第2話 「甘えんな! 対等でこそ戦友だろう!」

 ――20xx年、1月。


「今日は前回の配信で予定していた通り、ゲームをやりたいと思います」

「安牌で経験を積んでいくパティーンですな」


 初回のお披露目配信はなかなか好評で、無名の新人配信者二人組にしては瞬間最大同接者数千人超えという、そこそこの数字を記録した。

 今も放送を始めたばかりだというのに、コメント欄のメッセージが逆向きに滝のように流れている。


 ――同接千人なんて俺が個人でやっていた時には達成するまで何ヶ月もかかったのに……。




 前回の配信内で俺がゲームが得意という話から、今日は同じブースで肩を並べてゲームをやる流れになっていた。


「前回も言いましたが、最近の俺はずっとFPSを嗜んでおりますが、FPSをゲーム初心者にやらせても蘭丸のソウルが濁っていく様を2時間お届けするだけになりますので、今回は我が城の倉庫からこれを持って来ました」


 ドンと荷物を出す体で、現行のゲーム機からは5世代前のゲーム機の映像が画面に映し出される。


「へー。最近のゲームは映像が凄いリアルって聞いていたけど、こういうかわいいのもあるんですね」

「いやいや、コイツはレジェンドアーティファクト! 30年くらい前のグラなわけよ。最近のはスゴいよ、ホント!」


 天然なのかワザとやっているのかは分からないけど、こういう小ボケをかましてくれると誰にでも分かり易く話が盛り上がって配信的に助かる。

 今度、こういうボケは狙ってやっているのか聞いてみよう。


「説明を続けます! これは今でもシリーズが出てるレーシングゲームの最初のやつで、キャラクターごとに特性があるけど、まぁ、慣れるまでは好きなキャラを使えば良いよ」


 懐かしいコントローラーを握りながらゲームを進めて、キャラ選択画面に移る。


「アウディは無いんですか? 家の車がアウディで」

「ファンタジーなんでそういうのは無いっす! あとメタいんで金持ち発言はやめて!」


 今の発言で狙ってやっていない事が分かった。そして蘭丸の天然がなかなかに爆弾である事も同時に理解した。


 コメント欄も蘭丸の発言に対して、俄に盛り上がりをみせている。


「えー、気を取り直して、最初は練習として2P対戦で操作を覚えてもらいましょう」

「お願いします」

「まず、Bボタンを押します」


 蘭丸が手元を確認しながらBを押すと、画面の中のキャラの乗ったカートがゆっくりと走り出した。


「動きました!」

「ではYボタンを押してくださいっ!」

 走り出して喜ぶ蘭丸の声に被せるように次の指示を出す。

 すると、蘭丸の操作していたカートがキュッと音を立てて停止した。


「これがブレーキです。アクセルとブレーキが使いこなせないと、このゲームで2位にはなれません」

「え? 1位じゃないんですか?」

「1位は、俺です」

「えぇ……。カッコイイ……」


 その後はアイテムの効果やハンドリングのコツを教えて、曲がる度に蘭丸の体が同じ方向に傾くというお決まりのボケを丁寧にかまし、様式美で体を傾ける必要はないぞと注意しておいた。


「とりあえずアイテムの説明と蘭丸が一周走れるようになったんで、コンピューター混ぜてレースしてみますか」

「大丈夫ですか? 私とやってレースになりますか?」

「知るか! 教えるべき事は教えたぁ! 後は勝負の中で成長してみせろ! 獅子は自分の子供を谷に落とし、這い上がった者を育てると言う! 俺は成長した奴を強敵と書いて友と呼ぶっ!」

「私たち、既に友達じゃないの?」

「甘えんな! 対等でこそ戦友だろう!」

「えー! 厳しいー!」


 言葉では嘆いていても、蘭丸の声は楽しそうだった。


 どうやら蘭丸は強く当たってもこちらに悪意が無ければへこたれないらしい。

 コラボ相手がこういう人間だと、夢中になると言葉が乱暴になりがちな俺としてはありがたい。


 そして、俺にとっては中学を卒業してすぐの無職時代を思い出して少し苦みを含みながらも、今では懐かしいと思えるサウンドと共にレースが始まった。




 レースのルールは簡単で、全5ステージ、違うコースで順位を競い、各コースの順位ごとに貰えるポイントが最終的に高かったプレイヤーが優勝となる。


 ちなみに5ステージの内に、2回4位入賞ができないとエントリー権を無くし、レースに参加できずに後は見ているだけになる。


 蘭丸が初心者だから難易度は一番低くしてあって、俺的にはブランクあるとはいえ低難易度では歯応えがなく、難なく1位になり、ゴール後は蘭丸の初心者プレイを面白く観ていた。


