第56話 独白⑥(初恋少女の場合)
結局、私の悪癖というのは、高校生になった今でも続いている。部活に幾つも入るのも、ちぃ先輩に話しかけたのも、全部、前と同じだった。
ただ、ちぃ先輩は、私が今まで声をかけた人達とは、少し違っていたように思う。先輩はいつも心の中に理想の自分を飼っていて、その「ちーくん」とやらが、いつも自分のことを責め立ててくるらしかった。
その、理想を求められて、でもどうにもならなくて。そして、無気力になってしまった姿を見て、私は思わず、自分の境遇とちぃ先輩の境遇を重ねた。
私はちょっと意外なほど、すんなりとちぃ先輩へ共感を覚えたのだ。
自分の描いた絵を見せたのも、進路希望調査のことを話したのも、全部偶然や気まぐれだったけれど、でも、それだけじゃなかった。私は、自分がちぃ先輩に覚えた共感を、先輩にも感じてほしかった。私のことを、知ってほしかった。
そして、ちぃ先輩の過去話を聞いた時。私は多分あの時、本気で先輩を好きになったのだろう。
頑張って、頑張って、それでも駄目で。認められず、ずっと自分の殻に閉じこもって、諦めて。一番になれないと悟って。
だって、そんなのって、正に私のことじゃないか。
でも、当然ながら、ちぃ先輩と私は、全て同じ、とはいかなかった。それから程なくして、先輩は立ち直り、なんと「変わりたい」なんてことを言い出したのだ。
私は先輩へ「人は簡単に変われない」というようなことを言ったけれど、あれは先輩に対しての言葉であると同時に、自分への言葉でもあった。私が自分へ、ずっと言い聞かせてきた言葉。
口ではそう言った反面、私は、先輩がこれからどうなるのか、すごく興味があった。自分と似た悩みを持った人が頑張って、その結果、どうなるのか。自分の行く末を占われているような、そんな気分だった。
それからすぐに、ちぃ先輩は中学の頃と同じように一人で練習をやりだした。「ほら、やっぱり変われないじゃないか」と思う反面「やっぱり変われないのか」とそのことを残念に思う自分も居て、私の心はその時、ぐちゃぐちゃになっていた。
それで結局、私はちぃ先輩に手を貸してしまった。
私は本当は、先輩に変わってほしかったのだ。人は変われるって、証明してほしかった。初めて本気で好きになった人に、幸せになってほしかった。
そうすれば、自分も幸せになれるような、そんな気がしたのだ。
でも、ちぃ先輩の「幸せ」に、私の姿はきっと無い。先輩の隣には、大切な幼馴染が居て、私の席はどこにも残されていないのだ。
矛盾している。
それを自覚しながらも、私は先輩を応援していた。そして、それにつれてますます先輩のことを好きになっていく自分に気がついた。それこそ、ちょっと女の子と話しているのを見ただけで、嫉妬してしまうくらいには、私は先輩のことを想っていた。
我ながら、なんて間抜けなんだろう。でも、仕方ないのだ。私は心のどこかで、気付いていた。
私が好きになった、ちぃ先輩は。
幼馴染との約束を破り、絶望したちぃ先輩で。それでも幼馴染のために頑張ろうとするちぃ先輩で。幼馴染が好きな、ちぃ先輩なのだ。
今更、どうしようもないことは分かってる。自分がちぃ先輩の一番になんてなれやしないってことを、私は誰よりも自覚している。
でも、それでも。どうしても、この気持ちを、ちゃんと伝えたかった。茶化したり、誤魔化したりせず、自分の本気の恋に、本気で応えたかった。
そうすることで、何かが変わる気がする。私も、変われるって、変わっても良いんだって、そう思える気がするのだ。
そうだ。私は変わりたかったんだ。
私の中の糸が、ぷつりと切れたあの日から。いや、或いはもっとずっと前から、私は、変化を求めていた。自分が本当に好きになれるものを探し続けていた。
私は今やっとそれを見つけて、そして、それが手に入らないと分かっていながら、必死に手を伸ばしている。無意味なことだと分かっていても、私の気持ちは止まってくれなかった。
「……ちぃ先輩、私じゃ、駄目ですか?」
なるべく真剣さが伝わるように、私は、先輩の目をじっと見つめた。先輩は明らかに動揺していて、顔が赤い。そんな可愛らしい反応に胸がときめくけれど、これから言われるであろう返事のことを思うと、純粋に喜ぶことは出来なかった。
先輩は一瞬沈黙して、自分が言うべき言葉を探しているようだった。不器用だなぁ、と思う。こうして真剣に私のことを考えているのを見ていたら、胸の奥がくすぐったくなった。
それから先輩は、ゆっくりと口を開いた。いや、私が、その瞬間をゆっくりだと思っただけで、本当は、一瞬のことだったのかもしれなかった。とにかく先輩は普段あまり合わせてくれない目をちゃんと見て、そして、ようやく返事をしてくれたのだ。
「ごめん。俺は、宮町とは、付き合えない」
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