第14話 「――っああああぁぁっ!!!」
――20XX年、7月31日。
――『オールオアナッシング』大会当日。
出場者数54名。全18チーム。
当初、優勝候補筆頭と目されていた我ら『夕黒(ゆうこく)の月』だったが、シークレットゲストとして招待されていた韓国のプロプレイヤーの参戦によって大苦戦を強いられ、最終戦を迎えて全体の4位の位置に付けていた。
初戦でいきなり韓国プロチームに当たってしまってポイントを伸ばせなかったのが今の順位に響いている。
「今、キルポ5。逆転の優勝には何ポイント必要なんだ……? 分からん!! とにかくこの試合チャンプルー取るっきゃないぞ!」
『とは言っても私達、三面楚歌の絶体絶命だけどね』
俺達の置かれた状況は月の音の言葉通り、芳しくなかった。
建物を取ったは良いものの、残った3チームから撃たれ放題状態になり、完全に足を止められていた。
『安置来てるから、そろそろ出なきゃいけないけど、どうしたらいい? どこも行けないよ』
月の音の声には焦りがあからさまに表れ、平静を装っているが俺も同じように八方塞がりに頭の中はこんがらがっていた。
「朝野選手は何かプランはありますか」
ここで自分から打開策を提案できず、『世界のアサノ』に頼るしかないのが情けないが、それくらい俺と月の音は追い込まれていた。
だけど、いつまで経っても朝野選手は窓の外を見ているだけで何のアクションも起こす気配がなかった。
被弾しないように細かく左右に動いているところから、回線落ちのトラブルが起きている訳ではなさそうだった。
――まさかコイツ……?
「……これはギリギリまでこの家で粘って、他が戦ってくれて順位が上がったらラッキーって感じだな」
『はぁ!? あり得ないでしょ――』
『そうですね。ここで耐えれば一つくらいは順位が上がって、3位入賞はできると思います。
まぁ、急造のチームにして悪くない成績だと思います』
――やっぱりか……。
俺の悪い予感は当たっていた。
カマをかけた俺の言葉に超反応した月の音も、朝野選手の言葉には絶句していた。
そう。朝野夕夜は諦めていた。
この試合の順位ポイントとキルポイントの合計で4位以上という成績は確実に得られる。
朝野選手はちゃんとした結果を残すというプロとして当然の行動を取っているものの、4位を狙うのと、1位を狙った結果の4位では、俺達、配信者側からすれば視聴者目線での満足度が全く異なってくる。
コメント欄にチラッと目をやると、朝野選手の判断を肯定する意見も僅かにあるものの、これはコアなFPSプレイヤーの意見であって、FPSライト層が大半の俺の視聴者達は朝野選手の発言にガッカリして非難するコメントで埋め尽くされていた。
「本職にしている人からすると、この状況はやっぱり打開策無しなんですよね。
順位をちょっとでも上げて成績を残す。それがプロで生きていく、プロ故の選択って事ですか」
『……まぁ、そうですね。この状況だとそれがベターです』
『ちょっと! 喋ってる暇無いって! もうここで粘るで良いのね!?』
安置が家に迫り、月の音が切迫した声で次のオーダーを求めていた。
「でもそれはプロシーンの判断であって、今日みたいなカジュアルの大会ではおもしろくない!!」
『え?』
『クロード!』
視聴者は誰も消化試合なんて観たいと思っていないし、俺もみんなの時間を貰っていてそんな情けない姿を見せたくない。
もうここからは無理を通して道理を引っ込めていくしかない。
「対岸の家までスモーク焚いて! 目立つけどグレとか投げながら移動!