「ふぁーっ! 曲がらない! あ、抜かれた! 待って待って待って!」


 蘭丸は騒がしくも楽しそうに左右に体を揺さぶりながらゲームをしていて、見ているだけで楽しくなってくる。


「今無敵になれるアイテム持ってるから早く使えっ!」

「アイテム? どうやって使うんだっけ?」

「Aっ!」


 少しの間の後に蘭丸の操作していたキャラがキラキラと輝き始め周りのカートを置き去りにする速さで走り出した。

 このキラキラ状態はいわゆる無敵状態で、攻撃系のアイテムも効かないし、速度も最高速状態になる。


「速い! 速い!」


 最高速状態に少し操作が怪しくなったけれど、蘭丸のキャラは無敵状態が解けた後も最高速のままゴールラインを通過した。


「お! これは4位! アイテムに恵まれて、このラウンド入賞じゃん」

「初心者にしては上出来かな!?」

 

 蘭丸の興奮が抑えられない様子が声からバシバシと伝わって来る。


「いや、一番下のクラスで一番初心者向けのコースで得意になられても! 初めて触る幼稚園生だって4位に入る事もありますわ!」

「そっかぁ……。じゃあ、ようやく私もこのゲームの門戸を叩いたってところですね」

「何言ってんのかよく分からんが、そう!」


 『分からんのかい!』というコメント欄からのツッコミを貰いながら配信は続き、俺は1位を獲り続け、蘭丸は最後のレースまで残ったり残らなかったりで、視聴者的には手に汗握る感があって見応えがあるんじゃないかと思えていた。


「なかなかの盛り上がりでお届けしながらも、そろそろ時間すねー」

「あ! 本当ですね! あっという間に2時間経ってる……」


 蘭丸は本当に時間を忘れていたらしく、あからさまに語尾が残念そうだった。


「じゃあ、終わりますかー」

「ちょっと待ってください」


 時間通りに配信を終了させようと流れを持っていこうとするところに突然蘭丸が待ったをかけた。

 予定外のアクションに、蘭丸を台本に忠実な男だと思っていた俺は少なからず驚いた。


「どしたん?」

「私、まだクロードの戦友になれていませんよね?」


 隣の蘭丸の目は真剣で、どうやら冒頭で俺が適当に言った事を気にしている様子だった。


「あー、や、まぁ今日初めて触った訳だし。そんなに気にせんでも――」

「あと1回だけやりませんか? できたら練習でやった一対一のレース」

「んー……。まぁ、いいけど」


 蘭丸がゲームに真剣になってくれている事は素直に嬉しかったし、このゲームを選んだ甲斐もある。

 が、もし蘭丸がサシでならワンチャンあると思っているのであれば、その鼻っ柱は今のうちに折っておかねばならない。


「じゃあ泣きのラストレース行きますか!」

「お願いします」


 内心、少しイラッとしながらコントローラーを握り、対戦モードを選択してキャラを選んで、コースは練習に使った妨害ギミックの少ないオーソドックスなコースにした。

 ここなら純粋にドライバーの腕で勝負ができる。


 ――気掛かりはアイテム運か……。


 レッドシグナルが消えるまでの数秒の間にチラッと絶えず流れるコメント欄を見ると、ほとんどが蘭丸を応援するコメントばかりだった。

 初心者が頑張っているんだから、自然と蘭丸の応援が多くなるのは当たり前だ。


 だけど俺は手を抜かない。

 誰が初心者だろうと産まれたての赤子だろうと勝負は全力で戦う事を信条としている。


「スターティン!」


 このゲームはドライビングの実力差を埋めるために後ろを走るカートに逆転に繋がるアイテムが出やすくなるように設定されていて、現にコーナーで蘭丸と差が作れたとしてもアイテムを取った後には必ず差が埋まっている。


