第5話 「あなたの手には何も残りません。本当に何も残らないんです。」
「みなさん、こんばんは。武者小路蘭丸です。今日も配信を観に来ていただきまして、ありがとうございます」
「クロードでーす」
「今日も『オールオアナッシング』の配信をしていきたいと思っているのですが、本日は今日がデビューとなる新人配信者さんと一緒に行いたいと思います。では、自己紹介をお願いします」
白神の呼び込みで黒髪ロングの和風美人の典型のような月の音かぐやが配信画面に登場する。
まぁ、俺がクリックして登場させるから俺次第な登場なのだけれども。
「皆さま、初めまして! 本日えもためからデビューとなりました、月の音かぐやと申します! よろしくお願いします!」
媚びっ媚びの糖尿病まっしぐらボイスで自己紹介をした月の音に対し、早速視聴者からは『かわいい』やら、『一瞬でファンになった』やら、本性を知らないから言える戯けた感想ばかりがアホみたいな勢いで流れていた。
「今日は尊敬する事務所の先輩の御二方の胸を借りて精一杯頑張りますので、応援よろしくお願いします!」
『カワイイ!』
『カワイイ!』
『カワイイし、礼儀正しいし、健気だし、カワイイ!』
――健気ですか。それは計算健気ですが。
「オールオアナッシングをやりますが、月の音さんは触った事はありますか?」
「最近始めたばっかりで、やっと操作に慣れてきたところなんですよー。今日は足を引っ張らないように頑張ります!」
いけしゃあしゃあと嘘をかます姿に思わず吹き出しそうになる。
「今日は楽しくやって、それで一回優勝できたら良いですね」
「あー! 優勝したいですね!」
蘭丸はちゃんと月の音の設定に付き合って、配信を盛り上げている。
ひとまず俺も個人の見解は置いて、配信に集中する。
『オールオアナッシング』は3人でチームを組み、全15部隊で戦闘をして、最後の一部隊になれば優勝というルールで行われるバトルロイヤルゲームだ。
今までは蘭丸と2人で、残りは全く知らないプレイヤーと一緒にプレイしていたが、名も知らぬプレイヤーとはボイスを繋いでいないから大事な時に連携を取れずに悔しい思いをした事が何度もあった。
だが今日は連携の取れる3人目が揃い、じゃんじゃん優勝して配信的に神回になるかもしれない。
と、考えていた時期が私にもありました。
「1人落とした! おらぁ! 詰めろ! 詰めろ! あ、ゴメン。死んだ。横にいたんかーい」
「あー! ごめんなさい! 私も死にました」
俺と蘭丸のキャラが死に、残ったのは月の音のキャラだけだったが、周りには敵だらけで、結末はもう見えている。
現実はこんなものです。
10戦して、10戦とも雑魚死。
俺も蘭丸も変に月の音の存在を意識してしまって、いつもの調子が出せないでいる。
――ドン!
最後まで残っていた月の音のキャラが死んだ瞬間、何かを叩くような、鈍くて大きな音がイヤホンから聞こえた。
上手くいかない苛立ちから思わず机を叩いてしまう、いわゆる『台パン』だ。
一瞬にして不穏な空気が生まれ、コメント欄には早くも『え?』とか『台パン?』とかのコメントが流れ始めていた。
台パンした当の月の音自身も、うっかりやってしまった自分の行為に戸惑って言葉を失っている。
「おい新人! PCの近くにペットボトル置いてんじゃねーよ! 壊したらPC弁償だかんな!」
「はいっ! ごめんなさい!」
咄嗟に誤魔化しを入れたが、一体何割の視聴者がこの誤魔化しを受け入れてくれるのだろうか。
とはいえ、コメント欄はペットボトルと台パンの半々くらいに意見が分かれ、疑惑はうやむやになろうとしていた。
――これでコイツのキャラもある程度は守られんだろ。
「すみません。お花を摘みに行ってきます」
「はい。分かりました」
「行ってら」
仕切り直しには良い口実だろう。
女子相手という事もあって、逃げだの何だのと言及しづらい。
月の音が離席し、俺も椅子の背もたれにドカッと体重を預けて息を吐く。
「上手くいかないね」
配信をしていて初めてと言っても大袈裟ではなく、蘭丸の少し疲れた声がマイクから聞こえてきた。
疲れる程、長時間のプレイはしていないが、報われない徒労感が強くて、それが疲労に直結してしまっている。
――俺たちの方も新人に花を持たせてやりたいと無自覚に気負っていたのか……。
「まぁ……。これからっしょ!」
単に配信を盛り下げない為に口にしただけで、特に策がある訳でも無い、虚しい言葉だと自覚していた。
――ピロン!
