸の返事を待たずに一方的に通話を切り、そのままの勢いでパソコンの電源も落としてベッドに飛び込み、枕に顔を押し付けて声が漏れないようにして、泣いた。

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