 一周が終わって、俺と蘭丸の差は2秒。

 アイテム1つで逆転可能な位置に着けられている。


 ここで少し卑怯かとも思ったが、このゲーム最速の走法を繰り出す。


 俺の操作するキャラのカートが小さくジャンプをした後、最高速のまま横滑りしてコーナーをクリアして蘭丸との差を大きく作り出す。

 いわゆる、ドリフト走行だ。


 最速とされるドリフトを蘭丸に教えなかったのは意地悪でも何でもなくて、単に操作がシビアになって、初めからドリフトを教えると普通に走る事すらままならなくなってしまうと考えて教えていないだけだ。


 ドリフトによってコーナーで生まれる差が一周目よりも大きくなり、アイテムの妨害があって一時的に抜かれたとしても、すぐにまた抜き返して2周目も俺がトップをキープした。


 ファイナルラップに入り、二箇所あるアイテムゾーンの一箇所目で蘭丸が加速アイテムを拾って一気に差を詰め、俺の真後ろに着いて、無くなった差をまたコーナーで作り出すものの、コースが短いせいで余裕の無いまま二箇所目のアイテムゾーンを通過した。


「あ!」


 蘭丸の口から驚きと喜びが半々くらいの声が漏れ、一瞬だけ蘭丸の画面に視線を移すと蘭丸のアイテム欄に無敵になれるアイテムが表示されていた。


「待て待て! このタイミングでそれはエグいて!」

「天が私に味方してくれています!」


 俺のアイテム欄には加速アイテムがあり、割と良いアイテムを拾ったけど、蘭丸の持ったアイテムに比べればゴミみたいなもんだった。


「行けーっ!!」


 蘭丸は早速アイテムを使い、1秒もかからず横に並び、競る間も無く俺を抜き去って行った。


「やった!」


 配信が始まって初めて俺の前を独走している事に蘭丸は喜び、俺はコントローラーをグッと握った。


 ――大丈夫。アイテムゾーンからゴールまで無敵効果は持続しない。


 デカい声を出しそうになるのを堪えて冷静になって状況を整理する。


 コーナーはあと2つ。


 短いコーナーをドリフトでクリアするものの、蘭丸は加速を活かしてコーナーをカーブせずに真っ直ぐ突っ切るショートカットをして差は変わらず、少しでも詰めたかった俺は下唇を噛んだ。


 だけど最後のコーナー手前で蘭丸の無敵状態は終わり、これでもし俺が蘭丸のカートに当たったとしても当たり負けをしてスピンする心配は無くなった。


 最終コーナーは大きく180度回り込んで、後は短いホームストレート。


 蘭丸に勝つ為にドリフトで走行距離が最短のインのインを走って距離を詰め、コーナーの出口からゴールに向けて加速アイテムを使う。


「おらぁー!!」


 蘭丸と並んだと同時くらいに2人ともゴールし、すぐに右下の順位を確認すると俺に1の数字が表示されていた。


「よっしゃーっ!! あぶねーっ!!」

「あ!? 負けたー!!」


 勝利の興奮が少しの間、収まらなかった。


「うわぁ、勝ったと思ったのに……」

「いや、危うかったよ。マジで」


 落ち着いてきてコメント欄を見ると、見た事無い速さでコメントが流れ、みんなの発言が読めないくらい速かった。


「つか、ヤバい! コンマ2秒差! もうこれは瞬きレベル!!」

「あー……。タイムを聞いたら、また悔しくなってきた……」


 辛うじて読めたコメントにタイム差について書かれていて、確認してまた喜びが湧き上がった。


「私のワガママで延長して頂いてるので、名残惜しいですけど終わりましょうか……」


 気付けば予定終了時間を15分も過ぎていた。


「……このゲーム機、借りて帰っても良いですか?」

「志が高い! でもこれ会社が用意したもんじゃなくて、俺の私物だからね」

「そう、ですよね……。今度、ネットで探してみます……」

「でも、まあ、対等に戦った戦友には貸してやらんこともない」


 俺の発言に蘭丸が目を大きく見開いて、俺の目をジッと見つめた。

 真っ直ぐに見つめられる瞳が恥ずかしくてコメント欄に目を向けると、コメント欄もひたすらに『これはツンデレ』、『素直になれよ』、『カワイイ』みたいな言葉が流れ続けていた。


「時間押してるんで終わりまーす! あざましたー! また告知しまーす! 次回もよろしくー!」


 これ以上の追求から逃れる為、俺は強制的に配信を終了させた。

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