撃たれても、とにかく遮蔽ポイントまでダッシュ!! ゴー!! ゴー!!」
2人に指示を出し、俺は率先してオーダーの通りに対岸の家を目指して飛び出した。
――チャリーン。300円。
『いったれ、クロード!! 配信者のエンタメ力をプロにみせたれ!!』
『男には戦わなければならん時があるって、朝野選手に教えたれ!!』
――チャリーン。1000円。
『プロが諦めた試合を取ったらデカいぞ!! 頑張れ!!』
3人で固まって一気に対岸まで走り抜け、絶体絶命の状況を辛くも脱し、俺達が走っている間に一部隊が姿を消し、残り3部隊となった。
「回復、回復! 回復しながら状況見て!」
『この建物の中にワンパ! あと建物の反対側にもうワンパいて、建物の中のパーティーがそっちを牽制してるみたい!』
情報収集をしながら、とりあえずの安全が確保され、少し心を落ち着ける時間ができた。
「安置、建物の中パーティー有利になったな。ステイしかないか……」
安置の円が建物の八割くらいを含み、今、有利ポジションを奪うべく建物のパーティーに仕掛けると建物裏の別パーティーに漁夫られて簡単に全滅させられる未来が容易に想像ができ、消去法から最善策はステイだと思えた。
建物内のパーティーの牽制の銃声が時々聞こえる中、俺はあれこれとこの先の展望を予想していた。
『この岩からジャンプして建物の屋根取ろ』
「せやな。行こう」
俺と月の音がオーダーを出し、朝野選手は不貞腐れているのか、一緒に行動してくれているが、一度も言葉を発していない。
『この段差からなら、あの岩裏のパーティーの射線切れるから』
「了解。あー……、どうしても最終安置勝負か……」
俺達。岩裏。建物の中。
どこが動いてもどこかが漁夫れてしまう為、三竦みの睨み合い、我慢比べ状態になっていた。
牽制射撃で回復物資を削り合い、俺は自分の回復がカツカツになったところで顔を出すのをやめた。
そうしているうちに最終安置が決まり、最後は建物の前の遮蔽物が少ない平地が安置、いわゆるクソ安置になり、敵味方入り乱れてのゴチャゴチャ決着になる事が必至だった。
『……逆転できます』
「え?」
『え?』
あまりに唐突で脈絡の無い朝野選手の勝利宣言に、俺と月の音は同時に疑問の声を上げた。
俺と月の音が戸惑っている間に朝野選手は屋根から降りて建物の入り口に移動ゲートを設置し、安置外に向けてゲートを伸ばし、ゲートの出口を安置外に設置して戻って来た。
朝野選手は移動ゲートの入り口を建物の出口の前に設置した事で、外に出ようとする建物の中のパーティーは安置外への片道列車に強制的に乗せられ、ゲート通過後は安置外の大ダメージ必至となり、建物内のパーティーを一気に窮地へと追い込んだ。
「はははははっ!!」
『ヤバい! ヤバい! 性格悪いって!』
言葉では朝野選手を非難していたが月の音の声は楽しそうだった。
『岩裏にグレ投げて込んで! 出てきた所を一気に押し切る! フォーカス合わせて!』
朝野選手のオーダーと同時に最後の安置収縮が始まり、岩裏のパーティーは下がるスペースが徐々になくなっていく状況になっていて、そこにグレネードを投げ込む慈悲の無さ。
プロは収縮時間の管理まで徹底しているのかと、改めて意識の違いと高さに感心させられた。
ファインプレーをした事で調子を取り戻したのか、朝野選手はグレネードを岩裏に向かって投げ込み、グレネードダメージを嫌って出てきた敵部隊を3人の集中砲火で何もさせずに落とし、残ったのは朝野選手が罠を仕掛けた建物の中のパーティだけだった。
『待って! 後ろから撃たれてる!』
焦る月の音の報告と同時に振り向くと、月の音は一瞬で堕とされていて、今度は俺が撃たれ、慌てて近くの岩裏に隠れたが、俺のシールドは無くなり、体力も半分を切っていた。
「ゴーメン! かなり削られた! 回復まで時間かかる!」
『了解! 場合によっては回復途中でも援護!』
「おけ!」
回復しつつ、岩陰からジャンプで頭を出して状況を確認すると俺達の背後から敵2人がこちらに銃口を向けていた。
――そうか! ある程度のダメージ覚悟で早めにゲートを通って安置外ダメージを最小限に止めて、更に岩裏部隊を俺らが倒すのを待ってたのか!
