1.3

◆◆◆


 どうして、この道を選んでしまったの?

 どうして、私を信じてしまったの?

 だけどどうせ行き止まりの道ならば。

 だけどどうせ終わりが見えているのなら。

 最後にたった一度だけ。

 最後だから一つだけ。

 あなたを信じていたかったの。



 こんなのおかしい。

 絶対におかしいはずの状況なのだ。おかしいのはわかってるのに、狂っているのはわかっているのに、じゃあなぜ彼女は落ち着いているんだ。私の手が震え、呼吸もままならず、今すぐどこかへ逃げ出したい衝動に襲われているのに。なぜ、彼女自身が静かに笑っているのだ。

 恵理は落ちていた鉄パイプを跨いで、床に広がった黒い液体には触れないよう慎重に膝をついた。そして物言わなくなった肉の塊に手を合わせる。

 違う。そんなことをしているべきじゃないんだ。あいつらの命なんてもう何度も奪ってきた。その死体だって飽きるほど見てきた。今さら大抵のことじゃ動じないほどの経験をしてきた。

 だけどでも、今だけは。

 だからこそ、今だけは。

 恵理はもっと動揺するべきなんだ。

 私の頬を張って、気がふれたように罵声を投げつけるべきなんだ。そうするべきだし、そうして欲しかった。

 私の震える手からタオルを受け取って、彼女は汗でも拭くように、腕から流れていくものを隠した。その布切れはすぐに元の色を失った。

「お願いだから、謝ったりはしないでね」

 彼女は悪事が見つかった少女のように、ほんの少しの後ろめたさを滲ませて私に手を立てた。そんな仕草は違う、立場が逆じゃないか。

「でも、だって……私のせいじゃん……確認したのも、大丈夫だって言ったのも……。もっと怒ったって……」

「あんなに暗い所だったら気付かないよ。音もしなかったしさ。とりあえずは無事なのを喜ぼうよ。ね」

「無事、なんて……」

「いつかは来ることだったんだよ。それにまだ感染するかだってわからないじゃん。意外と平気なのかも」

 私はしばらく言葉を返すことができなかった。きっと呼吸をすることだってできなかった。こんなのは間違っている。それだけを頭の中で繰り返して、彼女に手を引かれその部屋を出る時も声一つ出さなかった。

「ねぇさ、私がゾンビになったらどんなのになるかな。最近の走るやつ? それとも昔懐かしい手を上げて歩いてくるやつかな」

 私はそれに何も返すことなく、彼女の体に腕を回した。そしてその体中に運ばれて行くものを止めようとでもするように、きつく、きつく、たぐり寄せた。


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