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4.1
◇◇◇
その日は、なんだか恵理の機嫌があまり良くなかったのを覚えている。
校門で待っていた私の所に遅れてやってきた彼女は、そのまま私の手を握ると一言も発さないまま学校を後にした。
「由羽はさ、彼氏いる?」
ようやく口を開いた時もどこか遠くを見たままだった。私は繋いだままの手がぶんぶんと前後するのを感じながら歩いていた。
「いや、いないの知ってるでしょ。放課後もほとんど一緒にいるんだから」
「じゃあ、彼氏欲しいと思う?」
私が会話の流れがよくわからないままに首を振ったのを見て、ようやく彼女は足を緩めた。
「吉岡君に告られた」
ぶっきらぼうにそう告げる彼女に、私は共感とも慰めともつかない微妙な呻き声で返した。確かに彼は最近そんな雰囲気を出していたのだ。いつか踏み切るんじゃないかと思っていたが、それが今日だったか。
「で、何が不満なの。告られたんでしょ?」
だってさ、から始まる彼女の愚痴を聞くのは初めてではない。彼女はあまり自分から進んで人に話しかけたりはしないが、それでもその容姿に惹かれる男の子は多い。たぶん彼女の人見知りが無ければ、私が愚痴を聞く回数はもっと増えていたことだろう。
「私が断ったらさ、『じゃあ誰かと付き合ってるの』、ってしつこく聞いてきて、私が誰とも付き合ってないって言ったら、じゃあいいじゃん、だってさ。まるで誰かと付き合うのが当然みたい」
「んー、まぁ向こうもそれだけ気持ちが入ってたんじゃない? それに私たちももう高校生だしね。恋愛に興味がわく人もいるでしょ」
恵理はようやく腹の虫がおさまったのか肩を下ろして、今度は不思議そうにため息を漏らした。
「恋愛かぁ……。あんまり考えたことないんだよね。男の子と仲良く会話してる自分が想像できない。なんか変なこと言っちゃって落ち込んでる様子しか浮かばない」
「まぁそれは想像できるね」
「それに由羽と一緒の方が彼氏と一緒より楽しいでしょ。由羽ほど変顔のバリエーション持ってる人はいないよ」
「私のアイデンティティは変顔だけか」
私がせっかく変顔をしてあげたのに、彼女は難しそうな顔をして恋愛について考えを巡らせていて笑ってくれなかった。
「……好きってなんだろ。私は由羽のこと好きだけど、それとは違うの?」
「うーん、また違うんじゃない?」
「じゃあ、好きってなぁに? 教えて由羽せんせ」
今日はまた難しそうな議題があがってしまったみたいだ。こうなったら恵理は満足するまで止まらないだろうから、しばらくは乗ることにしよう。
「さぁ……。誰かと一緒にいたい、とか?」
「でも、由羽ともいつも一緒にいたいと思うよ?」
「それもそうか。じゃあ……チューしたいとか」
彼女はストローをくわえるよう唇を突き出してしばらく考えた。
「んー……由羽ならチューしても悪くないかも?」
「なんで全部私が基準なの」
「他に想像つきそうな相手がいないし。由羽はどうなの? もし私とチューすることになったら」
どうだろ。私も彼女に乗せられて間抜けにも考え込んでしまった。自分からしようとは思わないけど、でも別にしても嫌な気分はしなさそうな気もする。
「じゃあ、私と由羽はソーシソーアイなんだねぇ」
恵理はまるでおばあちゃんが孫に話しかけるみたいにしみじみとまとめた。なんだかちょっと話がずれてる気もしたけれど、こじれるのも面倒な気がしたのでそのままにしておいた。
こんな話をしていたって、いつかいざ好きな人ができたら、きっと彼女はその人の許にいってしまう。だって彼女はこんなに可愛いんだもの。引く手数多だ。その選択肢の多さは、私にはちょっと羨ましい。
私だって、いつかは彼氏を作って、誰かの奥さんになって、お母さんにもなるかもしれない。そんなこと想像もつかないけれど。でもだって、それが「普通」だ。みんなそうするんだから、私もそうなる気がする。
「なんだろ、恵理が変な話題にするから変な気分。いつか恵理が私のもとを離れて誰かとチューしてると思うと、ちょっとジェラシー」
「そんな話だったっけ? 嫌だったら今のうちに私としとく?」
「それは未来の彼氏さんに刺されそうだから遠慮しとくよ」
「それじゃあ私も由羽の未来の彼氏さんのために遠慮しとこ」
「そんな人いるかなぁ……」
「じゃあ、もし誰も引き取り手がいなかったら私がチューしてあげるね」
私は嬉しいような馬鹿にされてるような、複雑な気持ちで帰路を歩く。まだ恵理と手を繋いだままなことを、私はすっかり忘れていた。
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