第1話 「この配信にどんな事を期待していますか?」
「それでは本日19時から二人のデビューとコラボの配信を行います」
「はい」
会社の暖房の入った一室で机を挟んで向かい側に座る社員の岡田さんに数枚をクリップした紙を渡され、俺は黙って受け取りながら頷いた。
返事をしたのは白神の方だ。
面接を受けてから一週間後、何の連絡も無いから落ちたかなと思っていたらメールがあって、俺は動画配信会社「えもため」に合格し、そしてライバーとして所属する事になった。
正直、合格通知を貰った日は自分でも気持ち悪いくらいに顔がニヤけていたと思う。
早速、初配信の打ち合わせをする事になって、後日面接会場となっていた都内の会社行くと、ロビーに白神の姿を見つけて、驚きと少しの喜びがあった。
「黒木さん! お久しぶりです!」
――名前覚えてるんかい! 俺も覚えてたけども。
「お久しぶりっす。白神さん」
互いに合格した事を喜び合い、合否が出るまで落ち着かない日々だった近況を語り合っていると、若いとは言い難くも、オッサンではない男が俺たちに近付いて来た。
「白神くんと黒木くんだよね。僕はえもための社員の岡田と言います。よろしく」
社員の岡田さんは当たり前のように握手を求めて手を差し出し、白神は迷い無く岡田さんと握手をした。
「白神です。採用いただき、ありがとうございました。精一杯頑張らせていただきます」
白神が握手をしたら、その後の俺も握手をしなければ空気が悪くなってしまう。
「黒木です。よろしくお願いします」
「二人に社員証を渡しておくから、会社に来る時には首からかけて、必ず受付にこれを見せてね」
岡田さんから社員証を受け取り、会社っぽいと感動していると白神はすぐに社員証を首にかけた。
それを見て俺も社員証を首にかけ、岡田さんの案内で白神と三人で狭いエレベーターに乗り込み、三階へ上がった。
「台本は用意したけど、話が盛り上がるならドンドン自分たちで好きに話して良いからね」
「ぶははっ!」
岡田さんに貰った資料に目を通し、そこに書かれていた文を読んで吹き出しを堪えられなかった。
「黒木くん、どうかした?」
岡田さんに怒った様子は無くて、単純に俺の吹き出しポイントを知りたい感じだった。
「いや俺、魔界を追われた王子の設定なんすね」
資料には家臣の裏切られ魔界から人間界への逃げ延びた王子と書かれた設定と一緒に目付きの悪い金髪の八頭身イケメンキャラが記載されていた。
「名前はクロード……」
アニメに出てくるようなキザったらしいキャラだったけど、デザイン的には正直嫌いではない。
「僕はやんごとなき身分で市井の色々な事を学ぶために配信を始めたって設定なんですね。名前は武者小路蘭丸ですか」
白神は、へー、と何やら感心しながら資料を捲って、ふんふん頷いていた。
「設定があった方が身バレの心配が減るからね。普段何してるんですかって質問は絶対に来るから、設定に則って話せば、大抵のリスナーは設定以上には踏み込んで来ないから」
「いますねー。やれ学校行ってんのか、やれ仕事しろとか、プライベートに言及する奴ら」
「そうなんですか?」
白神の質問口調から厄介リスナーの愚痴エピソードが俺と岡田さんから止まらず、打ち合わせ予定時間の大部分を使ってしまった。
「愚痴が止まらなくてごめんね!」
「いえ、とても貴重なお話だったと思います。これからの心構えができました」
「その回答は優等生!」
それから機材の説明と配信の手順の説明があった。
俺は元々配信をしていたから仕様の確認だけできれば充分で、説明は完全に配信経験の無い白神のためのレクチャータイムになっていた。
「始まったらココをクリックして、コレを起動させて、マイクオンですね」
「そうそう。白神くん、飲み込み早いね」
「岡田さんの教え方が分かり易いんですよ」
「いちゃつかないで貰えますかぁ?」
そんなやり取りをしながら岡田さんからの機材説明が終わり、30分の休憩の後に、いよいよ初配信となった。
