第17話 「とりあえず今のところ俺は辞めるつもりは全くないよ」


 ――20XX年1月。




 蘭丸の引退宣言は年末最後の衝撃事件として配信者界隈を震撼させた。


 俺も月の音も、勿論、春原さんも漣も何も聞かされていない寝耳に水で、春原さんと漣は蘭丸に矢継ぎ早に理由を聞いていたが、翌日の予定もあって蘭丸は帰らなければならず、詳しい話は追及できずに解散となってしまった。




「――で、配信しててもずっと蘭丸くんの引退について何か知らないんですかって延々と聞かれてて、今はまともな配信にならん」

「それは迷惑をかけるね」


 年始一発目のイベントの打ち合わせの合間、俺は白神に当てこすりのように愚痴ってみたが、机を挟んで正面に座る白神は屈託なく微笑み返し、正に暖簾に腕押しだった。


 柳みたいな態度に少しの憎たらしさを覚えつつ、脱力しながら背もたれに寄りかかって、手に持った紙コップのメロンソーダをしみじみ見つめた。


「……まぁ、『蘭丸』の活動は最初から大学在学中までみたいな雰囲気があったからな。

 勿体ないとは思うけど、本人がそう決めてんなら俺は支持するよ」

「……ありがとう。黒木」


 その後、電話を終えて戻って来た岡田さんと打ち合わせを済ませ、俺と白神はいつも通りに解散した。




「まぁ、始めたら終わりがあるのは必然な訳よ」


 配信を始めてすぐ、また蘭丸についてのコメントが流れ出し、俺は一度区切りを付ける為に俺の考えを全て伝える事にした。


「人生っていうのはスゲー自由で、金持ちになりたいヤツもいるし、モテたいヤツもいるし、有名になりたいヤツ、人の役に立ちたいヤツ。

 あ。あと、俺みたいに引きこもりなヤツとかもいる。


 その全員になりたい自分があって、その思い描く自分ってのはステージが上がる毎に更新されていって、一つの目標をクリアしたら、またその先が見えて、そんでまた目標ができて……っていう繰り返しが人生だって俺は思ってる訳よ。


 それで今、蘭丸はステージ更新の瞬間にいる訳。


 あいつにとっては今が――、配信者でいる事が人生の到達点ではないんよ。


 だから蘭丸のステップアップの為にあいつの卒業を受け入れてやりましょうや」


『そうだな』

『わかった』

『なんだ? 大人か?』

『どうした? 悪いもんでも食ったか?』


「食っとらんわ! 素直に褒めぃ!!」


 ようやく普段の配信のリズムを取り戻し、久しぶりに俺の配信ができて満足いく時間が過ごせた。




『いつかクロードも辞めちゃうのかな』


 そんな中、普段は読まれずに流れてしまうような、何気ないチャットの一言にコメント欄の流れが一気に変わった。


『さっき事情があれば仕方がないって言ってたし、それってやっぱりクロード自身にも当て嵌まるんじゃね?』

『えー……。じゃあ蘭丸くんが辞めたら、クロードも一緒に辞めちゃうのかな……』

『流石にこの手の話、長過ぎ。そろそろウザい』

『可能性が無い……。とは言えないかもしれない』

『絶対ヤダ!』


 トイレから戻ると、いつの間にやら誰かが辞める流れができていた。


「誰か引退すんの? あ、俺!?」


 コメント欄を見返すと大体話の流れが掴めた。


「杞憂民に伝えておくと、とりあえず今のところ俺は辞めるつもりは全くないよ。

 生活も掛かってるし。

 ただ繰り返しになるけど、俺ら配信者も人間だし、色んな事情があるのも事実な訳で、今日明日じゃなくてもいつかは辞める日が来るかもしれないから、普段からコメントしてみたり、強要する訳じゃないけど投げ銭したりしといた方がそいつが辞める時になって、ああしとけば良かったとか、そういう後悔をしなくて済むのかもしれんな」


 明日がどうなっているのかなんて誰にも分からないから、だから俺達は少なくとも後悔が小さくなるように努力を続けるしかない。




 たとえ、その道中に沢山の別れがあったとしても。

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