第60話 決勝前(隠し事アリ)
「あー、サッカー組帰ってきたー」
昼休みになり教室に入ると、席で話していた女子達がこちらを見てきた。その声につられるようにして、教室中の視線が俺たちに集まった。
「サッカー、決勝いったんでしょ。すごくない?」
どうやら俺たちの勝利は既に噂になっているらしい。
とはいえ、たった一回勝っただけなのだが……。
「ウチのクラスで決勝行ったの、お前らだけだぞ? なんつーかがっかりだよなぁ。まぁ、一つだけでも残って良かったけど」
すると、横に居たクラスメイトがそんなことを言う。唯一の決勝進出となれば、まぁ、これだけ注目されるのも頷けるか。
「色々時間が被ってたから話でしか知らないけど、お前ら強かったらしいじゃん」
「そりゃ当然。このまま優勝するかんな!」
赤坂は教室中の視線を受けながら、不敵に笑う。クラスメイト達はその宣言にわっと湧いた。勝ったとはいえ、調子良いなぁ……。
午前に行なわれた第六試合は、結局、俺たちの圧勝だった。全員練習の成果がよく出ていたと思う。
「赤坂君と川内君、大活躍だっただったよね!」
集まってきた人の中には、どうやら試合を見た人も居るらしかった。あまり話したことのない女子に笑いかけられて、どう反応したものか分からなくなってしまう。
「まぁ、中学の時、サッカーやってたから……」
我ながら情けないくらいにボソボソした喋りで返事をすると、その女子は「へぇ、ほんと上手かったよー」と一歩距離を詰めてくる。
「シオリー?」
すると、廊下側から小夜ちゃんの声がした。見れば、小夜ちゃんはニコニコ笑っている。
「なにー?」
俺に声を掛けていた女子が小夜ちゃんに返事をする。
「例の件、あるでしょ? ちょっとそのことで話があるんだけど」
小夜ちゃんは容量の得ない話をして、女子へ手招きをした。
「はーい。それじゃ、応援行くからね!」
手を小さく振って、女子は小夜ちゃんの方へ歩いていく。小夜ちゃんはというと、俺の方をじっと見ていた。
「……」
恐る恐る目を合わせると、またにこりと笑う。
「私も応援行くから!」
笑ってはいるけれど、目は笑ってなかった。怒ってるってほどじゃないけど、イラッとしてるなぁ、あれは。
というか、例の件、とは何だろう。妙に勿体ぶった言い回しが、どうにも気にかかってしまう。
「購買行こうぜ」
落合が後ろから声を掛けてきたので、俺は一旦思考を中断する。
まぁ、女子同士の話っていうのも、当然あるだろう。そういうのは変に詮索するものじゃない。多分、俺には何も関係のないことだろうしな。
落合と購買へ向かう途中、宮町と栗原が一緒に歩いているのを見かけた。俺たちと同じように購買へ行っているのかと思ったのだが、どうやら全く別の方へ向かっているらしい。
栗原は俺達に気付くと、やや緊張した面持ちで「あ、先輩方。どうもこんにちは」と挨拶をしてくる。
「おう」
落合はそれに短く返事をする。俺も続こうとしつつ、宮町の姿をちらと見た。
宮町とこうして顔を合わせるのは、告白を断って以来のことである。別に気不味くなるような別れ方をした訳ではないが、どんな顔をして彼女に会えば良いのか、どうにも分からなくなってしまう。
それは宮町も同じなのか、少し焦った様子で俺から目を逸らしていた。
「二人は、どこか行くのか?」
とにかく何か話さなければと思い、栗原へ質問をする。
「え、あ、それは……」
すると、栗原も俺から不自然に目を逸らす。
質問が不味かったのか、俺と顔を合わせるのが気不味いのか、どちらだろうか。まぁ、宮町を振ったことを聞いていてもおかしくないし、その場合は気不味くなるのも当然か……?