『クロード! 朝野選手がヘイト買ってるから、今グレ投げて!』
月の音の報告を受け、回復を中断して岩陰から体を半分出して敵に照準を合わせる。
「グレ無い!」
月の音に返答しながら朝野選手の援護射撃したが超反応で撃ち返され、あっという間にダウンさせられ、残るは朝野選手だけになってしまった。
「ごめん! 堕とされた! 後は頼む!」
地面に這いつくばりながら全部の希望を朝野選手に託す。
『ナイス! ラストワン! ラストワン!』
朝野選手に視点が変わった月の音が興奮しながら応援している。
朝野選手視点のプレイ映像が見られない事が少しだけ惜しく感じている自分がいた。
朝野選手と誰がタイマンをしているのかは分からなかったが、2人とも小刻みに左右に動いたり、ジャンプからのスライディングを駆使したりして猛者の動きをしていた。
『うっ――』
月の音が悲鳴を飲み込むのが分かった。
多分、敵からイイのを一発貰ったのだろう。
それでも朝野選手の集中を妨げないように上げそうになった声をグッと堪えたのだ。
俺はといえば、ハイハイをしながら2人の戦闘に近づいていた。
『盾を張って!』
朝野選手は声を上げながらハイハイする俺の後ろにしゃがみ、俺が敵からの攻撃を食らって完全に死んだ瞬間に近くの段差に登って、そこからジャンプをして相手の上を取った。
「いけ!! ゆーやん!!」
『いける!! 頑張って!!』
『いけ!!!』
『いけー!!!!』
『決めてくれーーーー!!』
俺と月の音だけじゃない。俺と月の音の配信を観ている約1万5000人の願いを背負い、ゆーやんの構えた銃の銃口が火を噴き、敵に銃弾の雨を浴びせた。
『Winner!』
画面の中央にでかでかと文字に覆いつくされ、勝者が決まった。
「っしゃー!!」
『やった! やった! やった! やっ、たぁぁぁ、うぁぁぁ……』
俺と月の音は喜びを爆発させ、声色的に月の音は少し泣いているかもしれない。
コメント欄も滝のように流れ続け、今日一番の盛り上がりをみせている。
『――っああああぁぁっ!!!』
一拍遅れて雄たけびがヘッドホン越しにうるさいくらいに聞こえてきた。
その心の奥底から立ち上った声を聴き、心が震えた。
「ゆーやん、ナイファイ! やっぱ世界のアサノ! 最強!!」
『いや最後、ナイス盾! っていうか、そのゆーやんって何ですか?』
「あ、スイマセン……。興奮で調子に乗ってしまいました……」
『……ゆーやんでもイイですけど』
「マジすか!? アザマース!! あ、そうだ。俺の配信観れます? 視聴者数多いんで月の音の方でも良いんですけど。
視聴者のみんなの祝福コメント、ヤバい事になってるんで見てください」
『朝野選手、優勝おめでとうございます!』
――チャリーン。10000円。
『夕黒の月、チャンピオンおめでとう!!』
『イエーイ! ゆーやん、みってるー?』
――チャリーン。5000円。
『感動しました!! これからも応援します!!』
『はは! 本当だ、すごい!』
ゆーやんがコメント欄の賛辞に感動している最中に大会本部からの勝利者インタビューが始まり、俺と月の音は喜び過ぎて、「嬉しい」と「サイコー」、「応援ありがとう」くらいしか言葉にできなかった。
『それでは見事な活躍でチームを優勝へと導いた朝野選手へもお話を伺いましょう! 優勝おめでとうございます! 朝野選手!』
『……はい』
司会の方に呼びかけられてから少し間をおいて、ゆーやんは返事をした。
その声には勝利した喜びとか安堵とか、そういう今の場に合った色を含んでいなかった。
『優勝できた事はとても嬉しいですが、私は最終戦で4位安定を狙ったムーブを推したので、行こうと言った2人が優勝の立役者です――』
それからゆーやんは最近の自分の事について語り始め、俺はその話を聞きながら、月の音に誘われた時の事を思い出していた。
近頃、朝野選手はスランプに陥っていた。
調子を落としている事は、朝野選手の出場する大会配信を観て気付いていた。
月の音が「エクシード・ザ・リミット」から朝野選手とチームを組むように打診された際、オーナーから朝野選手の不調の原因を聞かされていた。
3か月前、1人の選手が「エクシード・ザ・リミット」を引退した。
その選手はチーム最古参で選手全体の兄貴分を担っていて、朝野選手は特に慕っていたらしい。
長年チームに貢献していた選手だったが、選手としてのピークは過ぎ、成績不振を理由に自ら引退を申し出、そして退団となった。
超が付くくらい田舎に住んでいた朝野選手は、チームに入って初めて同好の士を得、とにかくその関係を大切にしていた為に退団には大きなショックを受け、もう仲間を失いたくないという気持ちがマイナスの方向へと進んでしまった。
3位。5位。3位。4位。3位。
直近の大会の結果は、崩れはしないものの優勝は無く、押し切れば優勝という場面もあったが朝野選手は消極的なオーダーを採用し、成績を残す事だけを第一目標とする立ち回りをするようになってしまった。
「エクシード・ザ・リミット」のオーナーはこうも言っていた。
朝野夕夜はもっと世界へ羽ばたけるポテンシャルを持っている。
仲間を大切にする心も大事だ。だが大切にするばかりに自分の可能性を殺してしまうのは、いずれ関わった全員を不幸にしてしまう。
そうならない為、夕夜には関わった人、全てを幸せにできるくらいに大きく成長してもらいたい。
俺と月の音とゲームをした事でオーナーの狙い通りに朝野選手に変化が訪れるのか、それは誰にも分からないが、試合を決めた後の雄たけびがゆーやんの覚醒の咆哮となる事を、ファンの1人として切に願うばかりだ。
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