第四話 ───と、ツバキと、

「ふぁ……。」



家の廊下をあるく一歩一歩が思い。親はまだ仕事で帰っていない。身体が揺れる毎に出るため息。

私は部屋のドアを開け、電気をつけないままベッドに倒れかかった。


心が削がれ、目的を見失った私の手はいつの間にかスマホを持っていた。



SNSを一通り見てみる。私がフォローしているカップルのアカウントが手を繋いでいる写真を載せていた。

その二人はさほど身長差が無く、両手を恋人繋ぎ、おでこをくっつけ、お互い目を閉じている。


私は今、───と遠く距離を離れ、一切の思いもなく、突き放し、突き放され、閉じた目には潤いを持っている。


ため息も、もう出ないところまできた。でも、気は曇りのまま。食欲の無さを通り越して腹から何かが出てきそう。




……なんで正直に話してくれなかったんだろ。気を遣われていたのかな、私。仲良しだと思ってたのは、私だけだったのかな。





暗い部屋、ベッドで仰向けの私、この空間の唯一の光であるスマホ。ふとその画面に、写真のアプリが見えた。

開いてみると、その数500枚余り。新古降順に並べられている。


下へスクロールしていく。最初は先程のカップルの写真ばかり。持つべきはエモい心の癒しだとして、最近の女子高生は有名なカップルアカウントの写真をよく保存する傾向にある。

ただ、今の私はその写真らを見ても少しの癒しにもならない。

そう、今の私に必要なのは───…


……あれ、なんでそう思ったんだろ。───に突き放されたのに、突き放したのに……。



……一度───の顔を、思い出すと…なんだか……泣けてきて………。



あれ……なんで泣いてるんだろ………。



二度と接触しない約束なのに……。



なんで…頭から、離れないのかな………。





♪♪♪♪♪





見ていた画面が突然変わり、私は驚いて反射的にスマホをほおり投げてしまった。


拾っている間に着信音は鳴り止んだ。


写真に目を戻し、また下へスクロールしていく。だんだん先程のカップルは見えなくなっていった。その代わり、最近の部活の写真が見え始めた。

部長とのツーショット、通し練習の分析に使った客観視点動画、昼休憩に友達と弁当を食べている風景……


…この写真は……。




───と撮った自撮り。場所は青空バックの屋上で、笑顔でお互いの顔が潰れている。

その写真にはペン加工でこう書かれていた。





──かけがえのない親友♡






…。


……。



………ツバキ…………。




♯♯♯♯♯♯♯♯




また突然画面が変わり、電話がかかってきた。



……名前は…「菜乃花病院」…。






「はい、もし…。」



「ミズキさんですか!? ハァハァッ…。大変です! ツバキちゃんが────!!!」









───息切れは既にこの上ない状態。一刻も早く行かなきゃ。


───今私は病院へ行く道に居る。走って走って、病院の前の長い信号で赤信号される。



───病院の自動ドアを開くよりも早く手で開け、息切れながら受付へ駆けた。



「すみません!“救急治療室”ってどこですか!!!!」


「えっと……左の通路を行ってそのあと…。」



それを聞き終えぬまま左にある廊下を駆けた。上の案内を見つつ、矢印の指す方へ急ぐ。

なんと言ったって、人の命が関わっている。



───私の親友の命が────






別棟一階、救急治療室の前に着いたところ。厳かにそびえる、中が見えないように加工された自動ドアがあり、急ブレーキをかけた体には重く慣性が残って、スリッパの左足がより薄くすり減った感触。

青い壁に埋められたドア、上には『施術中』と乾いた赤いランプが私に差した。


ツバキはこの中にいる。無理とわかっていても、曇った扉に顔をはりつけ、透視を試みた。



「…もしかして、ミズキさんですか。」



後ろから呼ぶ声がした。



「はい。あの、ツバキは」



「とりあえず落ち着いて、座って話しましょ。」



若いナースに諭されるがまま、近くの水色のベンチに座った。






「───って訳なんですよねぇ。」



ツバキがこれまでに至るあれこれの経緯の説明を受けた。



「実はツバキちゃんね、廊下の公衆電話の前で意識を失った時、…多分学校の部活かなぁ…、すっごく笑ってる二人の写真を握ってたの。」



二人の写真……。



「多分写ってるもう一人はあなただと思うんだけど…。こっそり持ってきたから、見てみる?」



「はい…。」



裏向きで一枚受け取った。この写真は角がほつれている。


表に返す。


二人……やはり私とツバキだ。これは文化祭の結果発表の時、二人で撮った自撮り。この時の記憶は当時の熱狂のあまり、断片的にしか覚えていなかったがこの写真が瞬間を鮮明に思い出させてくれた。


実はこの写真の後、ほっぺたにキスされたのを思い出した。

こんな赤面に値する記憶も、息切れする今の私には必要だった。




ナースは顔を上に向け、ツバキがこれを持っていた状況を話し出した。


「この写真持ってた時、ツバキちゃん、辛そうにしてた。身体が苦しかったからかもしれないけど、それほど汗はかいてなかったの。あ、ちょっと…────」



バタッ────



…………。








────…ここは……。



青い壁。一本、私の上の蛍光灯を覗いて周りの明かりは無い。

私は青いベンチに毛布をかけられて横たわっていた。


そうだ、私はツバキを待っていた。赤いランプは消えており、居たはずのナースの姿もない。


毛布を払い除け、慌てて立ち上がった。


何か紙切れが落ちてきた。今立った時に落ちたようだ。


拾って表に返し、たった一言の置き書きを目にする。




「病室332で待ってます」





───


ガラガラッ!!!



引き戸を下のタイヤが回るよりも早く思い切り開けた。




ツバキの居場所はカーテンで閉じられ、中には月光に照らされている上半身の影が見えた。

慎重にカーテンを開ける。



中にいたのは、親友。


本人は私に気づいているはずだが、一言も発さず、開いた窓から宙の明るい暗闇を眺めていた。



「ゴメン!!!」



手は股の前で重ね、スカートを握りしめた。私の謝罪にツバキが口を開いた。



「…なんで来たの?もう、来ないんじゃなかったの?」


ツバキは私の顔を見ないまま私にそう言った。窓が開けられ、ツバキの視線は未だ月にあった。


私はツバキに、想いを伝えた。




「…私ね、わかったの。あの後、なんで泣いたか、なんで泣けたのか。



それはツバキが私にとって




親友だから。───」




「…私も。」




ツバキが顔をこちらに向け、やっと私と目線を合わせてくれた。そして、ツバキが泣いていることがわかった。


かけがえのない親友。お互い欠けてはならない、離れてはいけない、いや、離れたくない。

お互いに相手の存在が必要。



──『私、あなたがいないと生きれない…』


意味が理解出来た。私同様、ツバキは私を必要としていた。



あの時ツバキを突き放した両手は、ツバキの両方の手のひらと合わせ、それを握った。





…月を見てみると、二匹の兎が餅つきをしていた。

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