第3話 「アンタらの人気、全部もらうから」

 ――20xx年、5月。


「今日、新人さんが入るらしいよ。さっき社員さんに教えてもらった」

「あ? そうなん? もしかして今日はそれで呼ばれたん?」


 俺の前にはメロンの炭酸、白神の前にはブラックのコーヒーがある。

 事務所に来るのは面倒くさいけど、ジュースがタダで飲めるのは嬉しい。


 先月末に突然岡田さんからメールを貰って、てっきり給料が上がる話かと思っていたから、白神の話を聞いてガッカリ感は否めなかった。


「でも、それで呼ばれるって何で?」

「僕らに新人デビューのサポートをしてほしいんじゃないかな?」

「俺らはいつから保育士になったの!」


 休憩室で騒いでいると岡田さんがやって来て、俺と白神を呼んで、3人で会議室へと向かった。




「初めまして! 本日デビューになります! 月の音かぐやです!」


 会議室の扉を開けたと同時に、売れない地下アイドル張りの媚びていながらも主張の激しいデカい声での自己紹介が、俺の鼓膜に容赦なくファイトをかましてきた。


「うぉ! ビックリした! 何奴!?」

「初めまして。武者小路蘭丸こと白神です。月の音さんですか。とても可愛らしい方ですね」

「やーん! 憧れの先輩たちにカワイイって言われるなんて、かぐや感激ですー!」

 ――俺は言ってねぇけど。


 袖や裾にやたらとフリルの付いたロリータファッションを見を包み、腰まであるあざといツインテールの髪型で両手を頬に当てながら蘭丸の言葉に身悶えする姿は、どっからどう見ても「胡散臭い」。


「挨拶が終わったところで、そろそろ今日の打ち合わせを始めようか」


 ハハハと笑う岡田さんに言われて俺たちは椅子に座り、打ち合わせが始まった。


 白神の予想通り、俺たちにこの「月の音かぐや」の手伝いをして欲しいらしい。


「断れるなら断りたいんすけど。俺今、ARモンスター色違い全種コンプリート企画の佳境なんすよ。穴はあけたくない」


 俺が断りの返事をすると、月の音は大袈裟に肩を落として落胆し、眉をハの字にして上目遣いで媚びた視線を向けて来た。


 ――やめい! やめい! こちとら人と目を合わせんのが苦手なんだよ!


「僕は構いませんよ。色んな方と交流が持てる機会は逃したくないので」


 反対に白神が承諾すると、月の音はパッと明るい表情に変わって、キラキラとした笑顔を白神に向け、白神も笑顔で応えていた。


 俺と白神のそれぞれの意見に岡田さんはポリポリと頭を掻いた。


「うーん……。やっぱり自分で説得してごらん? 黒木くんはこう言ってるけど、月の音さんの思いが分かればお願いを聞いてくれると思うからさ」


 岡田さんに促されて、月の音が小動物のようにコクコクと小さな頷きを繰り返した。

 いや意図として頷く小動物なんか見た事無いけど。


「かぐや、デビューが決まる前からずっとお二人のファンで、毎日配信を観させて頂いています!

 特にレトロゲーム対決が大好きで、配信を観ているとかぐやもお二人の傍で一緒にゲームしているみたいに感じられるんです!」


 月の音のその言葉を聞いて、俺はハッとなった。


「そうだった! 白神、そろそろゲーム機返せよ! マジ、借りパクだかんな!」

「今は月の音さんの話を聞く時間です。それはまた今度」

「なんやかんや有耶無耶にされてここまで歩んで来てっけど!? 帰りにお前ん家行くからな!」


 月の音の話から白神にいつまでもゲーム機を貸している事を思い出して白神に追求を始めると、岡田さんが咎めるように咳払いをした。


「あ、すまん。でも、元凶はコイツ」

 一応、月の音に謝りつつも、原因を作った白神を指差すと、また岡田さんが咳払いをした。


「すごーい! 配信のままだー! お二人とも配信と変わらず普段から仲が良いんですね!」


 話の腰を折られたにも関わらず、キャッキャッと喜ぶ月の音の姿に、注意をしていた岡田さんも困り顔だった。


「でも今のやり取りを見て、やっぱりお二人と配信がしたいって改めて思いました! これっきりでも良いんです! かぐやと遊んでくれませんか!」


 月の音かぐやは席を立って深々と俺と白神に頭を下げた。

 頭を下げたまま微動だにしないその姿に、コイツなりの配信者としての覚悟みたいなものが伝わって来て、頼みを無碍に断るのも寝覚めが悪いような気になりだしていた。


「やろうよ、黒木。これからたくさんの後輩ができるだろうし、僕たちにとっても経験を積めるチャンスだと思うよ」


 吸収力抜群のポジティブ思考がベースにあったとしても、白神の言っている事にも一理ある。


「……わかった。やるよ。でも、あくまで新人が主体だかんな! ちゃんと喋れよ!」


 ハの字だった月の音の眉が外側に大きく動いて、表情がパッと輝いて見えた。


「ありがとうございます! 頑張ります!」


 ――クッ! 魔族にとってキラキラの笑顔は太陽よりも居心地が悪い!


「良かった! じゃあ早速三人での配信の準備をお願いしてくるから、少し待ってて!」


 岡田さんが嬉しそうに会議室から出て行って扉が閉まって三人だけになると、俺の中で一気に気不味さが急上昇した。


 岡田さんが抜けた事によって、初対面の人間に話しかけられる確率が3割から5割へ跳ね上がり、心拍数も跳ね上がった。


「これからよろしくお――」

「あのさ。先に言っておくけど」


 突然、俺の嫌いな「興味の無い人間にはどこまでも冷たい」女の声が室内に響き、俺はトラウマが呼び起こされて、気持ちがキュッとなった。


「アンタらの人気、全部もらうから」


 月の音かぐやは自分の爪と爪を弾いてパチパチと音を立てながら、さっきまでの半分くらいしか開いていない目で、俺と白神に挑戦的な視線を向けていた。


 ――コイツ……。やっぱり「胡散臭い」ヤツだったな。

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