第7話 「毎日をマジで充実させてもらった」

 ――20xx年、12月31日。


「視聴者さんからのリクエストを月の音かぐやさんに歌っていただきました。

 では引き続き、今年の悩みは今年の内に! 蘭丸とクロードのお悩み解決! 大晦日、特別ラジオ! 

 えもため本社から放送中です!」

「歌の最中はトイレ行ってましたー」


 今年最後の配信は蘭丸とのコラボでの締め括りとなった。


 まぁ、今年は同期という事もあって、何かと蘭丸とコラボばかりしていたから、1年を象徴する終わり方といえば納得のいく自然な流れだった。


「トイレにも行きましたけど、ちゃんと歌も聞いてましたよ。

 では続いてハンドルネーム、百均猫さんからのお便りです。

 蘭丸さん。クロード。いつもお二人の配信を楽しく見させてもらっています」

「ちょいちょい! 呼び捨て! 俺だけ呼び捨て!」


 思わぬ書き出しにツッコミを入れされる。


「百均猫さんは普段からクロードを身近に感じているのでしょうね」

「絶対違うね! 完全にナメてるだけだろ!」

「続きを読みますね」

「蘭丸も大概だけどな」


『自分は今、高校一年生で、この前、進路希望の調査がありました。


 先生は、何となくでもいいから文系か理系かだけでも決めろと言っていましたが、自分は勉強が苦手で、文系理系のどちらかも決められません。


 それから親は大学には行った方が良いと言っていますが、自分は大学の試験に受かる気がしません。


 卒業したらブラック企業に就職して社畜になる人生なんだと諦めていましたが、最近は蘭丸さんたちの配信を見ていて、自分も配信者になりたいと思うようになりました。


 何の取り柄もない自分も、蘭丸さんみたいな配信者になれるでしょうか?』


 蘭丸がスラスラとメールを読み上げ、机の上にメールを印刷した紙を置いた。


「なるほど。百均猫さんは配信者になりたいんだね」

「いやコイツ、俺には聞いてないからね。最後の一文、蘭丸さんみたいなって書いてっからね!」

「クロードはどう思う?」

「オマエ、最近俺の扱い雑過ぎん?」

「そんなことないよ。それで百均猫さんへのアドバイスはある?」


 蘭丸に笑顔ではぐらかされたが、別にそこまで気にしている訳でもないから、質問に脳のリソースを割く。


「……。んー……、そうだなぁ……。取り柄の無い奴の配信なんて少なくとも俺は観ない。

 だから配信するんなら、人に見せられる特技みたいなものを見つけるか、磨くかした方が良いと思う。

 これは配信者に限った事では無いがね」


 俺の感想に蘭丸が何度も頷いていた。


「私もクロードの意見とほとんど変わらないですね」


 蘭丸が顎に指を添え、さながら芥川龍之介のようなポーズを取った。


「もし百均猫さんが配信をするのであれば、百均猫さんが楽しいと思える配信をすれば良いと思います。

 ゲームが好きならゲームでも良いですし、便利グッズの紹介や料理動画を出されている方もいらっしゃいますし、苦手なものでも挑戦記録の配信なども楽しいと思います」

「あー、それはアリだな。成長系はハマるとずっと追っかけたくなる」

「そうです、そうです。弱点も裏を返すと伸び代とも捉えられますからね」


『伸び代ですねー!!』

『伸び代ですねー!』

『伸びシロですねー!!!!』


 俄にコメント欄が1つの言葉で埋め尽くされる。


 ――まぁ、俺の頭の中にも同じ言葉が浮かんでいたけども。


「あとは、百均猫さんが自分に自信が無いようでしたら、あまり良くはないですが、例えば次の試験で1教科だけ100点を取るつもりで頑張ってみてください。

 ひたすらに頑張って、そして結果が出たその時、満点が取れても取れなくても、百均猫さんの周りの反応を注意深く見ていてください。

 きっと周囲の反応がいつもとは違うはずですから」


 何がどういつもと違うのか、蘭丸は言葉にしなかった。

 たぶん蘭丸は、そこを百均猫に自分で気付いて欲しいんだと思って、あえて口は挟まなかった。


「百均猫さん、お便りありがとうございました。頑張ってください。

 それでは、良いお年を」

「おつ!」


 一通読み終え、すぐに次のメールがスタッフさんから差し込まれる。


「じゃあ次はクロードが読んで」

「はいよ。えー……、ハンドルネーム、ブラックコーヒーミルク増し増しさん。それはもうミルクコーヒーやんけ。

 蘭丸さん、クロード。いつも2人の配信を楽しみに見ています。

 まーた呼び捨てだよ。もしかして、世間では俺の呼び捨てって当たり前なの?」


「みんな、クロードが大好きなんですね」


「絶対に親しみが込められてないね。やーっぱりナメてんだよな……。

 えーっと、今日は相談があってメールさせていただきました。

 私は今、同じクラスの男子が気になっています」

「恋の悩みですね」

「みたいだな。

 でもこの前、私の親友がその男子を好きだと知り、自分の恋を取るべきか、親友の為に身を引くべきか悩んでいます。

 蘭丸さんの意見を聞かせてください。