「ん?」
トイレに行ったはずの月の音から、突然個人メッセージが送られてきた。
『突っ込み過ぎ。バカなの? もっと足並み揃えて』
「おぅ……」
――助けられた恩を忘れて、またバカと申すか……。
メッセージを音読しなかった事を、月の音には先輩からの温情と受け取ってもらいたいものだ。
「お待たせしましたー。あの、提案なんですけど、少し作戦を考えませんか?」
月の音は努めて明るく発言をしていたが、画面の向こうでは引き攣った笑みを浮かべているだろう事が容易に想像できた。
「ステキな提案ですね! 聞かせてもらえますか?」
月の音の作戦は簡単なもので、俺が最前線、蘭丸が中衛、月の音は後衛と、役割分担を明確にするだけだった。
されど、この役割をはっきりとさせる事で考える要項が減ってやりやすくなったのは確かで、事実、この試合は残り5部隊まで残っている。
「いい感じじゃないですか! 優勝できますよ!」
敵部隊を壊滅させ、物資を充実させ、今のところ怖いものは無い。
試合を上手く運べていて2人の士気もいい感じに高まっている。
月の音は調子に乗っている。
「安全域の収縮がココになってるから、そろそろ移動すっか」
「了解」
「わかりました」
隠れていた建物から出る直前に一瞬コメント欄に目を向けると、『優勝狙える!』、『良いチームワーク!』などの応援コメントが流れていた。
「きゃあ!」
突然の月の音の悲鳴に驚いて画面に目を戻すと、アーマーも体力も全快だった月の音がゼロになり、ダウンさせられていた。
「この方向! 出た瞬間に落とされた!」
月の音は執拗にマップにピンを刺し、事の異常性を声色で伝えていた。
「中に戻れ! 蘭丸は月の音を起こせ! こっちは警戒しとく!」
俺は月の音の出た扉とは反対から建物の外に出て、柱の影から月の音のピンの辺りを見ると、すぐに何発もの弾が飛んできた。
弾がかすっただけで済んだが、相手の当て感が尋常じゃなかった。
――撃たれたのはスナイパーじゃない? てことはマズいぞ……。
「引くぞ! 引くぞ!」
「ここで戦わないんですか?」
月の音を復活させている蘭丸から疑問の声が上がる。
普段の俺なら、まず間違い無く部隊の回復を待って迎え撃つ。
それを知っている蘭丸の反応は自然なものだった。
「えぇ!?」
蘭丸に作戦を伝えている間に蘇生されていた月の音のキャラが追撃を受けて確殺された。
「引く! 向こうは人智を超えた力を手にしてる!
とにかく射線を切って収縮際まで行くぞ!」
このゲームにもチーターが湧いているのは知っていたが、まさかこんな低ランク帯にチーターがいるとは思わなかった。
蘭丸を先に行かせ、俺は逃げた蘭丸に銃口が向かないようにチーター部隊に少し牽制を入れてから月の音のドッグタグを回収して蘭丸の後を追った。
逃げた先で運悪く接敵したが、相手も1人欠けた状態での戦闘だった事が幸いし、何とか生き残る事ができた。
「ふー。とりあえず一息つけそうだな」
回復を済ませ、倒した敵から物資を補充し、周囲の安全を確認したところで緊張を解く。
「俺たち含めて、残り2部隊。チーター部隊か……」
「うーん……」
コメント欄もチーターに対する怒りの声や、相手が悪いなどの諦めの声が溢れている。
ポジティブ蘭丸からは珍しく暗い返事だった。
3対2で戦う不安よりも、人ならざる者と戦わなければならない事に落胆している感じだった。
俺だってチーターを相手にするなんて白旗を揚げたくなる。
「月の音さん? 大丈夫ですか?」
ところが、蘭丸の懸念はどうやら違うところにあったらしい。
確かに落とされてから月の音は一度も言葉を発していない。
「おーい! どしたー? 泣いてんのかー?」
