第18話 「好みの企画を配信してる時に全力で楽しんでくれたらと、そう思いますです」
――20XX年、2月中旬。
――チャリーン。1000円。
『世間がお菓子業界の策略に流されてて、俺の目には滑稽に映る』
「あいうえおさん、1000円ありがとうございまーす!
バレンタインがお菓子業界の策略だなんて使い古された陰謀論を盾にして自分の心を守るな!
悔しかったんだろ? じゃあ来年貰えるように、自分の価値を上げる努力をしろ!
捨てアカの名前かと思ったけど、『愛飢え男』なんだろ?
本気で貰いたかったなら1年頑張ってみろって!
……えー、ちなみに俺は視聴者からの大量のチョコが事務所に送られてきましたよ。と」
『視聴者相手に死体蹴りすなwww』
『最後で一気に突き放すなよwww』
『サイテー過ぎんだろw』
『同じ男として最低限のラインは超えるなよ』
『遥か高みから俺達を見下ろしてやがるwww』
俺は今日も今日とて普段通り、バカ話をしながら配信をしていた。
――チャリーン。200円。
『最近えもための配信者さん達がたくさん歌投稿をしていて、聞いてる私は嬉しいのですが箱内で流行ってるんですか?』
「四毛猫さん、200円ありがとうございまーす!
まぁ、流行ってるんかな?
蘭丸が立つ鳥跡を濁す感じで引退後にも寂しくさせないようにカバー曲の投稿を積極的にしてて、それが他の配信者に伝播したって感じかな。
先に言っておくけど、俺は歌わないからな」
予め釘を刺しておくと、しばらくコメント欄はブーイングの嵐になった。
「黒木も歌えば良いのに」
翌日、打ち合わせの合間に月の音と休憩室でバッタリ会い、社内の歌ブームについての話題になった。
「イヤだ。絶対に歌わない」
「うわ、頑な。
でも前に白神さんはカラオケで聞いた黒木の歌声は味があって良いって言ってたけど」
「……あいつはゲテモノ食いなんだろ。
あと、俺にも『さん』を付けろよ」
「それはさておき、最近ちょっと困った事になってるのよ」
「せめて『さん』を付けてから話を変えろよ。
……で? 困ったって、何が?」
月の音はどこから話したものかと、手に持った水筒をジッと見つめて何やら思案して、水筒の中身を一口飲んだ。
ちなみに中身は喉のケアになる特性ドリンクらしい。
「……最近の配信で、ちょっと、ね」
「配信? 何か問題でもあったん?」
「うーん……。ありがたいっちゃ、ありがたい事ではあるんだけれども……」
相談を持ち掛けてくる割には歯切れが悪く、愚痴だけの困り事ではなさそうだった。
「厄介なタイプのファンか」
月の音はハッと目を見開き、驚いた表情で俺の顔を見た後でハの字眉の笑顔を作った。
「……まぁ、……そんなとこ」
「モデレーターさんには相談したんだろ?」
「した。だから今後は荒れまくりって事にはならないと思うけど、ずっと張り付いててもらうのも申し訳ないし……」
「そんなヤバいわけ?」
「ヤバいっていうか、ヤバいはヤバいんだけど、元々アンチだった訳じゃなくて、ちょっと行き違いというか、タイミングが悪くて怒っちゃったみたいで……」
「闇落ちしとるやん」
「始まりが好意的だった分、私もブロックで切り捨てるって事をしたくなくて……」
「あー……、なるほどねぇ……」
詳しく話を聞いていると、その闇落ち厄介視聴者は月の音の配信に必ず現れ、必ず投げ銭をしてくれる月の音の熱狂的なファンだったらしい。
因みに時報の人とは違う人らしい。
「ここ数か月で観に来てくれるようになった人なんだけど、『歌での私』を好きになってくれたみたいで、FPSとか他のゲームをやってたりすると投げ銭で歌配信しろとか、とにかく自分の要求を連投してくるのよね……」
月の音は本当に困ったようにため息を吐いた。
「ブロックすりゃ解決なんだけどな」
俺の当たり前の感想に、月の音は苦々しく笑いながら答えた。
「うーん……。でも、私を好きで観てくれている訳だから。……それに」
「それに?」
困り顔だった月の音の表情が引き締まり、月の音が本当に悩んでいる事がひしひしと伝わってきた。
「私の事が嫌いになって他の人を観るようになったとして、そこでも同じように要求を連投して配信者さんとその配信者さんの視聴者さんのどっちも傷付くような事態になったら、それはイヤだなって……」
月の音は厄介視聴者の未来まで考えているのに、その気持ちが当事者に届いていないもどかしさが、何とも気の毒というか、配信者と視聴者のよく耳にするすれ違いエピソードに眉をひそめるしかなかった。
「こっちがそこまで優しさを出してやらんといけないもんかね。
お前ネット向いてないよって突き放して教えてやるのもアリなんじゃね?」
メロンジュースを注ぎに席を立ち、紙コップに注ぎながら振り返る。
「こっちはそいつの為に――ていうか、厳密に言うと俺達って自分が楽しいって思う事を垂れ流してる訳であって、特定の誰かの為にやってるのではないじゃん?
