第61話 応援(一歩踏み出して)

 色麻と女川のコンビが、二人でパスを回しながら、どんどん前線を押し上げていく。俺は色麻を、赤坂は女川をマークしようとしているが、正直、あまり上手くいっていなかった。


 六人全員で守って、ギリギリ点を取られずに済んでいる状態だ。殆ど相手がボールをキープしているし、全然こっちから攻めるビジョンが見えてこない。


 ただ、それでもクラブチーム二人からゴールを守れているのは、間違いなく練習の

成果だった。


 今も、色麻はゴール前でボールをキープしている。下手に取りに行くと、避けられてゴールを守る人間が減ってしまうので、非常に難しい局面だ。


 しかし、何も動かなければそれこそシュートを打たれてしまう。


 覚悟を決め、俺は色麻へ圧力を掛けに行く。


 すると、それを待っていましたとばかりに、色麻は逆サイドへパスを出した。


「逆!」


 俺が咄嗟にそう叫ぶと、赤坂と名取が走り出す。パスを受け取った女川を二人で囲むような形。女川は一瞬迷って、もう一度色麻の方へパスを……。


 出すフリをして、正面から二人を突破した。


 その先に居た落合もついでのように抜かれて、とうとう、キーパーの柴田と一対一になってしまう。


 無駄だとは思いながらも、俺は女川の方へ走る。


 当然間に合うはずもなく、女川の放ったシュートは、綺麗にゴールへ突き刺さった。


 相手側の観客が、わっと歓声をあげる。


 あまりにも完璧なゴールに、俺は脱力してしまった。ここまで全員で守っても、やっぱり点を取られてしまう。しかも、ずっと相手の攻撃で、逆転のチャンスが見当たらない。


 どうする……?


 降参するなんていう選択肢は、無い。とにかく、限界まで考えろ。どうすれば、どんな作戦なら、俺たちは勝てるんだ?

 試合開始数分で一点を取られてしまったんだ。果たして、あの相手から二点も取れるものなのか?

 結論の出ない思考が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。それはチームの皆も一緒のようで、明らかに勢いを失っている。


 考えてるうちに、試合を再開する準備は整った。点を取られたこっちボールでの再開だ。


 実行委員が再開のホイッスルを鳴らそうと、息を吸う。


 その時。


「フレー! フレー! 五組!」


 観客の方から、黄色い歓声が聞こえてきた。


 その場に居た全員がそちらへ注目して、再開のホイッスルさえ、一旦中断される。


 そこには、色とりどりのポンポンを振る、チアガール姿の女子たちが居た。その中心には、小夜ちゃんの姿もある。


「男子どもー! 小夜の提案でチアガールしてやってんだから、絶対勝てよ―! ……ってあれ!? 一点取られてるじゃん!」


 女子のうち一人が、大声でこちらに気合を入れてくれる。


 思わず視線を向けると、小夜ちゃんは少し照れたようにはにかんだ。


 そうか……小夜ちゃんが、これを、提案したのか。


 他の人がどう思っているのかは分からないが、俺は、小夜ちゃんのことを、人よりは知っているつもりだ。


 だから、分かる。


 大量のポンポンを作って、どこかからチアガールの衣装を調達して……そんな、沢山の人を頼れなければ実現できないような提案を、小夜ちゃんはしたのだ。


 これを実現するのに、小夜ちゃんはどれだけ勇気を振り絞ったのだろう。それを想像するだけで、俺の胸は燃えるように熱くなった。


「これで終わりじゃありませんよ!」


 すると、チアガールの後ろから、聞き慣れた声がする。

 見ればそこには、何かを重そうに抱える宮町と栗原の姿があった。


「「いっせーのーで!」」


 掛け声と同時に、二人はそれぞれ反対の方向へ走り出す。すると、二人の持っていたものは、ぱっと開き、綺麗な横断幕となった。


 横断幕には『がんばれ 五組』という文字と共に、サッカー選手の姿が綺麗に描かれていた。


「頑張ってくださいねー!」


 横断幕を片手で持ちながら、宮町がこちらへブンブンと手をふる。


 俺は青空に映える白い横断幕を見つめる。あの絵は、きっと、宮町が描いたものだろう。ぱっと見た時はサッカー選手かと思ったが、髪型やポーズを見るに、あれはどうやら俺たちを描いたものらしい。