「クロード」
蘭丸から真剣にたしなめられ、月の音の精神的フォローは蘭丸に任せて、俺は遠くにある他プレイヤーのデスボックスを漁りに向かった。
「泣いてない、し!」
久しぶりに言葉を発した月の音の声は鼻水に濡れていた。
「こっちは一生懸命にやってるのに、何でズルしてる奴らにゲームを壊されなきゃいけないの! 意味わかんない! 最悪! アンタら絶対チーター潰して!」
「おー! キャラを忘れて吠えますな!」
「そんなのどうでもいい! キャラを守るためにここで笑ってるなんて絶対にイヤ!」
ブチギレによって月の音かぐやのキャラクターは3時間と持たずに崩壊し、コメント欄は困惑していた。
だがそれは良い方向に崩壊しているように俺には思えた。
『そうだ! 頑張れ!』
『クロード、蘭丸! 仇を取れ! 男だろ!』
『月の音かぐや、こっちの方がイイ! もっと咆えろ!』
月の音に触発され、コメント欄は俺と蘭丸に発破をかける言葉で溢れていた。
「クロード。何か作戦は有りますか?」
そして、普段は温厚なこの男にも月の音の魂の咆哮は火を着けたようだ。
「無い訳じゃ無いが、チャンスはそんなに多く無い」
俺の頭の中にあるチーター対策はほぼ成功しない。
が、不可能に挑むのだから、それくらいの賭けには出なければならない。
「やりましょう。どのみち、こちらから仕掛けなければ勝ち目はありません」
どうやら蘭丸も同じ覚悟を持っていたようだ。
「だな。こっちに来てくれ」
俺は蘭丸をデスボックス群に呼び、作戦に必要な武器とアイテムを揃え、チーターに向かう直前に俺はアイテムを1つ拾って走り出した。
「当然、上は取られてるよな……」
最終決戦の地は東側に高い崖があり、俺たちの西側は撃ち降ろされる形になって不利なポジションだった。
「ウォールハックは使ってないみたいだな……」
建物の中に隠れて少し経ったが、向こうが仕掛けてくる気配が無い。
オートエイムの力にあぐらをかいているのか、突っ立った状態で不用意に崖から頭を出している光景だけで腹が立ってくる。
ただ、不用意なのは1人だけで、どうやら後の2人は普通にゲームをしているようだった。
「蘭丸は隣の家に行って屋上に上がれ。俺がグレを投げまくって部隊を引きずり下ろして分散させるから、はぐれた奴をどれでもいいから狙撃してくれ。
もしチーターをダウンさせられたら、残りの2人には必ず勝ってみせる」
「わかりました。健闘を祈ります」
「祈らずに当てろ!」
2人で同時に家を飛び出し、俺は建物の中を移動しながらチーター部隊との距離を縮めていく。
「こちらクロード。これからグレを投げる。撃てると思ったら撃ってくれ。それから、撃ったら必ず移動」
「了解。こっちはいつでもいけます」
「頑張って!」
俺たちの作戦会議に水を差さないように黙っていたのか、短く月の音が声を出した。
「ふふ。了解しました!」
「……りょーかい」
こっちに視線が向いていないタイミングでグレネードを連続して投げ、先制攻撃を仕掛ける。
そして隣の建物に移動する際に、建物の裏に蘇生装置を仕掛けておく。
「ヤバい! ヤバい!」
家と家の遮蔽物の無い通路を走る僅かな時間でさえも、俺はアーマーを割られ、体力の3分の1くらいを削られた。
――やっぱり考えが甘かったか……。
移動した先の建物の中で回復を入れながら、近付く足音に諦めの言葉が脳にくっきりと浮かんだ。
「クロードの建物に行ってる! 1階と2階から挟もうとしてる! そのドアからなら逃げられる!」
月の音の必死な状況報告に、俺は迷わずドアから外へ飛び出し、追撃防御の置きグレを投げてさっきの家へ戻る。
――一番悔しいヤツがまだ諦めてねぇんだ! 最後まで諦めんな!
