配信のススメ

國澤 史

プロローグ

 ――20xx年、11月、都内某所。


「では今一度、志望動機をお聞かせ願えますか。……では、黒木くんから」


 机を挟んだ向かいには3人のスーツを着た、オッサンと呼ぶにはまだまだ若い男が並んで座っていて、俺から見て左のメガネをした男が口を開いた。


 ――俺から? つか、その質問トータルで3回目なんだけど。


 隣に座るずっと笑顔の優男(ヤサオ)は笑顔を崩さず、自分が先じゃなくて良かったみたいな反応も無くて、どっちが先でも良さそうな感じだった。


 一度LEDライトが光る天井を見て、それから正面を向き直し、面接の度に散々言い続けてきた志望動機をなぞるように口にした。


「えー……。自分は中卒で、人付き合いとかも結構苦手で、それで仕事とかバイトとかしてても長く続かなくて。

 でも、配信始めてからは自分が主体となってやれて、好き勝手やってる事なのに、それが楽しいって言ってくれる人がいて、ちょっとだけど金が稼げて。あー、これで働けるならやりたいなって。

 ここなら仕事になるって聞いて、それで応募しました」


 嘘は嫌いだからありのままを全部伝えた。

 スーツ三人衆は頷きながら何かメモをしていた。


「では続けて白神くん、どうぞ」

「はい」


 白神と呼ばれたヤサオは穏やかさと優秀さが具現化したみたいな雰囲気で、気持ち良過ぎるくらい通る声ではっきりと返事をした。


「私は現在大学に通っていますが、勉学だけでは無く、人と関わるという視点からも自らの将来について考えたいと思い、より多くの人と交流する機会を得られると考え、貴社に応募させていただきました」

「なるほど」


 三人衆の一人が俺の時とは違って声を出してメモを取っていた。

 いつも中卒のハンデを背負ってきたから、面接でのこういう細かい反応の違いには敏感に反応してしまう。


 それからパソコンの知識についてとか、いくつか質問を受け、それなりに答えられたと思うけれど、特別手応えは無く、ヤサオこと白神と一緒に会社を出た。


「黒木さんは駅? コーヒーでも飲みに行きませんか?」


 さん付け呼びに少し驚いたのと、カチカチの優等生だと思っていた白神が口調の割には砕けた態度になった事には、少々面食らった。


「あー……。昨日緊張で眠れなかったんで、帰って寝たいです。すんません」


 外に出ているのも嫌なのに、初対面の人間とサシで茶をしばくなんて考えられない。

 それなりの理由を付けてお断りさせていただく。


「そうですよね。実は僕も緊張で昨日はあんまり眠れなかったんですよ」


 コーヒーを断られた事を気にもせず、白神はニコニコと笑っていた。


 ――何考えてるのか分かんねぇな、コイツ。


「じゃ、次に会う時はコラボの打ち合わせをしていたいっすね」

「あ、黒木さん!」


 なかなか気の利いた別れのセリフを言ったつもりだったのに、無粋にも白神は去ろうとする俺の背中に声をかけてきた。


 ――おいおい。こんな粋な別れの流れが理解できないってのはネットの世界じゃ致命的だぞ。


「駅、こっちです。反対側です」


 白神は少しだけ目を大きく開き、俺の行こうとしていた方向と真反対を指差していた。




 優しい白神さんの案内で無事に駅に着き、入り組んだ路線図から最寄りの駅名を探し出して財布から札を出して券売機に飲ませる。


 ――冷静に考えて電車乗るのに札を入れるとかやべーな。


 券を買い終えて改札を通ると、白神は既に駅構内に入っていた。


「どこまでですか?」

「神奈川」

「じゃあ、こっちです」

「電車詳しいですね。テッチャンなの?」

「テッチャン?」

「あー、いや、こっちの話」

「?」


 どこまで一緒なんだろうと思いつつも、地元には無い人混みと広い駅から自分の使う路線を見つけるのに苦労しそうだったから、案内してくれるのは正直ありがたかった。


「少し待っていてください」


 ホームに着くと白神が離れて人混みに消えた。

 待つも何も、電車が来るまではここを離れるつもりはない。


「はい、どうぞ」


 戻って来た白神の手には缶コーヒーが二本握られていて、右手に持ったコーヒーを俺に差し出した。


「どんだけコーヒー飲みたいんすか……」


 呆れながら缶コーヒーを受け取り、白神が開けるのを待って缶を開け、グッと中身を一気に飲み込む。


「ちょっとカフェイン中毒でして……」


 白神は恥ずかしそうに人差し指で頬を掻いているが、カフェイン中毒なんて、ちょっとなってみたい性質ランキングでトップテンには入る憧れの中毒じゃないか。


『6番線、○○行き電車が参ります』


 頭の上のスピーカーから到着のアナウンスが構内に響き渡り、手に持った空の缶コーヒーをゴミ箱に捨てる。


 乗り込みの列の最後尾に並んで乗客の降車を待って、自分の乗るより先に発車のメロディーが流れて内心焦ったけれど、前の女子高生が全く焦った様子が無かったから、俺も焦らず待ち、窮屈な箱の中に自分から乗り込んだ。


「は? 乗らないんすか?」


 電車に乗り込んで振り返ると、白神は電車に乗らず、笑顔で小さく手を振っていた。


「僕は都内なので」


 ――なんやコイツ、めっちゃ恵まれとるやんけ……。


 俺の溜め息の代わりにプシューと空気を吐き出して、電車のドアが閉まった。


 ゆっくりと電車が加速しながら東京を離れて、シケた地元へ向かって走り出した。


 ドア傍の壁に寄りかかりながら、窮屈な車内に自分のスペースを作って目を瞑り、電車に揺られながら早く目的地に着く事だけを願った。

 普段は近所のコンビニにしか出掛けないから、長時間電車に乗っているだけでもストレスがハンパない。


「それに……」


 ストレスの要因は電車だけではなかった。

 苦味は無くなったのに、後味の酸っぱさがいつまでも口の中に残っていた。


「やっぱりコーヒーは嫌いだ……」

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