一人の為にそこまでこだわってたら、そのうち自分の自由がなくなるぞ」
「……うん。分かってるつもり。社員さんとも話し合って対応を考えてみる」
そう言って月の音は席を立ち、月の音を見送ってから俺も残っていた紙コップの中身を一気に飲み干し、打ち合わせの会議室に戻った。
――チャリーン。5000円。
『月の音さんがお気持ち表明した事でちょっと炎上してたので、フォロー入れてあげてください』
数日後、配信をしていると俺に高額の投げ銭が届いた。
「ムラサキのむらさきさん、5000円もありがとうございまーす!」
『たぶんゆかり』
『紫って書いてゆかりって読む。一つ学びを得たな』
『ゆかり、な』
「あー、ウザいウザい。生暖かく指摘すんなって。
炎上してんね。励ませって言われてもなかなか難しい所ではあるんだけど、紫さんを安心させる為に言えるのは、事務所が相談に乗ったり、法的に守ってくれるから大事にはなりにくい、とは言っておこうかな」
月の音は自分の配信の中で配信方針について語り、その後、紫さんの言う通り炎上している。
月の音は一週間の配信のスケジュールを週末に公開し、視聴者のみんなに予定を確認して遊びに来てくれと提案をした。
もちろん、ハマったゲームなどがあればそっちを優先したりする事はあるとも付け加えていたが。
これはスケジュールを公表することで視聴者自身で観る観ないの取捨選択をできるように、配信が始まって好みじゃない内容にガッカリしないようにとの試みだったが、この試みがなかなか面倒くさい炎上をした。
炎上は月の音の管轄外――配信終了後に月の音の提案を受け入れられた勢力と受け入れられなかった勢力の対立であって、主役不在の場外乱闘が繰り広げられているというのが全貌だ。
『でも企業勢なんだからファンのニーズには応えるべきなんじゃないの』
――まぁ、これが燃えている要因の一つなんだよな。
「そういう声があるっていうのは分かるし、一定の理解もしているけど、でも前提として月の音が遊んでいるところをみんなが見に来ているんだから、月の音の気持ちが一番大事じゃない?」
『企業所属で個人じゃないんだから、やりたい事だけをやるっていうのは許されないと思う』
「その部分はライブとかで補ってもろて。ライブとかイベントの時は100パーセント、ファンに向けてやってる。
それ以外は好きなようにやらせてくれや」
『それはそう』
『でもイベントって大体都市部でやるからド田舎地方民にも気をかけてくれたら嬉しい』
『視聴者側の声が大き過ぎる』
『向こうの配信観たことあるけど、投げ銭ばっかであんま好きじゃない』
『あんまり言いたくないけど、あそこは偶像崇拝が過ぎる傾向がある』
『ここのみんなは配信者よりも見てる俺ら側に問題があるって考えてんの好き』
俺の配信は普段から視聴者に過度な夢をみせるような配信スタイルではないからなのか、コメントの節度的によく弁えていると思う。
どんなに煽ってくるようなコメントでもそれまでの流れをちゃんと踏んでいるし、たまに突拍子のないコメントが来たとしてもガン無視してログの彼方に流してくれている。
「あと皆様から金を頂戴している分際でありながら、矛盾しているというか、これは配信者として間違ってるのかもしれないけど、金で何かを要求されるのが単純にヤダ。
金積まれてその要求を飲む方もアタオカだし、要求する方は金の使いた方が下品で嫌い。
じゃあ俺が配信してるけど、仕事とかバイトとかで離脱するから投げ銭で配信終わってくれって言われたって俺は続けるしな」
『確かに金で頬を叩くのは下品』
『あり得ないけど、配信者がそれに従ったらリスナー間でも財政格差が生まれる』
『そもそも投げ銭って応援であって要求じゃないんだよね。それを理解できてない視聴者が増えてきたのかも』
「配信者側もコメントとか見て、次は何しようかとか考えているから、好みの企画を配信してる時に全力で楽しんでくれたらと、そう思いますです」
図らずも、する気のなかったお気持ち表明をしてしまい、それ以降は何だかゲームをする気持ちに心を持って行けず配信を短時間で終えてしまった。
翌日、俺のお気持ち表明が早くも切り抜きされていた。
――「人気配信者、ワガママ炸裂!!」
『金で何かを要求されるのが単純にヤダ。金積まれてその要求を飲む方もアタオカ』
「おいーっ!! もっと前後の文脈があったやろがいっ!!
でも人気配信者という響きは好きぃ……」
悪意しかない切り抜きにより、ちゃんとSNSで炎上した。
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