第15話 「私から個人的な報告になるのですが――」


 ――20XX年、12月31日。




「ピザ届いたよー!」


 扉を背中で押し開け、両手にピザの箱を載せて月の音が部屋に戻って来た。


「先輩! 手伝います!」


 事務所の先輩に運ばせる訳にはいかないと、座っていた後輩達が機敏な動きで月の音に駆け寄って、月の音の両手からピザの箱をそれぞれ奪い取って机の上に置いた。


 今年の大晦日も年内最後の配信という事で久しぶりの蘭丸と、そして今年は月の音と後輩2人が参加し、5人でえもため本社のスタジオから配信をしている。


 ちなみにスタジオと言っても普段はただの広いの会議室なのでマイクから離れると声が遠くなったりする。

 あと、エアコンの効きが悪くてちょっと寒い。


「はい。では次のお便り読みますね」


 蘭丸がメールの印刷された紙を取り、少しだけマイクに近づいた。


『蘭丸さん、クロード、月の音さん、漣くん、そして最推しの春原さくらちゃん。はじめまして!』


「最推しだって! 良かったね!」

「先輩方を差し置いて恐縮です……」


 月の音は後輩の女性配信者「春原さくら」の真横に座って彼女の体を抱き締めながら酔っ払いみたいに絡んでいる。

 ちなみにテーブルの上に酒は一滴も置かれていない。


 春原さんは先輩の圧に屈してされるがままになっているのかと思いきや、さり気なく月の音に寄り掛かっているところをみると、案外喜んでいるみたいだった。


「今年ももう終わりですが、今年いちばん心に残った出来事を教えてください。それから、来年の抱負なども教えてください。

 私はみなさんの配信を楽しませていただいて、最高の一年になりました!!

 体調などに御自愛ください! これからも応援しています!!


 ぽかぽかみのりさん、お手紙ありがとうございます。」


「定番の質問キタね。

 あとやっぱり呼び捨て!後輩の前で示しが付かん!!」

「これも定番でしょ」


 最早ラジオ企画をすると恒例となっている俺だけ呼び捨ての視聴者ボケを消化しつつ、頭の中で今年を振り返る。


「私は上半期から大学が忙しくなってしまって、配信が思うようにできなかった事が少し心残りですが、それでも歌などをアップすると皆さんから沢山のコメントを頂戴して、自分がこんなに愛されているんだなと実感する年でしたね」


 蘭丸は自分の一年を淀みなく振り返り、目線で次のコメントを俺達に促した。


「私はデビューしてからやりたかったミニライブ配信ができた事が一番嬉しかった!

 他には夏に大会に出て優勝したのも嬉しかったし、楽しかった!

 来年はもっと積極的に歌活動して、ライブやって、本当に願望でしかないけど、オリジナル曲を出せたら嬉しい! と、思ってまーす!」


 月の音は目標を語り終えると、ピザを1ピース取り分けて皿に載せ、春原さんに食べさせようとしていた。


「自分はいつも格ゲーを配信してるんすけど、来年はコンスタントに大会とかに出て結果を残して、3年後にはラスベガスの大会の決勝の席に座っていたいっす!」


「ラスのベガス! 志が高い!」


 俺はもう一人の男の後輩、「漣・ハーツ」が出たい大会が何なのかはすぐに分かったが、分かっていない3人に漣と一緒にどんな大会なのか補足説明を入れると、各々から感嘆の声が漏れ、漣は少し照れていながらも、どこか誇らし気だった。


「私は歌は音痴だし、ゲームも全然できないので、お話するのがメインになっているんですけど、私が他愛のない話をしているだけで癒されるって言ってくれている視聴者さんがいるって事をこの前に知ったので、そういった方々をこれからもちょっとでも癒していけたらなって」


 はにかみながら春原さんが抱負を口にすると、猫撫で声で「癒されるー」と言いながら、月の音が覆いかぶさるように春原さんに抱き着いていた。


 もう一度テーブルの上を確認したが、やはりアルコールの類は置かれていない。


「ほら、最後にアンタも」


 月の音は春原さんに抱き着いたまま顔だけをこっちに向けていた。


「あー、俺かぁ……。何だろうなぁ……。今年と変わらんかなぁ……」


 手に持った紙コップのメロンソーダの緑の水面を見て、今度は天井を見上げながら考えてみたが、展望は何も思い付かなかった。

 俺は登録者数の増減にあまり頓着が無いから、生きていくだけの稼ぎがあるのであれば特に野心も無い。


「世間から消えないように頑張りまーす」

「志、低っ!! あと声小っさ!!」

「うっさい! いいからゲームの続きしようぜ」


 月の音のツッコミを受け流しつつ、あまり大きいとは言えないモニターを4人で覗き込みながら中断していたパーティーゲームを再開した。


 ゲーム最下位だった春原さんが罰ゲームで歌を歌い、そこから月の音と漣のカラオケ大会が始まり、途中途中で休憩がてらみんなからのメールを読んで、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。




「――まぁ、来年もよろしくって事で。じゃあ最後に蘭丸」


 日付変更まであと10分となり、最後に1人ずつ順番に締めの言葉を言っていき、俺の番が終わって司会をしていた蘭丸に出番を回した。


「では最後に私から。

 視聴者の皆さん。本年も私の配信及び、弊社えもための配信を応援してくださり誠にありがとうございました。

 本年の経験を糧に更なる発展、そして皆さんと成長していく様をおとどけする事をお約束いたします。

 加えて、私から個人的な報告になるのですが――」


「お! 何すか? 何も聞いてないっすよ!」

「何? イベントの発表?」

「イベントですか? すごーい!」

「まぁまぁ皆の衆、落ち着きなさい。まずは蘭丸の言葉を待ちましょう。

 では、蘭丸。報告をおねしゃす!!」


 全員が蘭丸の言葉に期待を寄せる空気の中で、蘭丸は俺の顔を困ったように笑いながら見て、それからマイクに真剣な表情で向き合った。


「私、武者小路蘭丸は来年三月をもって引退致します」


「――は?」

 

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