第11話 「理由は組んでくれたら話す」
――20XX年、7月。
――ピロン。
今日も今日とて真夜中に配信を終わらせると、それを待っていたかのようにパソコンから連絡を告げる電子音が鳴った。
「誰や? こんな時間に? 蘭丸か?」
誰からだろうと疑問に思いながらも、実際俺に連絡を寄こすのは会社か蘭丸くらいしかいない。
『深夜に突然すみません。月の音かぐやです。
今から少し時間貰えますか?』
「は? 月の音かぐや? 何で?」
メールを開いて、思いがけない差出人の名前に、割とデカい声が出てしまった。
月の音かぐやがデビューしてすぐの頃は時折コラボ配信をしていたが、月の音がアイドル路線を本格化させてからは関連性が無さ過ぎて絡みが一切無い。
その月の音が何の要件なのかは分からなかったが、俺の配信が終わるのを待って連絡してきたところを考えると、もしかしたら重要な話なのかもしれない。
『仕事的な話ですか?』
『そうです。これ、私のアプリID』
俺の返事に間髪入れず、月の音が返信と一緒に俺も入れてる通話アプリのIDを貼り付けてきた。
「えー……。2人で通話かぁ……」
久しぶり話すだけだが、ちょっと気が重かった。
が、深夜まで待っていた月の音の事を考えると、無碍にするのも忍びない。
『こんばんは。お久しぶりです』
「あ、お久しぶりですぅー……」
『声ちっさ。さっきまで叫びながら配信してたくせに』
「あ? 何ヒトの配信観てんだよ!」
『私、一応アンタのチャンネル登録してるんだけど?』
「ありがとうございまぁーす!!」
『うるさっ!! ハァ……。なんだか、すごく馬鹿っぽい会話をしてる気がする……』
「でー……。こんな時間にどうしたんすか?」
『そうね。私も早く寝たいから、さっさと本題に入りましょうか。
8月の頭にオールオアナッシングの大会が開催されるんだけど、一緒に出て欲しいの』
「大会……」
『オールオアナッシング』は俺もよく配信で遊んでいるFPSゲームで、月の音がデビューの際に蘭丸を含めて3人でプレイした過去がある。
そしてオールオアナッシングは、当社えもためにおいて配信者入門ゲームと化し、それは他会社でも似た現象が起きていて、今や配信界隈全体でこのゲームが信じられない盛り上がりをみせている。
故に配信者達が会社の垣根を越え、一同に介して最強を決める大会が開かれるとなれば、出る出ないは別にして俺も観たいとは思う。
「何で俺に打診? いつも一緒にやってる後輩と出りゃいいだろ?」
『ちょっとそういう訳にもいかないのよ……。
実はチームの1人はもう決まっていて、その人の実力に合わせるとなると、ウチの会社にはクロードくらいしか適性が合う人がいないの』
「はぁ!? 知らん奴いんの?
スゥー……。今回はちょっとご縁が無かったという事で――」
『朝野夕夜。もう1人はアサノユウヤなの』
「朝野夕夜!? なんでアジアチャンプと組む事になってんの!?」
『理由は組んでくれたら話す。というか組んでくれないと話せない』
朝野夕夜といえば若干16歳でプロゲームチームに所属し、同年の年末にアジア大会で優勝。
続く世界大会ではチームをベスト8へ導く活躍をみせ、世界にその名を轟かせている。
――とはいえ最近は少し不調なんだよなぁ……。それと関係してんだろうな、この感じだと。
のっぴきならない事情の香りがプンプンと香ってきていて非常に面倒臭そうだったが、朝野夕夜のスーパープレイの切り抜きでワクワクしていた身としては、このチャンスを逃すのはあまりにも勿体無いのも事実だった。
「……分かった。出る」
かなり悩んだが、俺の心の天秤は出場を下げた。
『ありがとう。運営には私から登録申請しておくから。
練習の日程調整は後日しましょう』
俺が悩んで出したというのに、月の音は答えが分かっていたとばかりにあっさりとした返答だった。
「練習!? そんなんすんの!?」
『優勝するんだから当たり前でしょ? バカなの?』
――ピロロン。
月の音は辛辣な言葉を残し、一方的に通話を切った。
窓から外に目を向けると空は白み始め、俺の家には来ないが新聞を配達するバイクのエンジン音だけは俺の鼓膜に届いた。
――もう、朝か……。
さすがに寝ようとパソコンを落としてジャージに履き替えて布団に入り目を閉じる。
すぐに睡魔はやってきて、既に目を開けているのが難しくなっている。
ただ眠ってしまう前に、この感情が睡眠を経た事で鮮度が落ちてしまう前に、俺は一言だけ言っておかないといけない。
「あいつ、俺の方が先輩だって事、絶対忘れてんだろ」
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