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5.1
◇◇◇
「……ねぇ、本当にいいの?」
「それもう何度目? 由羽はボケちゃったのかな」
だってあまりにも彼女があっさりしているから心配になってしまうのだ。恵理は学校帰りに喫茶店にでも寄るかのように歩き出そうとしている。でももし今歩き出せば、きっともう後戻りできないのだ。
「そんなこと言ったって、由羽が誘ってくれたんだよ?」
「私が誘ったから心配なの」
誘った方だからこそ、ちゃんと考えてくれたのか不安になるのだ。恵理が一緒に来てくれたら、誰が一緒にいてくれるよりも嬉しい。彼女じゃなかったら、私は誘ったりなんかしない。でも同時に彼女を危険に引きずり込むことになる。もし断ってくれたら、それはそれで安心できるのだ。何かあってもたぶん、責任はとれないから。
でも彼女は、取ったもん勝ちとでもいうように私の手を取って、大きく前後に振った。
「心配なんて、どこにあるの? 由羽と二人きり。最強じゃん」
「だって……だってもう家族とも友達とも会えなくなっちゃうよ?」
私はなぜこんなにも彼女が躊躇うようなことばかりを並べてしまうんだろうか。どうせ保険を張ったって取り返しのつくものではないのに。私の言葉に彼女は僅かに目を伏せた。けれどすぐにまたいつものように、揺らぎのない瞳を見せつける。
「お母さんももうお母さんじゃなくなっちゃったよ。友達もみんなそう。ゾンビになってないのにゾンビみたいに。でも由羽は由羽のまんまだ。私もそうだと思ったから誘ってくれたんでしょ?」
そうだ。もうほとんど終わってしまった世界でも、私は、恵理は、まだ生きているから抜け出したい。彼女と一緒なら、きっと死なないでいられるだろうから。
でもそう思っているのは私だけなんじゃないか? 私には未だに彼女の本心がわからなかった。なぜいつも彼女が私に笑いかけてくれるのか、私は今になってもわからないのだ。
「どうして……恵理の周りには守ってくれる人も、好きになってくれる人もたくさんいるのに、どうして私なの?」
「あはは、また由羽の心配性が始まったー。前にもおんなじ質問したよ?」
彼女はそんな疑問は取るに足らない問題だというように、そんな簡単なことはテストにだって出ないというように、軽く笑い飛ばした。
「他の誰かじゃない。由羽は私をちゃんと見てくれるからだよ。そんな由羽だから私は一緒に踏み出したいの。信じられない?」
どうだろう。今の私にはその言葉の全てを飲み込めるような器は持っていなかった。それでも、彼女と繋いでいるこの手の心強さだけはわかっていた。だから物分かりの悪い私はそれだけを信じることにする。
私たちは二人で、これから踏み出そうとする「何か」に目を向けた。空っぽで静かで、でもだからこそ走りやすそうな、騒ぎやすそうな貸し切りの「何か」だ。
「ねぇ、そろそろ世界が終わるね」
「うん、あと少しだ」
終末を控えた世界は物憂げで、誰かを待ちわびているようだった。せっかく人々に作り出された町並みは今も人々が行き交うのを待ち望んでいる。
「この世界で、私たちは何かできるかな?」
「せっかくだから、最後に何かしたいよね」
彼女が深呼吸と一緒に吐き出した気持ちに、強く手を握りしめながら答えた。もう私たちに残された時間はほとんどない。ほとんどないけど、全くではない。
だから、まだ何かできるはずだ。二人だから、きっと。
私たちは終わりに一歩を踏み出した。
町は空虚で、色鮮やかだった。
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