第20話 side月の音「生涯タイマンでは勝てないかもと思ったのはアンタだけなんだぞ!」


 ――20XX年、3月下旬。最終金曜日。




「ちょっとは落ち着いた?」


 月の音かぐやはようやく涙の止まった友人に優しく声を掛けた。


「帰ったらあのバカには私から言っておくから、本当にゴメンね」


 ハヤテは所属しているプロチームで伸び悩み、チーム内の大会出場権を失い、気落ちしていた。

 それを聞いた月の音はハヤテを励ますべく外へ連れ出し、共通知人の黒木を呼び出して賑やかに楽しもうと画策していたのだが、思惑は月の音の狙い通りには運ばなかった。




「……ハァ。

 やっぱりアイツを呼ぶのは失敗だったかしら……」


 蓼食う虫も好き好き。

 ――普段ハヤちゃんと話していると節々に黒木の名前が出てくるから、もしかしたら『そう』なのかと思って黒木に声を掛けたんだけど、アイツのコミュ症が悪い方に出たな……。


「……ツキちゃん」

「はい!! ど、どうしたの?」


 思案していたところを急に話し掛けられ、自分でもビックリするような声が出た。


「……黒木さん。私に練習しろって言ってたの。

 サードドライバーを奪い返せって」

「アイツはそういうプレッシャーを受けた事が無いから分かんないのよ。

 私だって気分が乗らない時はどっか行って買い物したりして――」

「――私、もうちょっと頑張ってみる」


「へ?」


 ――今、何と?


「黒木さん、私の速さを認めてくれていた。信じてくれていた。

 それだけで、私、もう少しだけ頑張れそう。

 今すぐにでも練習したい!」


 そう言って私と目の合ったハヤちゃんは、過去一キラキラした表情をしていた。


 釈然としない。


 ――いや、確かに今日はハヤちゃんを元気付けるのが目的だったのだから、元気を取り戻してくれた事を素直に喜ぶべき。

 そもそも黒木を連れて来る案を出した事が私の超ファインプレー。

 MVP。

 のはずなのに。


「あのね、実はプロになるか迷っていた時にも黒木さんに相談した事があって、その時にも今日みたいに叱られたの。

 『チャンスを掴まない理由は無い』って。

 それで私はプロになろうって覚悟を決めた事を、さっきまた叱られて思い出した」


 ――うん。イイ話になってるけど、完全に疎外感。蚊帳の外。

 ハヤちゃん、メスの顔になっとるやんか。


「怒られてヤル気が出るなんて、何だかヘンだね。フヒヒ……」


 恋する乙女の充実した笑顔を目の前に、私は飾らない感想が思わず口をついていた。


「ヘンっていうか、ドМでしょ」

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