「ちょ、ちょっと急いでいるので、失礼しますね!」
すると、宮町は栗原の手を取って走り去ってしまった。
「どうしたんだ? あいつら」
落合の困惑した声を聞きながら、階段を上る二人の姿を見る。その方向で、宮町が向かいそうなところに、俺は心当たりがあった。
「美術室で昼でも食べるんじゃないか?」
俺は自分でそう言いながら、いまいち納得しきれていなかった。宮町はともかく栗原の態度は、明らかにおかしかったと思う。
とはいえこちらもまた小夜ちゃんと同じように、詮索するべきではないだろう。
俺が今するべきことは、一つだ。
決勝で、皆と一緒に勝つ。そして、その姿を宮町と小夜ちゃんに見せる。それ以外のことを考えるのは、取り敢えずは止めにしよう。
……まぁ、気にならないと言えば嘘になるけどな。
昼食をとってから、俺達サッカー組はグラウンドの端で、準備運動や軽いパス回しをしていた。
球技大会の決勝は、沢山の人が応援に来れるように、種目ごとに時間がズレれている。今、グラウンドではソフトボールの決勝が行われており、サッカーの出場者はそれが終わるのを待っているような状態だ。
対戦相手である三組も待機しているのだが、あちらは、空き時間に練習などはしていないようだった。
「あいつら練習してるし……めっちゃガチじゃん」
「でもま、こっちには色麻と女川が居るし、大丈夫っしょ」
よく耳を澄ませると、三組の方からそんな声が聞こえてくる。まぁ、どっちかって言えばおかしいのはこっちだ。球技大会にここまで気合を入れる高校生なんて、そう居ないだろう。
でも、俺には、俺達には、これから始まる一試合に、あまりにも大きな意味がある。
とにかく俺は、勝ちたかった。小夜ちゃんに格好いいところを見せたいとか、宮町との約束を果たしたいとか、皆と一緒に喜びたいとか、色々な理由が入り混じって、そして、たった一つの答えが出てくるのだ。
勝ちたい。
とにかく、勝ちたい。相手がクラブチームに通っていようと、どんなに強かろうと、勝ったところで客観的には大した意味は無いのだとしても、勝ちたい。
遠くで、金属音が聞こえる。それから、完成が遅れてやってきた。きっと、誰かがソフトボールでヒットを打ったのだろう。もう試合も終盤といったところだったから、貴重なヒットだったんじゃないだろうか。
そうした音を聞いていると、じわじわと決勝が近付いているという実感が湧いてきた。心臓の動きが早まって、ゆっくりと呼吸をするのが難しい。わくわくして、うずうずして、でも恐い。
「応援来たぞー!」
すると、同じクラスの皆がぞろぞろとやって来た。ソフトボールがそろそろ終わるのを見越して、早めに来たのだろう。
「応援、男ばっかだな」
来た面々を見て、白石が呟く。確かに、応援には女子が全然来ていない。……小夜ちゃんも、来ていない。
「そういや、女子達どこに行ったんだ?」
白石の呟きを聞いて、クラスの男子達もざわめき始める。どうやら、女子は皆が気付かぬうちに姿を消していたらしい。
一体どうしたのだろうか。
もしかして、小夜ちゃんが女子を呼び出していたことと、何か関係があったりするのか……?
『これから、サッカー決勝戦の準備を始めます! 担当の実行委員と選手の方々はこちらへ!』
すると、実行委員から、いよいよ試合が始まるというアナウンスが流れる。
まさか小夜ちゃんが応援に来ないはずはないし、とにかく今は試合の準備をしなければ。
グラウンドの中央に、ぞろぞろと並ぶ。実行委員は慌ただしい様子でスコアボードやホイッスルを準備していた。白線で仕切られた、通常のものより少し小さいサッカーコート。その外には、多くの観客がこちらを見ている。決勝ともなると、暇なやつは基本見に来るらしい。
しかし、その多くの観客の中に、小夜ちゃんの姿は見えなかった。そしてそれは、試合が開始しようとする今この時まで、ずっと見えないままだった。
「よし、準備はもう大丈夫だな!」
「じゃあ、もう選手に声がけしていいですね?」
実行委員の会話が聞こえる。
気付けば、観客の方を気にしているうちに試合の準備はすっかり終わってしまったらしい。
とにかく、切り替えなければ。
自らの頬を両手で叩いて、しっかりと前を向く。
「選手の皆さんは整列してください」
俺を先頭に、赤坂、名取、白石、柴田、角田、落合と並ぶ。正面には、相手チームのキャプテンである色麻が立った。
こうして向かい合ってみると、色麻はかなり背が高く、体格ががっちりとしている。隣に立つ女川も身体が筋肉質で、二人のいかにもスポーツマン的な姿に気圧されてしまう。
そんな自分を奮い立たせるように力を込めて握手をする。
相手の汗ばんだ手から体温が伝わってきて、それと同時に自分の体温をも上がっているような気がした。
握手と礼を終えて、それぞれが自陣の持ち場へと向かう。ゆっくりと歩きながら観客の方を見るが、未だに小夜ちゃんの姿は見えない。俺が見つかられなかっただけかもしれないが、宮町や栗原も居ないようだ。
いや、だから、観客の方を気にしている場合じゃないんだって。
「千尋ちゃん」
すると、赤坂がこちらへ声を掛けてきた。
「何かあったか?」
そう聞くと、赤坂は正面……つまり、相手チームの方を見る。
「決勝で、最強の相手と試合! って、めっちゃ燃えるよなぁ!」
俺は赤坂と同じように、正面を向く。体格の大きな相手チームが、巨大な壁のようにさえ思われた。でも、全然怖くなんてなくて。寧ろ、俺はワクワクしてしょうがなかった。
一緒に、戦ってくれる人が居る。だから、怖くない。
俺が一番怖いのは、たった一人になって、戦うことさえ叶わなくなることだけだ。
そうだ。
きっと皆、どこかで見ていてくれている。
俺はただ、悔いのないように戦うだけだ。
スポーツ漫画で使い古されたような表現が、頭に次々と浮かんでくるけれど、それは全て俺の本心だった。
「それでは、決勝戦を始めます!」
実行委員が、そう宣言をして、ホイッスルを鳴らす。
甲高い音に、心が益々引き締まっていくのを感じる。赤坂を横目でちらと見て、頷きあう。
そうして、俺は、俺たちは走り出した。
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