配信の10分前まで休憩となり、俺は白神と休憩室に行き、タダで買える自販機で白神はカフェイン補充をしていた。
「緊張しますね」
言葉の割にその緊張とやらは白神の表情からは伝わって来なかった。
「黒木さんはこの配信にどんな事を期待していますか?」
表情からは伝わって来ないけれど、声色からは少し固さが窺えた。
「……俺は稼がないといけないんで、早く登録者増やして安定的に稼がないと明日にも死ぬ」
「一人暮らししているんですか?」
白神は目を輝かせて少し身を乗り出して聞いてきた。
「いや実家だけど、まぁ、家を出たいってのもあるし、そういった意味でも稼ぎたいってのはある。
そっちは? 普通のバイトじゃダメだったん?」
レモンの炭酸を一口飲んで、配信の動機を白神に振る。
俺が話したんだから、白神にも語ってもらおう。
「面接の時の補足になるけど、僕は人生の価値を高めるには、より多くの情報を得る事、知識を蓄える事が欠かせないと思っている。
だけど一人で得られる情報には限りがあって、それに加えて偏りが出る。
具体的なエピソードを挙げると、高校の時にクラスメイトが話している話題に付いていけない事があって、とても疎外感を覚えたんです。
その時、僕は寂しさよりも学校の勉強以外にも学ばなければならない事が沢山あるって気付いたんです。
だって、その人が知っている楽しい事を知らない人生って損をしてるって思いませんか?」
「お、おぅ……。熱い自分語り……」
急に熱量高くまくし立てられて、頷くだけの面白みの無い返事になってしまった。
「勿論アルバイトでも業種を選べば沢山の方と関われるとは思いますけど、時間をかけて、より多くの人と、より深くとなると、配信の方が合っているのではないかと。
僕は沢山の人の好きを教えてもらって、多くを知りたいんです!」
大人しいと思っていたら男の熱い部分に触れて、思わず言葉に詰まってしまった。
何か上手い返しをしないと良い配信者にはなれないと分かっていたけど、未熟にも今の俺の語彙ではこの熱量に合う言葉を持ち合わせていなかった。
「二人ともー。そろそろスタジオに入ってー」
岡田さんが休憩室に顔を出し、安心して、でもすぐに緊張に襲われた。
これからクロードとしての初配信が始まって、面白い、面白くないのファーストジャッジが下される。
固定リスナーは付いてくれるだろうか、アンチが湧いたらめんどくせぇなとか、他にも色んな心配が頭の中に一気に広がる。
「黒木さん」
不意に白神に名前を呼ばれ、ハッとして隣に目を向けると白神が右手を出していた。
「いや、クロードかな。これからよろしくお願いします」
白神は――、蘭丸は色々教えて下さいねと言葉を付け加えていた。
緊張を感じさせない表情とは裏腹に、震える右手を見て、自分の心がフッと軽くなる感じがした。
マイナス×マイナスはプラスだ。二人とも不安なら後は上がっていくだけだ。
「良い出会いがあるとイイっすね」
蘭丸の手を握ると、蘭丸は目を細めてニコリと笑った。
「大丈夫です。幸先は良かったので」
蘭丸の言った意味が一瞬分からず、間を置いて自分の顔が赤くなるのが分かった。
配信部屋に行くと、四畳半くらいの個室に幅広の机があって、大きなモニターとデスクトップの高そうなパソコンが置かれ、用意された背もたれがメッシュのオシャンなゲーミングチェアに腰掛ける。
不安を体の中から追い出すように大きく息を吐き出してガラス張りの隣の部屋に目を向けると、蘭丸が俺に頷いて、俺も頷き返してマイクをオンにする。
「本番5秒前! 4、3、2、……」
「始めまして。動画配信会社えもため所属の武者小路蘭丸です」
「同じくクロードっす」
「本日の初配信は自己紹介と今後の活動方針、そして何より私とクロードの顔と名前を覚えて頂けたらと、そう思っております」
「まぁ! 気負わずにやりましょうや!」
こうして俺はクロードとして、そして白神は蘭丸としての配信者活動が始まった。
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