 皆もそのことに気付いたようで、興奮した様子で顔を見合わせる。


 細かく書き込まれた絵というより、描き殴ったような絵柄だった。しかし、何故か誰が誰なのか、よく分かる。それに、今にも動き出しそうな、そんな勢いがある絵だった。

 きっと、宮町にしか描けないであろう、そんな絵。


「フレー! フレー! 五組!」


「頑張れ! 頑張れ! 五組!」


「負けるな! 負けるな! 五組!」


 歓声に包まれて、グラウンド上に居る俺たちは、身体に活力が漲っていくような感覚を覚えた。


「やるぞぉぉぉぉぉぉ!」


 なんかもう、訳が分からなくなって、右手を突き上げる。


「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」」


 俺に続いて、チームの全員が右手を突き上げた。


 今なら、何でも出来る。そんな気がした。


 そして、試合は再開する。


 赤坂が蹴ったボールを、俺が受け取る。ボールに触れた瞬間に俺は全速力で動き出した。


 俺の動きに、色麻は一歩も動けない。油断していたのか、歓声に気を取られていたのか……何にせよラッキーだ。


 俺が動き出したのと同時に、赤坂と角田も走り出す。俺たちが前の試合で得点した、右サイドから攻めるパターン。


「くっ!」


 女川はそれを警戒して、俺がパスを出しづらい位置取りをする。そして、他の相手が俺の方へとプレッシャーをかけてきた。


「千尋!」


 後ろの方で落合が手を上げる。確かに、二人に近づかれて、女川もこちらへ来る準備をしている以上、ボールを戻るのが当然だろう。


 でも、当然だからこそ、ここは賭ける!


 俺はさっきの女川のようにパスをするフリをしてから、一気にドリブルをする。一人は引っかかったが、もう一人は反応してこちらへ足を出してくる。俺はその足を出して来た奴の股下にボールを通して、どんどん前線を上げていく。


 中学の時、一人で何度も練習してきた、身体に染み付いた動き。俺は完全にワンマンプレイで相手の防御を突破した。


 でも、俺はこのプレイの意味を、正しく理解している。

 俺がパスを出せる仲間が居る。俺がボールを取られても、カバーをしてくれる仲間が居る。だからこそ「一人でやる」というのが選択肢として活きてくるのだ。


 ゴール前まで前線を上げることが出来たが、そこにはキーパーともう一人ディフェンダーが居る。そして、女川と色麻もものすごい速度でこちらへ戻ってきていた。女川は前の試合を踏まえてか、赤坂をマークして、クロスを警戒している。


 俺は色麻に追われるようにして、右サイドの奥、つまり、ゴールのほぼ真横に追い詰められてしまった。クロスを上げるしか無い状態だが、逆サイドでは女川がしっかりと待っている。


 ……いけるか?


 こういう時のために、練習していた技がある。しかし、上手くいくだろうか。


 すると、悩む俺の耳に、沢山の人の歓声が聞こえる。


 一人ひとりが何を言っているのか聞き取れないような、歓声の礫の中で、妙に思考がクリアになった。


 俺は真横から、ゴールに向けてボールを蹴る。それは、どう考えてもゴールに入りそうに無いシュートだった。


 色麻も俺がここからシュートをするのは予想外だったのだろう。驚いた表情を浮かべている。

 赤坂や女川は俺がクロスを上げたものだと思い、ゴール前に走り出していた。


 しかし、俺が放ったシュートは、右方向へ緩やかにカーブしていき、ゴールへと優しく収まった。想定外の軌道に、キーパーも反応出来ない。


「よっしゃあぁぁぁぁぁ!」


 赤坂が声にならない声を上げて、こちらへ走ってくる。そして、勢いよく俺を抱きしめた。皆も次々に集まってきて、俺に飛びついてくる。


「千尋ちゃん天才!」


「マジ最強!」


「こっから逆転あるぞマジで!」


「いけるいける!」


 さっきまで一点を取られてしょんぼりしていたのが嘘みたいに、皆は盛り上がっていた。


 調子に乗りすぎちゃいけないのは分かっているけれど、それでも、落ち込んでいるよりはずっと良い雰囲気だ。


 観客の方を見ると、小夜ちゃんも含めたクラスの女子たちは勢いよくポンポンを振って応援をしてくれている。立派な横断幕は、どこか誇らしげに風にたなびいた。

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