 だ、そうです! 蘭丸さん!」


 このブラックコーヒーミルク増し増しとかいうヤツも、俺に意見を求めていない。

 ――もう帰ろうかな。


「では私から答えさせていただきますね」


 蘭丸は俺が蔑ろにされた部分には言及せずに、さっきと同じようにメールに目を通した。


「……これはなかなか難問ですね。恋と友情を天秤にかけなければならないですから。

 私から言えるのは、友達といる時と気になる人と交際できるようになった時と、どちらが増し増しさんにとって幸せになれるか、まず、それを考えてください。

 人間は幸福追求のできる生き物ですから、私ならそういう判断基準で考えます」


 自分の意見を言い終えると、蘭丸は交代するように右手の掌を俺に向けた。


「そうだな……。俺よく分からないんだけど、恋愛系の相談って、何で上手くいく前提で話が進むの?

 相手の気持ちも分かってないのに自分たちだけで盛り上がるのって、その相手からすると結構な恐怖だと思うんだけど」


 俺の意見にまた蘭丸が頷いていた。

 ――コイツ、何でも頷くな。


「確かに意中の相手と増し増しさんの親密さについては記載されてないからね。

 恐怖は言い過ぎだけど、せっかく好きな人ができたのに、両者の温度差で駄目になってしまうのは勿体無いよね」


「いや、そもそもこの男に彼女がおるかもしれんやろ。

 そういう事を知るくらいにお互いを知ってからじゃないと、付き合うにしたって俺はヤだけどな」


「クロードは増し増しさんたちだけで盛り上がり過ぎるのは良くないって言いたいんだよね」


「まぁ、要約するとそういう事なのかもな」


「いや、相手の気持ちを無視してはいけないっていうのは忘れがちな大事な要素だから、クロードの意見は大切だと思うよ。


 では私たちの意見を合わせると、まず友人の為に引く必要は無いですが、行くにせよ、引くにせよ、増し増しさんが幸せになれる未来を選ぶ事。

 そして行く行かない以前に、意中の方とたくさんコミュニケーションを取っていただいて、もし相手から選んでもらえたなら、増し増しさんが選ばれても、親友さんが選ばれても恨みっこなしで一番丸く収まりますからね。


 それではブラックコーヒーミルク増し増しさん、アドバイスになったでしょうか?

 良いお年をお過ごしください」

「おーつ!」


『あんま答えになってなくね』

『これは35歳DT』

『恐怖は笑えるwww』


 コメント欄ではあまり俺と蘭丸の解決案は評価を得ていなかったが、正直他人の色恋沙汰に本気になってもロクな事にならないというのが世の常。

 適当に答えたつもりは無いけど、受け入れられなくても、まぁ、仕方無しって感じだ。


「お送りしてきました年末特別ラジオですが、そろそろお別れのお時間となりました」

「あー、もう年を跨いじゃう時間ですな」


 チラッと時計に目を向けると、年越しまで5分を切っていた。


「そうだね。クロードは今年一年を振り返って、どうだった?」

「当たり前だけど今年は生活が変わったな。

 みんなからの投げ銭でやれる事が増えて、毎日をマジで充実させてもらった」

「それは私も同じですね」

「誰が見ていようがいまいが、自分が楽しけりゃ良いと思って始めたけど、見てくれてる人が俺の嬉しいタイミングで一緒になって喜んでくれてると、今まで感じた事の無い喜びが俺の中にも新しく湧き上がって、それが最高に気持ち良いんだよな」


 俺の一年の振り返りに蘭丸が嬉しそうに頷いていた。


 ――なんだコイツ。アメリカで売ってる頭の揺れる人形か?


「よく、『悲しみは半分に、喜びは倍に』と言われていますけど、本当に的を射た言葉だと様々な場面で実感する年でした。

 来年も、今年以上にそういった喜びを皆さんとたくさん共有したいですね」

「お! あと1分で今年の終わり!」

「では、ありきたりですけど、10秒前からカウントダウンしましょうか!」

「あぁ! ベタ! ベタベタのベタ! やろう!」

「では、観てくださっている皆さんも一緒にお願いします! それでは! 10!」


『9! 8!』


 俺たちの声に合わせて、コメント欄にカウントダウンの数字が目で追えないくらいの速さで流れ続ける。


「7! 6!」


 これまで何の感情も無く年越しを迎えていた俺が、こんな陽キャみたいにカウントダウンをしているなんて数年前の俺に教えたら、あり得ないと鼻で笑い飛ばすだろう。

 でも、事実として俺は時間を刻んで、そして世間にエンタメを提供している。


『5! 4! 3!』


 蘭丸の言葉じゃないが、来年はもっともっと楽しそうな事に手を伸ばして、そして、それで誰かを楽しませる事ができたら、こんなに気持ちの良い連鎖はないだろう。


 来年もまた、そんな日々が待ち受けているのかと思うと、自然と声も大きくなっていた。


「2! 1! ハッピー! ニ――」

「明けましておめでとうございます!」

「あ、そっち!? 意思疎通!」

 

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