一瞬、諦めかけた自分の頬を精神的に叩いて気合を入れ直す。
「当たった! ダウンさせました!」
「マジか!? そうなると話は変わってくんぞ!」
覚悟の入れ直しの直後、蘭丸からの腰砕けになりそうな吉報に、思わず口角が上がった。
形勢は良くなりつつも、まだ楽観はできない。
蘭丸のダウンさせた相手がチーターなのかは、もう一度体を出して確認するしかなかった。
アーマーと体力が全快な事を確認して敵を探す。
ダウンしている敵の周りに1人。
あと1人が目視できないという事は、建物の中か、どこかの物陰に隠れているのか。
「おうおうおうおう」
ダウンの近くにいる敵は撃ってきたが照準が定まらず、アイツにはオートエイムが付いていないのが分かった。
「また当てました! 屋根上にいた敵をダウンさせました!」
「はぁ!? お前、最高かよ!!」
思わずデカい声が出た。
そりゃデカい声も出る。
チーターは蘭丸の狙撃によって落とされているのだから。
「蘭丸! 家の裏に簡易リスポーンあるから月の音を起こせ!」
「分かりました!」
「え?」
蘭丸はすぐに俺の意図を読み取り、屋根から降りて予め置いておいた簡易リスポーン場所へ真っ直ぐ向かった。
俺が何をしたいのか理解しながらも、月の音は戸惑っていた。
「据え膳で嫌かもしれんが、今日は甘んじて受け入れろ」
俺だってこんなキザな事はしたくないが、やられっぱなしでいる方が月の音のデビューが苦いものになってしまう。
月の音が戻る間、俺はダウンしている敵の位置を確認して、残った敵を殺さないように牽制をしながら復活阻止に徹して時間を稼いでいた。
「……いいえ。アイツに一発くれてやる機会をくれて、ありがとう」
リスポーンされた月の音のキャラが再び戦場に降り立った。
「月の音さん! 私の武器を!」
「こっちだ! 早く!」
チーター部隊の残った1人はなかなか堅実な立ち回りをしていて、なかなか歯応えのある一対一をしていたが、蘭丸が屋根から上を抑え、戻った月の音と俺の挟撃に耐えられるはずもなかった。
「アーマー割った! 撃て撃て撃て撃てっ!!」
「――っ、やったぁ!!」
「やりましたね!」
モニターに『Winner!』の文字が並び、決着が着いた瞬間に思わずマウスから手を離して拳を突き上げていた。
『チーター落とした!』
『チーターに勝った! 神回!』
『かぐやを復活させたの優しい』
『チート使って負けるのはザマァ過ぎる!』
『決め手は蘭丸くんのスナイプでしょ!』
『全てがアツい展開だった……』
コメント欄もチーターに恨みを持つ者たちのコメントで溢れ、少しカオスと化していた。
チーターに勝つという、なかなかレアな事をしたとは思うが、あまり過度にエキサイトされるのもコメント欄が荒れる原因となるから控えてもらいたい。
達成感の中に疲労が混じって、何も話す気になれなかった。
それは蘭丸も月の音も同じらしく、2人も配信者にあるまじき無言の時間が流れていた。
「ふぃぃ……。終わるかぁ……」
勝って嬉しい事には間違いなかったが、今はチーターに勝ったところでという虚しさが感情を支配していて、これ以上は配信したくない気持ちになっていた。
「そうですね。最後の試合でどっと疲れました」
「月の音も終わりでいいか?」
一応今日の主役のお伺いを立てて、主役がまだやりたいようなら気持ちを入れ直さなければならなかった。
「いえ、今日は終わっていただいて……。ただ! 最後に一言いいですか」
月の音にもう媚びた声は無かった。
「どうぞ」
「ありがとうございます。では、改めまして」
蘭丸に促されて月の音の声は真剣で、怒りの感情にとらわれず、とても落ち着いていた。
「本日は配信をご覧いただきましてありがとうございました。
初配信という事で至らぬところもたくさんあったと思います。そこの辺りは反省して修正していきますので、今後とも応援をお願いします。
今日の配信は先輩たちと遊べてとても楽しかったですが、残念ながら最後に不正に手を染める方と出会ってしまいました。
何が原因で不正に手を出したのか理由は分かりませんが、そのまま不正を使い続けても、あなたの手には何も残りません。本当に何も残らないんです。
だから今すぐチートプログラムを削除してください。
そして、私の配信を毎日観てください。
視聴者が欲しいから言っているのではありません。
これから日々配信していく中で私の配信の中から、あなたには不正ではなく正々堂々と戦う面白さを知ってもらいたいんです」
コメント欄には月の音に対して『優しい』とか『泣ける』とか、そういった言葉で埋め尽くされていた。
「……デカい事は言いましたができるかは分かりません。でも、それを見届ける意味でも明日からもよろしくお願いします」
月の音かぐやの波乱のデビュー配信はチーター討伐の神回として各所で切り抜き動画がアップされ、えもため公式切り抜きの再生数も3日で20万再生を超えた。
月の音かぐやのキャラも、清楚な『白かぐや』、辛辣な『黒かぐや』として受け入れられ、たった1か月で登録者数もあっさりと俺の上をいった。
月の音は時々登録者数マウントをかましてくるが、数じゃないと強がってバトルするものの、言われっぱなしも癪なので、俺にもチャンネル登録、高評価をお願いしやす。
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