第10話 「みんなが想像する以上に金には苦労してたんよ」
――20XX年、6月。
――チャリーン。600円。
『蘭丸くんがお休みしているので来ました』
「エクストリーム花子さん、600円の投げ銭ありがとうございまーす!
別に投げ銭使ってまで報告してくれなくても……。いや、やっぱりありがとうございまーす!!」
今日は特に目的も無く、夕方に起きてからダラダラと惰性で配信をしていた。
今も『アンリミテッド・ロード2』で同じコースを延々と周回している。
――チャリーン。200円。
『何で同じコースばっかり走ってるんですか?』
「英語の名前か……。エ、ク、レイア? 大好きさん、200円の投げ銭ありがとうございまーす!
実はコレ、一見、同じ事をしているように映るかもしれませんが違います。
毎周、コーナー1つ1つに対するアプローチを少しずつ変えて、最速のラインを見つけようとしているんすわ。
レースゲームって、そのコースである程度のタイムが出せるようになったら今度はどれくらいの速さで突入して、どれくらいの速度をキープして、どこからアクセルを入れてコーナーを脱出していくのか微調整しながら究極のラインを探すんす。
あ、エクレアね! エクレア大好きさん。
へー、これでエクレアなんだ。
でね、同じような事をしているように見えて、実は毎回変化を加えて上を目指そうとする姿勢は、さながら人生のようじゃないかと……。
つまり今、俺は人生を走っていると……。
……それは言い過ぎか」
――チャリーン。1000円。
『蘭丸くんが歌を出しましたけど、クロードは歌を出さないんですか?』
「モコモコヒツジさん、1000円の投げ銭ありがとうございまーす!
俺はね、歌は歌いません。
あ、今のところはね。
どうしても仕事で歌えってなったら歌う事も無きにしもあらずんば虎子も得ず。って感じです」
――チャリーン。200円。
『今日、何時に起きた?』
「はははっ!
あー……。鈴木太郎さん、200円の投げ銭ありがとうございまーす!
いや、こんな質問に金使うなよ。ありがたいけども。
今日? 今日はねー……。16時。
あのー、偏見かもだけど、鈴木太郎って絶妙にいなさそうな名前じゃね?
田中太郎なら、ザ・日本人みたいな例えでよく出るけど、鈴木で太郎は全然見んよな。
その辺を考えて付けた名前なら天才か?」
――ちょっと変な空気になってきてるかも……。
ちょっと話を逸してみたけど、さっきから投げ銭が飛び交い、発言の為に投げ銭が必要な流れが出来始めている。
――チャリーン。5000円。
『クロードさんは体を洗う時はどこから洗いますか?』
「半分ゾンビさん、5000円!? その質問、5000円の価値ある?
あー、でも価値あるかも。
初めて言うけど、魔族は浄化の術があるから、俺は風呂には入らんのよ。
強いて言うなら、最初に洗うのは全身。
投げ銭ありがとうございまーす!」
――チャリーン。10000円。
『どこ住みですか?』
「諭吉貰ったって言うわけねぇだろっ!
もー……。マジで世界一無駄な金の使い方……。
アイをちょーだいさん、諭吉投げ銭ありがとうございまーす!」
――チャリーン。1000円。
『え? 正しい投げ銭って、こうですか?』
――チャリーン。3000円。
『皆さんに正しい投げ銭を教えてあげます』
――チャリーン。3000円。
『クロード、俺は分かってるぜ!』
――チャリーン。500円。
『乗るぜ! このビッグウェーブに!』
――チャリーン。9610円。
『魔族なのに浄化は草。』
――チャリーン。9610円。
『この流れなら言える! クロード愛してる!』
「ちょっ! ダメダメ! みんな自分の金は大事にして!
この流れとか、ノリは分かるし楽しいけど、それは普通のコメントでも十分に楽しくできるから!」
――チャリーン。5000円。
『わかった。ごめん……』
「もーっ! 全然分かってないじゃん!!
一旦、配信終わりまーす」
俺は配信画面に終了の絵を出して、音声をミュートした。
少しだけタイムラグがあるから投げ銭の音が即座に止まることはなかったが、俺がいなくなった事でそれでも数分後にはその音も止まった。
そして今度は投げ銭のログの代わりに、俺が配信を止めた事へ困惑するチャットがもの凄いスピードで流れている。
投げ銭の流れが完全に消えたところで、俺は配信を再開した。
「はい。先生はみんなが投げ銭を止めるまで黙っていました。
金を貰えてるから少し放置した先生にも責任はありますが、みんな、ちょっと悪ふざけが過ぎまーす。
先生はみんなが働いて稼いだ金を何に使おうが、とやかく言うつもりはありません。
ガチャに散財しようが、旅行しようが、高級品を買おうが自由です。
金の使い方については文句は言いませんが、金をおもちゃにするのだけは俺の配信では許しません。
でもこれはあくまでも、俺の配信ではね。
他の配信者がどう考えてんのかは知らないんで」
我が一族にはキレても良い場面が3つある。
1つは家族を馬鹿にされた時。
1つは友を馬鹿にされた時。
1つは金をぞんざいに扱った時。
1つは道いっぱいに広がって歩く集団に道を塞がれた時。
「魔界にいた頃は追手から逃れる為に隠れ住んでいたから、かなーり質素な生活を送っていて、みんなが想像する以上に金には苦労してたんよ。
今はみんなの力もあってようやく人間並みの生活を送らせてもらっているけど、その頃の事を思い出すと、こうやって金を雑に使われるのは、あんまり良い気分じゃないんだよな」
俺の心情というか、モットーというか、そういったものを視聴者に伝えるとコメント欄の流れはグッと鈍くなった。
――……ちょっと偉そうだったか?
『わかった。投げ銭やめる』
『俺も』
『しばらく控える』
『そもそも私は蘭丸くんが帰ってきたら蘭丸くんに投げ銭するし』
――ん?
「あれ? 違うよ? 投げ銭はしてもいいんだよ?
みんながやってるから投げ銭しなきゃみたいな事はやめてねって言ってるだけだかんね?」
『いやいや反省してる』
『悪ノリしてた』
『お金は大事にするよ』
「待って! 急にみんな素直! 素直は良いけど、極端よ!」
『流れ変わったな……』
「流れ変わり過ぎな! 俺だって金は必要だから! 節度良く投げ銭はちょーだい!!」
この日、俺の配信史上最高の総投げ銭額を記録したものの、俺が投げ銭すんなという趣旨の発言をしたという悪意ある切り抜きが拡散した事により、翌日から投げ銭の頻度がめちゃくちゃ低下した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます