第12話 「合同練習、初日」
――20XX年、7月中旬。
――合同練習、初日。
『はじめまして! えもため所属、月の音かぐやと申します♪』
「うぇ……」
語尾にハートマークが付いているのが見えるほど猫を被った月の音の声に思わず吐き気を催した。
――馬鹿なの? 陰キャのアンタは知らないかもしれないけど、人間関係は第一印象が重要なの。
画面の中の月の音は声色一つ変えずに喋っているのに、月の音が平然とちょい長めの怒りの文章をチャットで送り付けてきて、今度はかなり戦慄した。
『それでこちらがクロード先輩です。
ほら、先輩も自己紹介してください』
「お前、一回も俺を先輩なんて呼んだ事無いやろがい!」
『クロードせ・ん・ぱ・い』
「えもため所属、クロードです。
朝野さんの切り抜きをよく拝見させていただいてます」
『オールオアナッシング』の大会練習の初日。
俺は一方的に観させてもらっていた最高峰の選手との顔合わせに、通話越しとは言えど少なからず緊張していた。
『はじめまして。「エクシード・ザ・リミット」所属の朝野夕夜です。
あんまり配信者がどういうものなのか知らないんで、余計な事言ったらスンマセン』
切り抜きで朝野選手の声を知っていたけど、初めて聞く生の声は切り抜きよりも高く、幼く聞こえた。
『おお! マジでアサノ選手だ!』
『いつも観てます!』
『朝野選手は配信してないの?』
コメント欄は朝野選手の登場にめちゃめちゃ沸いていた。
『という訳で、大会にはこの3人で出場します!
視聴者のみんな、応援よろしくお願いしまーす!』
月の音はすっかりアイドルが板に付いていて、まとめというか、進行が格段に上手くなっていた。
『じゃあ私と先輩の実力を知ってもらう為に、早速ゲームやりましょうか!』
「ういっす。よろしくお願いしまーす」
『お願いします』
3人で初めて合わせた試合は、何というか、当然のようにウィナーとなった。
月の音は最後にコラボした時よりも動きがずっと洗練され、移動で遅ぇなと感じる事が無くなって成長と努力を感じた。
しかし、それよりも何よりも朝野選手だ。
――部隊を壊滅させた。
――今のが最後の一人だったようだ。
――俺に出会わなければ、もう少しは生きながらえたのにな。
俺と月の音が得意な武器を取りに少し離れた場所に行っている間に、1対3の人数不利を物ともせずに部隊を壊滅させているシーンが何度もあった。
気楽にやるカジュアル戦をやったとはいえ、一つの試合だけで16キルを叩き出す戦闘力には流石という言葉しか浮かんでこなかった。
『やっぱ強えー!!』
『キャラコンえっぐ!!』
『クロードも強いと思ってたけど、プロはレベルが違うわ……』
「プロレベルが違う。ホントそれな。マジでエグいわ……」
コメント欄は朝野選手の活躍に沸きに沸いていた。
それから数戦3人で回してチームワークを高める練習をしたが、最後に一戦だけ本気で動いてもらった朝野選手には俺も付いていく事ができなかった。
朝野選手がどのタイミングで敵を把握して、リロードして、回復しているのか、まるでさっぱり理解できなかった。
『あ、俺、チーム練があるんで終わります』
朝野選手の言葉に反応してスマホで時間を確認すると、既に2時間が経過していた。
「了解です。お疲れ様でしたー」
『お疲れ様でした』
もともと俺らとの練習の後に朝野選手のチーム練習がある事は聞かされていたから、予定通りの解散だった。
『次は明後日ですか?』
月の音はスケジュールの確認のように質問していたが、まぁ、これはほとんど次回配信の告知だったりする。
『あ、スンマセン。次なんですけど、明後日の都合が悪くなって、次の木曜まで空いてないんすよ』
「次の木曜?」
スマホのスケジュール帳を開いて確認すると、次の木曜は五日後だった。
朝野選手の発言には眉をひそめずにはいられなかったが、こちらは賞金も出ないお遊びカジュアル大会だから、生活の掛かったプロの予定を変えろとは安易に言えない。
『あの、朝野さん。最後にいいですか?』
月の音の声のトーンは少し低かった。
『何ですか?』
『次の合わせまでに、私たちが練習しておく事って何かありますか?』
正直、朝野選手の凄さだけが目立つ配信になってしまったが、アドバイスを求めた月の音を通して視聴者に還元できる事が何かあるかもしれない。
自分の助言の為の発言じゃない事は分かっていたから、配信者として俺も見習わなければならない思考と発言だった。
『いや、2人ともAIMも良いし、ムーブとかも分かってるんで、特に言う事は無いですかね』
『そう……、ですか……』
――何も無い訳ないやろがい……。
正直、全く相手にされていない事が悔しかったが、今日の実力差を考えれば、朝野選手が俺達に期待していなくても、それは悔しいが仕方無いのだろう。
とはいえ俺は、まぁ、『オールオアナッシング』に魂を捧げてプレイをしている訳じゃないから悔しさを我慢できるが、毎日このゲームを8時間以上プレイしているジャンキーの月の音には、朝野選手のこの態度はかなり効いていると思えた。
通話ツールから朝野選手の名前が消え、俺と月の音は配信を閉じた。
配信を閉じたものの、月の音はいつまでも黙りこくって通話ツールに残ったままだった。
――落ち込んでんのか? 分からんでもないけど……。
俺は月の音を元気付けられるような言葉を探してみたけれど、誰かを慰めるなんて事を人生において全然して来なかったから、自分の普段のライブラリーを探しても見つからず、一応、外の倉庫まで探しに行ったがそれでも見つけられずに結局沈黙していた。
『あのさ』
「お、おう!」
黙っていた月の音が突然声を発したものだから、ちょっとビックリしてしまった。
『これから大会までアンタの時間貰っても――、いえ、貰えますか』
月の音の声は真剣そのもので、朝野選手に認めて貰える為に努力をする意志を感じられる声だった。
それを聞いて、月の音の予想以上のメンタルのタフさに、心配していた事が馬鹿らしくて笑えてきた。
「黙ってるから泣いてんのかと思った」
『はぁ? 実力差があるのは組む前から分かっていた事でしょ? そんなんでいちいち落ち込んでなんていられないわよ!』
僅かとはいえ、後輩がここまでやる気を出している以上、俺の答えは決まっていた。
「んじゃ、大会までみっちりやりますか!」
『ありがとう! じゃあ明日の15時から毎日10時間練習ね!』
「それはやり過ぎな!!」
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