第12.5話 閑話「ヤホーニュースに載ってたな」

 ――20XX年、7月中旬。朝野選手とのコラボから4日後。




「そういえばさ。昨日のアレ、ヤホーニュースに載ってたな」


 朝野選手とのコラボ後、朝野選手のつれない態度が不満だった月の音かぐやが特訓を提案し、それから俺達は毎日10時間トレーニングをしていた。


『あ~、アレね……』


 配信者としてネットニュースに名前が上がるなんて、悪い事をしでかしてないのであれば名を挙げる絶好の機会でしかないのに、月の音はそんなに喜んでいる感じではなかった。


『なんにせよ、大事にならなくて良かったわ。

 あ、右のやつ詰めるわよ』

「……あいよ」


 月の音は昨日起きた事件について語りたがらなかったから、俺はこれ以上、その話題に触れるのをやめた。




 ――時は遡ってコラボ3日後。


 とにかく暑い日だった。


 起きたら喉がカラカラで、手がミイラになりかけていた。


 スマホで時間を確認すると午後2時を過ぎたくらいで、一日の中で一番暑い時間帯で、これからもっと暑くなる時間帯だった。


「えっと……。今日も4時から練習やろ……」


 ――メールチェックして、飯食って、風呂も入れるか……。


 月の音とがっつり「オールオアナッシング」をやると決めてから会社に頼んで本当に大事な用件以外は後回しにしてもらえるようにしてある。


 だから余程の事が無い限りメールは来ないが、一応これでも社会人の端くれとしては起きてからのメールチェックは欠かせないでしょう。


「暑っ!!」


 ちなみに俺は夏が大嫌いです。


 なぜなら、風呂上がりに拭いても拭いても汗が止まらないからです。


 冬と違って脱ぐのに限界があるのが嫌いっていうのもあるけど、この風呂上がりの汗が一番イライラする。


 とはいえ、今年はエアコンを母親の寝る居間に設置したから、そこまで行ってしまえばこの煩わしさは解消される。


 風呂前にスイッチを入れておき、エアコンの効いた居間で赤いうどんを食い、容器を捨ててから自室に戻って「オールオアナッシング」を起動すると、既に月の音がプレイ中になっていた。


「おつかれーす」

『あ、お疲れ様です。今ちょっとプレイ中だからちょっと待ってて』

「あいよー」


 月の音の声は真剣で、たぶん終盤戦に入っているのだろう。


『お待たせしました』


 5分くらい待っていると、戦を終えた月の音が声をかけてきた。


「おいーす。じゃ、今日もやってきますか」

『はーい』


 初コラボで朝野選手との圧倒的な実力差を見せつけられ、挙げ句、戦力ともみなされない屈辱を受けた我々にできる事は、とにかく2人での連携の練度を上げ、ニコイチでも良いから戦力として見てもらえるようになる事だけだった。


 具体的には使う武器を固定し、戦闘時は前衛後衛をはっきりとさせ、声がけを増やして情報共有の精度を高める練習をした。


 その甲斐もあって勝率は上がって雑魚死や事故死の頻度もかなり減った。


「奥はソロハイドだからほっといても良いけど存在は忘れないように」

『オケ。あ、手前割った! ゴー! ゴー!!』


 月の音の合図で相手チームに一気に攻め込み、難無く敵を壊滅させ、漁夫に来たソロハイドを倒してウィナーとなった。


「ナイスー。お疲れ様ー」

『ナイファイ、ナイスウィナー! 今のは結構キルスピード早くて良かったんじゃない?』

「せやな。悪くなかったと思う」

『飲み物取ってくる。ちょっと休憩にしよ』

「了ー解」


 月の音が席を離れたタイミングで俺も飲み物を取りに行き、戻ると月の音は投げ銭に返事をしていた。


『チョコチップさん、500円ありがとうございます!』

『蓬莱の玉の枝さん、2000円と5時の報告ありがとうございます♪』


「戻りやしたー」


 月の音の投げ銭読み上げが終わった頃合いにボイチャに加わり、次戦の準備に入る。


『はーい。どうする? すぐやる? 反省会する?』


 俺らは戦った後に反省会をする事もある。


「いや、疲れてないんだったらこのまま行こう」


 今回は課題としているところは出来ていたから特に反省点は無いように思えた。


『オッケー。じゃあ、次やろう』


 それから勝ったり負けたりを繰り返して何戦か続けてゲームをした。


『蓬莱の玉の枝さん、2000円と6時の報告ありがとうございます♪』


 複数部隊と膠着状態となり、割と暇な時間に月の音が投げ銭に触れていた。


「あのさ。ここ数日一緒にやってて触れずにいたんだけどさ。その時間教えてくれるの何なん?」

『え? 玉の枝時報だけど』

「そうなんだ。――いや、当たり前みたいに言われても全然説明不足なんですけど!?」


 知らない俺の方が非常識と言わんばかりの月の音の口調に、一瞬納得しそうになった。が、すぐに言いくるめられないように自分の頬を叩く。


『んー? 確か配信始めて半年くらいの頃からかな? 投げ銭と時報を毎日してくれるの』

「は? 毎日!? うらやま!」

『とはいえ毎日の投げ銭って大変だから、投げ銭無しのコメントだけで良いですよって言ったんだけど、会社を早期退職して、趣味も無くて、お金には困らない生活してるから大丈夫って言われちゃって。

