第4話 「やり方は人それぞれで良いと思います」
「アンタらの人気、全部もらうから」
ゲームをやっててボイチャで挑戦的な言葉を掛けられるのは日常茶飯事だが、画面越しと違って面と向かって生で強い口調で来られると、そいつとは絶対に目は合わせられなくなる。
「白神さんや」
「どうしました? 黒木さん?」
「この方、キャットを被っていらっしゃいましたよ」
「あははっ!」
「せいぜい笑ってるといいわ。今日の配信が終わる頃には笑えなくなっているんだから」
インパクトを残す為に初手かましてきたのか、本気なのか半々で茶化してみたが、どうやら本気だったらしい。
「ていうか普段と配信が変わらないって、アンタらプロ意識低過ぎ。
それから、そこの陰キャは私の話の途中に私以外の話を持ち込むとか空気読めな過ぎ。
白神さんは……、色々とわきまえてそうなので、今日は私に合わせてください。初日から躓きたくないので」
自分の要求だけ好き勝手並べると、月の音かぐやは物が入りそうに無いちっさい肩掛け鞄からスマホを取り出してイジり始めた。
「俺は男女平等パンチを繰り出せる現代っ子だって事を早めに教えとくべきだな」
「そんな事言っても、黒木は絶対に手なんか出さないでしょ? それに月の音さんの話の腰を折ったのは良くなかったよ」
「何だぁ? お前、どっちの味方なんだよ!」
「僕は中庸です」
「まーた難しい言葉を使ってからに。……ちなみに中立とは違うん?」
「少し違います」
「はいはい。イチャついてないで、さっさと打ち合わせしてもらえますか」
月の音に机をパシパシと叩かれ、指図されるのはイラッとするが、今日の打ち合わせの目的が目的だから大人しく口を閉ざす。
――スマホいじり始めたの、お前だろうが!
「それでは月の音さんのプランを聞かせていただけますか?」
白神が仕切り直すように咳払いをしてから月の音に問い掛けた。
「配信者になるにあたって、色んな配信者を観て私なりに分析をしたところ、ジャンル的には歌とゲームは人気が出やすい。
……今回は3人での配信だから、合唱する訳にもいかないからゲームね」
「やるやつは? 何やるん?」
個人的に人前で歌いたくないから俺は歌配信を絶対にやらないが、配信者にそれなりの歌唱力があれば、歌配信は人気が出やすいジャンルである事は間違い無い。
「アンタらが最近やってる『オールオアナッシング』」
「お、FPS。できんの?」
「練習した。最低限の動きとマップは覚えた」
「エライ、エライ」
「すごいですね。僕はまだ覚え途中なんですよね」
「いや、白神はいい加減覚えろ」
「隙あらばイチャつく病気なの? 続きを話すわよ」
月の音は呆れたように溜め息を大袈裟に吐き出した。
「とはいえ今日はアンタらにキャリーしてもらうから」
「他人任せ! でも初心者なら仕方無し!」
「違うわよバカ。何度か優勝してる」
「一息でバカと言われた」
月の音の切り捨てるような返しに、むしろ心地良さみたいなものがあった。
だが誤解しないでほしい。小気味良いやり取りが爽快なだけで、俺にその気は無い。
「『自信が無いから』のキャリー要請ではないのですか?」
白神の質問に、月の音は分かってないなとばかりに首を振った。
「操作があんまり上手くなくて、それでもキャッキャッしてる方が視聴者からの受けがいいのよ」
「受け、ですか?」
「分からんでもないが、そういうの透けて見えないか?」
「女の子が騒ぐ光景に需要があるのよ。プレイ内容が重要じゃないの」
教えたがりの人間というものが一定数いるのは理解しているが、できるのにできないふりをするというのであれば、そのやり方は視聴者を小馬鹿にしているみたいで俺はあまり好きじゃない。
「お、盛り上がってる?」
嫌な気分になったところで岡田さんが顔を覗かせた。
「岡田さん! はい! 先輩方から大変為になるお話を聞かせていただきました!」
月の音は岡田さんの顔を見るなり糖尿病になりそうなくらいの甘ったるい声を作って、3秒前とは全くの別人だった。
「それは良かった。じゃあ機材の説明をするから付いて来て。悪いけど白神くんたちは時間まで待ってて」
「わかりました!」
月の音は弾むように椅子から立ち上がり、チョコチョコと効果音が聞こえてくるくらい小さな歩幅で岡田さんに近付き、部屋を出て行く直前に思い出したように俺と白神の方へ体を向けた。
「精一杯頑張りますので、ご助力お願いします!」
頭を下げ、パッと上げた顔には、『余計な事は言うなよ』と書いてあった。ように俺には見えた。
「エグいキャラ来たな」
扉が閉まって、自然と新キャラへの感想が口から漏れた。
「面白い方ですね」
「面白いで片付けていいのかね?」
背もたれに体重を預けて天井を見上げる。
「騙すみたいで許せないですか?」
「……観てる側もロールプレイだって分かってるから騙す騙されるって話でもないけど、単純に俺が嫌いなだけ」
「結構潔癖だよね。黒木は」
「ちげーよ! 方向性の違いだろ! 売れないバンドみたいな事言ってっけどさ!」
俺の言葉に白神は含みを持って深く頷いた。
「やり方は人それぞれで良いと思います。配信者はみんな自分の方法で、自分が楽しんで、そして観ている人に楽しんでもらおうとしている、と僕は思います」
「そこだな!」
「? どこです?」
「自分の本当の気持ちを隠して、アイツ自身は配信を楽しめるのか?」
俺の言葉を聞いた白神は気持ち悪いくらいにニヤニヤと笑顔になった。
「……なんだよ」
「いや、そこまで初対面の人の心配をするなんて、やっぱり黒木は優しいな、と思って」
「バッ!? 俺たちは消耗品じゃねぇんだから、精神削って、ましてや奉仕でやるもんでもないだろうが!」
「そうだね。でも、実際に配信をしてエキサイトしてきたら、月の音さんも思わずキャラクターを忘れてしまうかも」
白神は珍しくイタズラを思い付いた子供のような表情で笑っていた。
「……それはそれで面白い」
白神の表情と言葉に俺のは感化され、内なる天邪鬼精神がむくむくと鎌首をもたげ始めた。
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