 それから私が配信すると必ず観てくれてるの』

「ほーん……。パトロンやん」

『アンタ、本当に変な単語知ってるわよね。

 あ、安置移動するわよ』


 それからまた数戦し、一時間後に事件は起きた。


「ん? どした? 裏画面行った?」


 戦闘が始まっているにも関わらず、途中で月の音が完全に動きを止めた。


『玉の枝さんが時報してない』

「時報って……。忘れるくらいあんだろ! おい! ちょっ、マジ死ぬって!」


 視聴者にだって用事があるだろうし、どんなに熱狂的な視聴者だったにせよ、急にいなくなるのは何も不思議な事では無い。


 正直、そんな事で手を離されるのは迷惑でしかない。


『玉の枝さんはいなくなる時は必ずコメントを残してくれるの……。

 SNSにもリプくれないし……。

 視聴者の誰か、玉の枝さんと連絡が取れる方がいらっしゃったら連絡をしてみてもらえますか?』


 視聴者を大事にするのは必要な事だとは思うが、これは少し異常だと思った。


 配信者ごとにチャンネルの色があるのは当たり前だけど、俺からしたらファミリー感が強過ぎてちょっと厄介だった。


 その試合は当然負け、月の音は玉の枝さんからのリアクションを待っていて、次戦をする気がなさそうだった。


『家が近い人がいる? 本当ですか!?

 ちょっと様子を見に行ってもらえますか?』


 月の音に解散しても良いと言われたが、この後1人で練習しても得られるものは少ないから、とりあえず待つ事にした。


 ――10分後。


『軽い熱中症で、今は救急車を待っているところ!

 良かったぁ……』

「マジか……」


 続報を聞いて、俺は驚きと少しの後悔が生まれた。


 さっきはファミリー感が強過ぎて厄介だと思ったけれど、この厄介なファミリー感がなければ気付けない異変だった。


 その後は少し大騒ぎだった。


 視聴者の中にいる医療関係者の知恵を借りて蓬莱の玉の枝さんの応急処置が行われ、数分後、到着した救急車によって病院へ搬送された。


 コメント欄では大事を未然に防いだ月の音に称賛の声が集まり、配信者と視聴者の関係が決して希薄なものでは無い証明として、途切れる事無く、膨大な量のコメントが流れ、さながらお祭り騒ぎだった。


 一部コメントで、事の顛末を美談にして配信者の市民権を向上させようとする動きが見えていたが、月の音が玉の枝さんの無事が確認できてすぐに配信を閉じた事によって、翌日には尾ビレは付いたが背ビレは付かないくらいで切り抜きがアップされていた。


『今日は練習できずにすみませんでした。

 明日からまたお願いします』


 別に謝られる事でもないが、たぶん何を言っても自分が悪いと思っている月の音に、気にすんなと俺は答えて解散になった。


 配信を続けるか迷ったが、最近は大会に向けて練習続きであまり休んでいなかったから早めに寝る事にして俺は配信を終わらせた。


「うー……、あらぁっしゃーい! ふぅー……」


 長時間座って硬くなった体をほぐすように伸びをしてから、配信の為に閉め切っていた窓を開けると、夜なのにまだ暑い風が一気に不快感を運び、俺はまた窓を閉じた。


「暑っ!! 夜だぞ! バカかよ!」


 夏のヤロウに向けての意味の無い罵声を吐いてから、晩飯を食べに行き、食ったらやっぱり疲れていたのか、すぐに眠気に襲われてベッドに直行した。


 スマホで今日の出来事をエゴサしようかと思って、寝たままスマホに手を伸ばしたが、手が届かなかったから面倒臭くなって、そのまま目を閉じた。


 次に目を開くと、部屋の中は薄暗く、どれくらい寝ていたのかすぐには分からなかった。


「スマホ、スマホ」


 ただ、寝起きでも体の動きは軽く、自分が充実した睡眠を取った事は感覚で分かった。


 ――AM5:14。


「わーぉ。めっちゃ早起き」


 ゲーミングチェアに座ってスマホのバックライトに目を細めながらチェックをしていると、『人気配信者、ファンの熱中症に気付く!!』なる見出しをヤホーニュース以外でも何件も見つける事ができた。


「今日からの配信はてーへんだな……」


 今後のあれやこれやを杞憂しながらトイレに向かう途中の居間で、夜勤終わりで寝ている母親の姿を見つけた。


 ふとエアコンに目を向けると、エアコンは起動していなかった。


 母親は普段から勿体無いと言ってエアコンを使いたがらないが、俺としては近年の異常気象と年齢を考慮してガンガンに使って、キンキンに冷やしてもらいたい。


 気にしている電気代だって、俺の家にいる時間の方が圧倒的に長いんだから、それは俺がなんぼでも払う。


 母親を起こさないようにそっとエアコンのリモコンに手を伸ばし、スイッチを押す。


『冷房。28℃で運転を開始します』


 機械的な女性の音声がエアコンの起動を知らせてくれる。


「28℃て……。まぁ、寒すぎも体に悪いか……」


 ここは母親の意見を尊重し、居間の戸を全部閉め、俺は静かにトイレに向かった。

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